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#9. 「大丈夫、大丈夫だよ」

産後一ヶ月のきょう。

目まぐるしく一ヶ月が過ぎた。
第二子の出産と育児は一人目のそれとは全く別物だった。
「初めて」なのか「2回目」なのかは全く違う。

入院中、一日ごとに感情の起伏が激しかった。
産んでから丸一日、ただ一人、病室で身体を休めるだけの時間が過ぎた。
それから新生児室から戻ってきた我が子と初の再会。
命の奇跡を一人静かに噛みしめる。
家族の入室、面会もいっさいないのは逆に好都合だった。
身体がボロボロで情緒不安定な時間に、人がわらわら来てなんやかんや言っていくのに応答するのもだるいというもの。

生後1日で授乳指導が始まり、刺激されたおっぱいがスタンバイモード。
日ごとに母乳の分泌が増えていくがまだ赤ちゃんはうまく咥えられず、なかなか飲めない。
手で搾乳しては哺乳瓶で与える。
それでも夜中4時間、6時間と寝てしまうとおっぱいは岩盤のようにパンパンに張ってしまう。

生後3日目。
上の子のときの授乳で苦しんだ日々が蘇る。
2ヶ月、3ヶ月と経ってもうまく母乳が出なかった。
一苦労して搾乳してもせいぜい10ml程度。
もちろんおっぱいからも直接飲めない。
貯まるばかりの母乳。毎日張る。飲ませる練習は続けるので乳首は擦り切れる。
3時間ごとに起こされる。赤ちゃんの泣き声を聞くのが恐ろしかった。
その頃の記憶がフラッシュバックし、涙がぽろぽろとあふれてきた。
これからあの恐怖の日々をもう一度繰り返すかと思って、怖くなった。

ふと我に返り、赤ちゃんに目を向ける。
「大丈夫、大丈夫だよ、もうすぐ飲めるからね。」
今度こそ、だいじょうぶ。
赤ちゃんに話しかけながらも、同時に自分に言い聞かせていた。
「だいじょうぶ。」
もうこんなに母乳も出ている、あとはもう少し吸う力がつけば、どんどん飲めるようになるよ。
「大丈夫、だいじょうぶだよ。」
一回目の大丈夫は赤ちゃんに。
二回目のだいじょうぶは自分自身に。

生後5日目に退院。
実家から車で迎えにきてくれた両親が、ようやく赤ちゃんと対面。
夫、息子、お義母さんが3人でやりくりしてくれていた自宅へ戻る。
新しい生活が始まる。
家族はみんな、赤ちゃんに大喜び。
一方で私は何か実感がなく、期待と不安の入り混じったふわふわした感覚だった。

私は退院するとき、一つだけどうしても守らなければならないことがあった。
それは病院から出てきた私が息子と初めて会うとき、
その腕に赤ちゃんを抱いていてはいけないということ。
私と息子は一対一で再会をしなければならなかった。

第一子にとって、下のきょうだいができるということは一大事。
今まで独り占めにしてきた両親の愛情を、眼差しを、抱きしめてくれる腕を、奪われてしまいかねないという危機なのだ。
どこかで読んだ、赤ちゃんと上の子を初めて会わせるときに
お母さんが抱っこしていたら、赤ちゃんを敵だと認識するようになり、
その後も叩くとかお世話の邪魔をするとかいじわるをするようになってしまうのだと。

それだけは絶対に避けなければならない。
あらかじめ私は、車で迎えにきてもらう両親にクーファンを用意してもらうようにし、
夫がクーファンに寝かせた赤ちゃんを外に連れ出してほしいとお願いしておいた。
私は身一つで、息子と再会をした。
「待っててくれてありがとう。がんばったね。」
一生懸命息子を褒めて、苦しいくらいに抱きしめた。

…が、息子はというと涙を流す私をチラ見しておいて、
「赤ちゃんは?赤ちゃんどこ?」と興味はあちらへ。
あぁ、そうか。お母さんは後でいいのね。
ちょっと拍子抜けしたものの、赤ちゃんに興味を持ってくれていて、それはそれで安心した。

帰宅し、一息つくかつかないかのうち、次の授乳の時間がせまる。
ええと、哺乳瓶は。ミルクは。ミルトンの準備してない!
そわそわする私。
赤ちゃんのお世話は、分刻みのスケジュール。
ただしできるだけ赤ちゃんに寄り添わないように、息子のメンタルケアを最優先。
考えることがいっぱいだ。

一番辛かったのは産後2週目だった。
つまり退院後自宅での最初の生活。
お世話道具の置き場所、生活動線、義母と夫との家事分担。全てが手探り。
うまくやっている、自分はうまくできている、と言い聞かせる。
「大丈夫、大丈夫…」と頭の中で唱える。
でも何か一つのピースが崩れ始めると回らなくなる。
呆然として、動けなくなる。
一人になりたい。
そういうときは夫や母に子どもを任せて、少し寝かせてもらうと楽になった。
対処の方法も慣れたものだ、大丈夫、私は対処できている。
また言い聞かせる。

崩れ始めるきっかけは、赤ちゃんではなく、たいてい上の子のぐずりだった。
きょうだい育児って、こういうことだったのかと思い知る。
赤ちゃんのお世話は二回目なので、
なんとなくどういう展開が待っているか想像できる。
でも4歳児育児は初めて。2人育児も初めて。
二人目だからこそできるようになったこともある。
二人目だからこそやってあげられないこともある。

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