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ウクライナのスターフォート
今現在、この地域は混沌の火種となっている。
この世界情勢について思うところは多々あるが、そうした「考え」は一旦置いておくことにしたいと思う。
ここで見ていくのは、嘗ての英雄たちの残滓と呼ぶに相応しい建築物群であり、過去の栄華の残り香ともいうべき「スターフォート」について。
スターフォートとは、日本語に翻訳すると「星形要塞」となるそう。
そればかりか、都市そのものを囲ってしまう言わば「星形都市」も存在している。
つまるところ、これらは城や砦の類であり、防衛を目的とした要塞ということになる。
そしてこの要塞は世界中に散見されている。
日本にすら現存している。
実のところ星形と呼ばれてはいるものの、多角形のものも多く存在しているので、少々区別化した方がよいと思われるが、いずれにしてもこのような要塞が中世と思われる時期から次々に建造されているという。
この美しささえ漂わせる砦の防衛能力はこの際論ぜず、その共通点は水の近くに造られているということだ。
通常考えれば防衛上必須であるから、飲料水の確保等が水辺に造られた最たる理由に違いない。
普通であれば。
しかしどうもそれ以外にも理由がある、という。
だがここでスターフォートの「効能」を語るには、余りにも長くなってしまうので断腸の思いで割愛したいと思う。
実際そうした記事は無数にあるので、勇士の方々が残しているものの方が余程わかりやすく読みやすいものだ。
私のような新参が今更語るとは烏滸がましい。
いずれにしてもある日を境に、世界中に造営され始めたものだということだ。
その中に現在のウクライナがある。
無人となり最早何の役にも立っていない要塞の痕跡である。
これが観光地化していればそれなりの整備もされていただろうが、如何せんここはかつてのソ連であり、そうしたことに少しばかり疎いと思う。
すべての要塞(とはいっても確認されているものだけなので、その数はもっとあるのかもしれない)が朽ちているといってもよい。
そしてよく見ればわかるのだが、要塞は一定の間隔で規則正しくといってもいいように造営されている。
更に要塞と要塞の間をよく見てみる。
そこには明確に水路の痕跡が見て取れる。
だとするとこれら要塞は東西200㎞ほどに及ぶ防衛ラインを築いていたことになる。
この防衛ラインを築くよう発案した者、それを構築することを決断した者、実際にこの巨大土木建築に従事した者、様々な思惑があったことだろう。
これらのものがいつ誰により指揮されたものなのか、調べが行き届いてなく、私自身よく知らない。もしかしたら明確になっているのかもしれない。それすらわからない。こんな文章や映像を作っておいてだ。
いずれにしても南側の脅威に対してのものであるから、この辺りが勢力分断の境目だったのだろう。
だが現在の歴史観を鵜呑みにすることは到底出来ることではない。
必ずどこかに勝者による改竄が行われている。
そしてここに、もう一つの見方がある。
先に触れたように、このスターフォートに砦や要塞の役割以外があったのだとしたら、というものだ。
だとすると、これだけのものを水路ですべて繋ぐその意味とは何だったのだろうか。
次にこれらの詳細を見るために映像を作った。