中途障害の自分が働くうえで大切にしていること(GATHERING動画紹介シリーズ:白井さん後編)
今回お話を伺ったのは白井長興(しらい・ながおき)さん(41)。白井さんは東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会のメンバーとして広報やコンテンツ制作を担当しています。また2016年にはNPO団体を設立、現在も理事を勤めています。穏やかな物腰でテキパキとインタビューに応じて下さった白井さんですが、社会に出ていく過程の中でつまずいたこと、困ったことも多々あったそうです。前編・中編に引き続き、今回の記事では白井さんのフレキシブルな思考をさらに深掘りします。
前回までの記事はこちら!
前編👇
中編👇
働く場所ってどう作る?
前回の記事では白井さんの就職活動の経験から、多様な働き方についてお話を伺いました。そんな白井さんは、自分が働く場所をどのように生み出しているのでしょうか。
「仕事」は大別してふたつある、と語る白井さん。ひとつは「(だれかから)やらされていやいやする仕事」、もうひとつは「自ら進んでしているうれしい仕事」です。ここで「やらされて嫌な仕事」をどのように捉え直すか、というのがポイント。仕事をやらされている、という意識を変えて、「どうやったらこの仕事が自分にとってプラスになるのか」と考えることで、自分自身だけではなく、一緒に仕事をしている相手にとってもプラスになります。このように、自分から積極的に考え、動きかける「主体性」はとても大切です。
加えて白井さんは、自身の障害と付き合う過程で、こうした主体性を支えるためには、自己分析がかなり大切であると考えるようになったそうです。障害が理由でできないこと。自分の経験やスキルが足りないからできないこと。そのふたつは大きく違うもので、それぞれ切り離して考える必要があります。「障害があってできない」ということは、「やりたくないからできない」のではないとはっきり伝え、自分の症状や特性をきちんと説明できるようにするスキルが、これから社会に出ていく当事者には必要になってくる、と白井さんは考えています。さらに、自分ができること・できないことを整理することは、会社や組織に合理的配慮を求めるときだけではなく、自分が仕事をしやすい環境を作るときにも役立ちます。
苦手なことに遭遇する、あるいは失敗をする、という経験は、障害の有無にかかわらずだれもが経験することです。反対に、自分なりに工夫を凝らすことや、周囲の手を借りることによって、できるようになることも多いと白井さんは言います。「ここはちょっと苦手だけど、ここはちょっとできそう」というポイントがあったら、勇気を出して「もしよかったらやらせてもらえませんか」と伝えてみることも大切です。
苦手なところは同僚なり組織なりがお互いに補う、さらに自分でもいろいろと工夫をする。それぞれ得意なところをいかに生かして働くか、という白井さんの考え方が広まれば、障害がある人もない人も働きやすくなる社会になっていきそうです。
大切なのは、自分から動くこと。
白井さんが強調するのは、自分から動くことの大切さ。たとえばチームのだれかが忙しそうにしているときや、困りごとを抱えているとき、相手がどうしてほしいのか想像し、自分から率先して動くようにしているそう。
さらに現在ではインターネットやソーシャルメディアの発展もあり、自分から新しいスキルや工夫を学ぶことが簡単になりました。しかし白井さんの話を伺っていると、「動く」とは単に「業務をこなすこと」「新しく学ぶこと」だけではないようです。声を出して意思表示することも重要な要素のひとつ。たとえば、困っている相手に「ちょっと手伝うよ」と声をかける、または自分がやってみたいことに対して「やりたいです!」と声をあげる。白井さん自身も積極的に意思表示をすることで、周囲からさまざまなことを教えてもらえうことができると振り返っています。さらに、自分の思考を言語化することで達成までの道のりや課題も見えてくるのです。
白井さん自身、当初は自分から意思表示をすることにためらいを感じていました。幼少期は人前に立って話すことが「嫌だった」といい、コミュニケーションを通じて人脈を広げていくこともあまり得意ではありませんでした。それでも前編で語っていた出来事などを通して、自分の意見を整理する・要点をまとめるなど、少しずつ伝え方のコツやコミュニケーションの広げ方を会得していったそうです。自分の苦手と向き合う、という経験はNPO法人を立ち上げる際にも生かされています。人と人が積極的にコミュニケーションを取ることができるような団体にしよう、という白井さんの決意は、こうした経験から生まれたものだったのですね。
「障害って、何だっけな?」
さまざまな工夫をしながら、働き方を模索してきた白井さん。自身の障害をどう捉えているのでしょうか。講演会で同じような質問を受けることも多いそうですが、「最近、(どう返答するか)悩んでいるんですよね……」と、意外な答えが返ってきました。
「あれ、(障害って)何だっけな?」
もちろん機能的な問題で、困りごとにぶつかる場面もあります。それでも白井さん自身が自分の中途障害と付き合い、受け入れていく過程で、自分なりの生活や生き方に慣れていったといいます。多くの人たちの協力やサポート、さらに東京パラリンピックが追い風になり、社会そのものにも変化が現れていると感じているそうです。たとえばエレベーターや多機能トイレなど、設備面でのサポート。これまで、白井さんは「障害」のことを、「制限」や「制約」があって本当にやりたいことができない状況だと定義したそうですが、こうしたサポートの拡大もあって、働きながら「本当に(障害があって)できない」と感じる部分が減ってきたといいます。
加えて、2020年から現在まで続く新型コロナウイルスをめぐる社会情勢下では、すべての人が本当にやりたいことを「制限」せざるを得ない状況が続いています。こうした「制限」や「制約」は、私たちに少なからず影響を及ぼしています。実際に白井さんは、車椅子が「邪魔」と言われる、舌打ちをされるなど、不寛容なメッセージを発信される回数がコロナ禍において増えている、と感じているそうです。白井さんはこうした状況をある種の社会的な「障害」に例えながら、「ものすごく辛かったし、両親にも当たってしまった」という自身の障害受容の経験を思い返します。
自分自身の「制限」や「制約」を受け入れることは、そうそう簡単にできることではありません。加えて、健常者の在り方を中心に作られた社会は障害当事者に対して理不尽です。「制限」に苛立ち、怒りを感じることはどうしても起こりうる、と白井さんは分析しているのです。
障害は乗り越えるもの、克服すべきもの、という言説は一般的によく耳にするものですが、白井さんの考えは異なります。障害がある心身や現実を元に、どう工夫し、生き方をチェンジしていくか。当たり前とされていた状態が変わり、だれもが当たり前でない現実を受け入れる必要がある中で、その中で発生する「生きづらさ」を先に経験している障害当事者の考え方、切り抜け方を発信することで、社会はまた変わっていくはずです。
諦めなくても、いい。:白井さんからのメッセージ
自分自身の経験や工夫を発信しつづける白井さんですが、今後はさらに、さまざまな状況の人の挑戦を後押しするような書籍を作りたい、という目標を抱いています。
やってみたいことが見つかったら、どんな工夫、どんな方法、またどんな人脈を使えば達成できるのか考え、「一旦は挑戦してもらいたいです」と落ち着いた笑顔で語ってくれました。どうやったら自分のやりたいこと、やってみたいことに到達できるのか、知っている人もきっといるはず。同じように、自分の現状に合わせた工夫を見つけ、試してみることも大切です。「できない」とはじめから諦めるのではなく、自分にできること・できないことを分析し、人からの知識から、自分なりの突破口を生み出すこと。白井さんの強い発信力は、自分自身の経験を糧に生み出されたものかもしれません。
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最後まで読んでいただきありがとうございました!実際のインタビューの様子はこちらから視聴することができます。ぜひご覧ください!
白井さんが代表を務めるNPO法人シェイクハートプロジェクトのリンクはこちらから!
白井さんが担当している東京オリンピック・パラリンピック組織委員会についてはここから!
https://olympics.com/ja/olympic-games/tokyo-2020
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