見出し画像

震災がもたらした、故郷ふたつ。鈴木酒造店が醸す喜びの酒

こんにちは。ガッチ株式会社広報部です。

私たちは、福島県双葉郡浪江町の大堀地区で約350年間生産されてきた国の伝統的工芸品「大堀相馬焼」松永窯の4代目である松永 武士が始めた会社です。日本各地の伝統工芸品の魅力を、世界に向けて発信する商社・メーカーとして活動しています。

福島・浪江町の請戸地区で酒造りを続けてきた「鈴木酒造店」。東日本大震災で被災し、原発事故のため山形へと避難しました。山形・長井での再出発を経て、福島・浪江での事業再開。そこには、酒蔵の5代目である鈴木大介(すずき だいすけ)さんが造る喜びの酒がありました。鈴木酒造店の歩みと、故郷への想いをお届けします。


浪江にある、日本一海に近い酒蔵

浪江・請戸の海を眼前にのぞむ蔵で酒造りを行ってきた鈴木酒造店。その歴史は、江戸時代から始まる。相馬藩より濁酒製造を許された鈴木酒造店は、廻船問屋を営みながら酒の製造を行っていた。

「記録によると、天保の時代から200年近い歴史があります。僕は5代目と名乗っているのですが、どう考えても計算が合わない。わからなくなっているんです」

そう語るのは、鈴木酒造店社長の鈴木大介さん。東京の大学を卒業したあと、奈良で4年間地酒造りに携わり、1999年から実家である鈴木酒造店で杜氏として酒造りを一手に担ってきた。

「うちの看板である『磐城壽(いわきことぶき)』は、縁起の良い海の男酒です。堤防を挟んで海のある酒蔵で、請戸の海と漁師とともに酒造りをしてきました」

状況が一変したのは、2011年3月11日。東日本大震災の被害で鈴木酒造店の母屋は倒壊し、さらに福島第一原子力発電所の事故により、浪江町全域に避難指示が発令。心臓疾患を抱える家族がいたこともあり、鈴木さん一家はライフラインが整っていた山形県米沢市へと身を寄せることとなった。

偶然の出会いが導いた、山形での再出発

家族とともに山形で避難生活を送っていた鈴木さんを、浪江の酒の復活へと奮い立たせた出来事がある。

それは、震災前に研究のために預けていた日本酒の土台「酒母」から酵母を取り出すことができるかもしれないという知らせ。酵母を使い、声をかけてくれた福島・会津の酒蔵で酒を醸造すると、浪江の人々から大きな反響が寄せられた。

「原発事故でしばらく浪江に戻れない。酒蔵を続けるか辞めるか、これからのことが決められない状態でした。でも何かをしないと気が狂いそうになる。そんな状況のなかで、浪江の酒を待ってくれている人が沢山いることに励まされました」

山形の地で、再出発をしよう。そう決めた鈴木さんは、縁に導かれて、ある酒蔵に出会う。それは「一生幸福」を主要銘柄とする山形県長井市の「東洋酒造株式会社」。後継者不足で酒造りを諦めていた東洋酒造を引継いで、「株式会社鈴木酒造店長井蔵」として、2011年10月に営業再開した。

特徴のある浪江の水と比べて、水質の良い長井の水。全く異なる性質の水で、浪江の味を復活させることは簡単なことではない。醸造と熟成を何度も繰り返し、少しずつ震災前の味わいへと近づいていった。

鈴木酒造長井蔵で醸造された「一生幸福」。
ガッチ株式会社は、パッケージデザインのリブランディング、マーケティングを支援し、香港や上海などへの輸出も行われている。

海と山がクロスする貴醸酒「故郷ふたつ」

全国新酒鑑評会で「一生幸福」が金賞受賞するなど、長井蔵での酒造りが軌道に乗っていった鈴木さんに、浪江での業務再開のチャンスがやってくる。

2021年に「道の駅なみえ」に隣接する「なみえの技・なりわい館」に、公募事業者として「鈴木酒造店 浪江蔵」が入居することが決まったのだ。

浪江に戻れる喜びを込めて、鈴木さんは新しい酒を開発することにした。それは、福島・浪江と山形・長井への感謝を込めて「故郷ふたつ」と名付けられた貴醸酒。水ではなく、酒を再仕込みすることで、芳醇な味わいを生み出す貴醸酒は、当時まだポピュラーではなかった。仕込みに使ったのは、長井蔵で酒造りを始めた1年目の酒。

「雪室の貯蔵室を借りて、長井蔵で初年度醸造したお酒を寝かせていました。浪江での事業再開が決まったときに、この酒で何かをしたいと考えたんです。これから長井蔵と浪江蔵の2拠点での醸造になるので、ふたつの蔵を掛け合わせて酒造りができたら面白いと思いました」

浪江蔵と長井蔵をクロスする貴醸酒「故郷ふたつ 海」「故郷ふたつ 山」。
ガッチ株式会社は、補助金申請、コンセプトやデザインなど、全体のプロデュースに携わった。

長井蔵で初年度醸造した酒を、浪江蔵で再仕込みした酒が『故郷ふたつ 海』。翌年には、浪江蔵で醸造した酒を、長井蔵で仕込み『故郷ふたつ 山』が完成した。

「故郷ふたつ 海」は、その豊かな味わいが海外に受け入れられて、
タイのミシュラン星付きのレストランでも扱われている。

福島のうまいものとマリアージュしたAI魚種専用酒

浪江蔵で酒造りを再開した鈴木さんが、日々考えていることがある。それは、浪江の魅力をどうやって発信していくか。震災による避難指示は段階的に解除されているが、住民は震災前の1割ほどしか帰還していない。「住民たちは、浪江の魅力に自信を持てなくなっているのかもしれない」と鈴木さんは語る。

「震災前には、鈴木酒造店の酒を仕入れてくれる人には、浪江のうまいものと酒を味わえるよう一泊してもらっていました。来てもらえば、浪江の魅力が伝わるんです。でも、震災が起きてから、住民が自信を失ってしまう出来事が続いています」

浪江で事業再開した2021年に、福島第一原子力発電所事故による処理水の海洋放出が決定した。それは、福島県全域での港湾の全面操業を目前に控えた時期のことだった。苦難を経た港にまたもや降りかかる困難。請戸港の試験操業にも足を運び、漁業に携わる人々の喜びを目の当たりにしていた鈴木さんは、行き場のない憤りを感じた。

「漁業が存続できなくなったら、浪江で培われてきた文化は終わってしまいます。鈴木酒造店も、浪江の請戸港の漁業や海産物と一緒に育ててもらってきた。拠り所なんです」

福島の漁業のために何かをしたい。そんな想いで、鈴木さんは、浪江の海産物と鈴木酒造のお酒を組み合わせた定期便を始めた。さらにガッチ株式会社とともに、AI魚種専用酒の開発へと結びつく。福島でとれる、ヒラメ、アンコウ、カレイ、カツオ、ホッキ貝などの「常磐もの」を、特殊なAIセンサーを使って味覚を数値化することで、海産物と最高の相性を引き出す酒を生み出したのだ。

福島で獲れる常磐ものの魚にぴったりと合うAI魚種専用酒。ボトルを並べると、豊かな福島の海が浮かび上がる。
ガッチ株式会社は、資金調達サポート、プロジェクト企画設計、マーケティング戦略立案など、プロジェクトのプロデュースに携わった。
AISSY社の特殊なAI味覚センサーを使って、人の五感が感じる甘味、塩味、酸味、苦味、旨味を数値化。
魚種と酒の絶妙な組み合わせを見つけ出すための試行錯誤を繰り返した。

浪江で、美味しい酒と料理を

浪江に訪れて、浪江の美味しいものを楽しんでほしい。鈴木さんは、ガッチ株式会社とともに「浪江町収穫祭」も立ち上げることとなった。

ガッチ株式会社が、資金調達サポート、プロジェクト企画設計、マーケティング戦略立案などに携わった「浪江町収穫祭」。
2023年に1回、2024年に2回が開催され、すでに来年度の開催も決定している。

2024年10月13日に第2回が開催された「浪江町収穫祭」。「ジョワイストロ ナミエ」「やすらぎの宿 双葉の杜」など、地域の飲食店とともに、「醸し処 ひょん」(東京)、「堂島 雪花菜」(大阪)、「貝と魚と炭び シェルまる」(仙台)、「招福萬来 みらく」(福島)、など有名飲食店による浪江産食材を使った料理と鈴木酒造店の日本酒のマリアージュを楽しむことができる。食が生まれる現場にも足を運んでほしいと、生産者ツアーも同時開催した。

「浪江を応援したいと、県外から多くのお客さんが訪れてくれました。大阪から来てくれた人もいて、うれしかったです。浪江のことをわかってもらうには、来てもらうのが一番いい。うちの酒も浪江で味わってもらいたい。復興をめざすことより、みんなで浪江のうまいものを楽しむ瞬間が増えていく方がいいと思うんです」

浪江に集った人々が、笑顔で美味しいものを囲んでいる。それは、長年杜氏として酒造りをしてきた鈴木さんにとって理想の風景でもあるという。

「悲しいときに酒を飲んでもいいけれど、喜びを分かちあう酒はやっぱり晴れ晴れとして良い。『磐城壽』も『一生幸福』も、喜びの祝い酒です。被災して、苦しいことや悲しいことも沢山ありました。だからこそ、鈴木酒造店は、これからも喜びの酒を造っていきたい」

福島・浪江の海に育まれ、震災という試練をのりこえて、山形・長井で復活した鈴木酒造店。ふたつの故郷で、今日も喜びの酒を醸し続けている。

(text.ガッチ広報部 荒田詩乃)

ガッチ株式会社では、伝統工芸に関わる事業の商品開発やブランディング、海外での事業展開や販路開拓を承ります。お気軽にお問合せ下さい。コーディネーターが丁寧にお応えします。
ガッチ株式会社 https://gatch.co.jp/
代表・松永武士Xアカウント https://x.com/bushi7


いいなと思ったら応援しよう!