引越し
引越しを業者に頼むと、テキパキと荷物を次々に運んでくれます。
ちょっと前まで自分のものと信じて疑うことのなかった品々が、介入の余地なく部屋の外へ舞い出ていきます。自分の物なのに全く手を出す余地のない鮮やかな手捌き。見ることしかできない私は、必死に築いてきた生活が溶けてなくなっていくようで虚しさと無力感に襲われます。
このまま盗られてしまうんじゃないかと思うくらい業者の方の作業は堂々としていてスムーズです。あまりに業者の方の思い通りに持ち上がり舞い上がる荷物を見ていると、自分の荷物じゃないのかもしれない、とすら思ってしまいます。
という台本? です。pdfもあげているので読みやすい方からどうぞ。
引越し
〈ワンルーム9畳の部屋に段ボール箱がいくつか置かれている。部屋の中央の箱を運ぼうとしている引越し業社のふたり。業者1が先輩で業者2が後輩。荷物の持ち主は部屋の隅でふたりの作業を見ている。〉
業者1「じゃあいくぞ。せーので、違う違うせーので……ああもう。せーの」
〈力を入れるが荷物は持ち上がらない。ふたりの息も合っていない。ふたりは荷物から手を離してかがめていた腰をまっすぐ伸ばす。〉
業者1「あがんねえな」
業者2「何入ってるんですかね」
客「あの」
業者1「あ、大丈夫ですよ我々がやりますんで」
客「ああ」
業者1「もう1回いこう」
〈業者1、再びかがんで箱の側面に手を添える。業者2もそれにならう。〉
業界1「いくぞ。せーの」
業者2「あがんないっすね」
業者1「お前力入れてる?」
業者2「入れてますよ。先輩こそ力入れてないんじゃないですか?」
業者1「入れてるよばか。ちょまじで1回本気でいこう。せーの」
業者2「まじ何入ってるんですかこれ」
業者1「喋る力手に回せばか」
〈業者2、箱から手を離す。〉
業者2「ちょっともう1回しきり直しましょう」
業者1「いや1回力抜いたらもう疲れちゃうからそのままきて」
業者2「いやいや、力入れる瞬間が一番力入るんで、1回力抜いて仕切り直した方がいいですって」
業者1「いいからまじで早く」
業者2「そういうことしてる間にどんどん力弱くなりますよ」
業者1「うんだから早く」
業者2「いや」
業者1「まじで! やれよ」
〈業者2、腰を落として箱の側面下方に手を添える。が、力を入れる様子がない。〉
業者1「ちょなにやってんの早く」
業者2「せーの待ちっす」
業者1「ああもう、せー」
業者2「せですか?のですか?力入れ始めるの」
業者1「もうせ、せ、せ」
業者2「了解っす」
業者1「せ、せ、せ」
業者2「……」
業者1「せっつってんじゃん」
業者2「ああ今のせですか? せーののせかどうかわかんなかったっすよ」
業者1「ふざけんなよお前まじ」
業者2「だって、ああもうじゃあ僕がせーの言いますね」
業者1「なんでもいいから」
業者2「いきますよ、せー!」
〈業者2が力を入れると同時に業者1は力尽きて後ろに倒れる。〉
業者2「ちょっと先輩」
業者1「お前なあ」
業者2「これ強敵っすわ。いったん作戦立て直した方がよくないっすか?」
業者1「……まあ、そうだな」
〈客、ふたりの業者の方に少し歩み寄りながら。〉
客「あの、あれだったら他のから運んでもらったらその間に[中身半分他の箱にわけときますよ]」
業者1「大丈夫ですよ、僕らでやるんで」
業者2「そのための引越し屋なんで」
客「ああ……」
〈客、壁際に戻る。〉
業者2「どうします?」
業者1「うーん」
業者2「いったん中身出しちゃいます?」
客「え」
業者1「出すのは最終手段だろ」
業者2「まだ最終じゃないっすか?」
業者1「うーん……まあほぼ最終、ではあるか」
客「ちょっと、開けるのは」
業者1「大丈夫ですよ我々でやるんで。どうぞ休んでてください」
客「じゃなくて開けないでほしくて」
業者2「大丈夫っすよ、僕ら荷物のことはめっちゃわかってるんで」
客「わかってるとかは関係なくて」
業者1「ほんと大丈夫ですよ。くつろいでてください」
客「と言われましても」
業者1「じゃあちょっと開けちゃって」
業者2「カッターあります?」
業者1「お前持ってきてないの?」
業者2「いや先輩でしょう」
業者1「ちょっとまじでちゃんとしてくれよ。来る時カッター持ったかってきいたらお前「はい」って言ったじゃんかよ。あ、すいません、カッターってあります?」
客「えっと……すいません開けないでもらいたいんですけど」
業者1「でも開けないと運べないんで」
客「じゃあ私開けますから、その間に他の先に運んでもらうっていうのは」
業者2「傷つけたりとかはしないんで大丈夫っすよ。僕ら荷物のプロなんで」
客「とかはどうでもよくて」
業者1「お客さん自分の持ち物だから、自分が一番よくわかってるつもりかもしれませんけど、僕らそれ以上によくわかってますからね、荷物のこと」
客「はあ」
業者2「ちょっとまじでカッターどこっすか?」
客「あー、えー……うーん、(ふたりが運ぼうとしていた箱を指さして)その中入れちゃったかも」
業者1「いやいやそりゃないですよお客さん」
客「ほんとに」
業者2「通じないっすわそれは。僕ら荷物に関してはプロなんで、騙されませんよ」
業者1「でも、その目を見た感じ、荷物のどれかに入れたのはほんとうらしい」
客「目とか見ないでもらってもいいですか?」
業者1「だが、この箱の中ではない。そういう目をしているな。おい、お前だったらカッターはどの箱に入れる?」
業者2「そうっすね……ずばり、(狙いの箱の前に行って)この箱でしょう」
業者1「まだまだだな」
業者2「なんだって」
〈業者1は業者2が選んだのとは別の箱の前に移動する。〉
業者1「こっちの箱だ」
業者2「……賭けますか?」
業者1「ああいいだろう」
業者2「ほお、なにを?」
業者1「じゃあ、この中にカッターが入ってなかったら、お前にこの部屋の荷物全部くれてやるよ」
客「いやちょっと」
業者1「大丈夫ですよお客さん。僕荷物のプロなんで」
業者2「僕も荷物のプロなの忘れてるんじゃないですか?」
業者1「半人前が笑わせる。お前はなにをかけるんだ?」
業者2「この箱にカッター入ってなかったら、この部屋の荷物は全部先輩のものにしていいっすよ」
客「どっちにしてもどっちかのになるじゃないですか」
業者1「じゃあせーのでいくぞ」
客「おいおい」
業者2「せですか? のですか?」
ふたり「え、だな。「せえの」の、え」
客「いやあの」
業者1「と」
業者2「その前に」
業者1「開けるのにカッター借りてもいいですか」
客「いやー……」
業者1「なんて、冗談ですよ」
〈ふたりは懐からカッターを取り出す。〉
客「持ってるんですか? じゃあ今これ何やってるんですか?」
業者1「いくぞ」
業者2「のぞむところです」
ふたり「……せえの」
〈合図に合わせてふたりは箱にカッターで切り込みを入れる。ふたり、箱の蓋を開けてひっくり返す。両方の箱から大量のカッターナイフが出てくる。〉
客「うわ、え、え、え? は?」
業者1「……せーの」
ふたり「引越しマジック・パワー(決めポーズ)」
客「は?」
業者1「驚きました?」
業者2「勝手に自分の荷物開けられたと思ったでしょう?」
客「いやなに?」
〈業者2、部屋の段ボール箱を次々と持ち上げて外に放り出す。箱は空のようだ。〉
業者1「じゃあ引越し作業以上になります。ありがとうございました」
客「うーん、ん?」
業者1「もう全部運び出しちゃったんで」
客「ん?」
業者2「いつのまに?って思ったでしょう」
客「まあ」
業者1「それが引越しマジック・パワー、です」
客「はあ」
業者2「いいですか、お客さん。引越しは、エンターテインメントなんですよ」
客「ちょっとわかんないんですけど」
業者2「種も仕掛けもないってことですよ」
業者1「荷物、ちゃんとトラックに入れて新しい部屋まで運びますからね。盗ったわけじゃあないですよ。(恩着せがましく)盗られてなくてよかったですね」
客「はあ」
業者1「では」
客「え、待って、引っ越し終わったんですか?」
業者1「だから言ってるでしょう」
業者2「もう運び終わったんです」
業者1「ご安心を。盗っちゃいませんよ」
〈引越し業社は、部屋の真ん中の大きな箱も軽々持ち上げて去っていく。去り際に業者2が引き返してくる。〉
業者2「でも、ひとつだけとられたものが、あるんじゃないですか?」
〈業者2は自分の胸に拳を当ててポンポンと叩いてみせる。〉
業者1「ばか、引越し業社が爪痕残そうとすんな。来た時よりも美しく、何も残さない。それが美学だろ。だからお前はいつまで経っても半人前なんだよ」
業者2「えーすいません」
〈業者は去っていく。〉
〈部屋の外から声が聞こえる。〉
業者1「では、新しいお部屋でお会いしましょう!」
業者2「あ、爪痕残そうとしてる!」
客「……」
〈客の携帯電話に着信。〉
客「もしもし。うん……ああ、うん終わった。うん早かった。……いやお茶とかは出してない。うん、うん。……いや違うそんな感じじゃなかった。うんうん、あーうん、次はちゃんと出す。うん、常温ね。……わかった。それでさあ……うん、その……まだわからんけど……もしかしたら荷物とられたかもしれん。いやなんかそうなんやけど、ほんとに引越しの人かわからんかった。……いやだってどんどん勝手に、うん……わからん。だからわからんって。だって引越しの格好してきたし最初普通やったから。いや、うん……わからんって言いよんやん」
〈電話で話している間に舞台溶暗。〉
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