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くだらないはなし

喫茶店。深刻な面持ちのふたり。
そんな顔になるに相応しい深刻な相談がなされたためである。
テーブルには、カレーとナポリタン。

若尾 「っていう」

追谷 「……ふん」

若尾 「……」

追谷 「まあ、それは……そうねえ……ううん」

若尾 「うん。まあ、そうなるよな」

追谷 「うん。なんというか……深刻だな」

若尾 「うん。どうしたらいいかいな」

追谷 「んー……そうねえ。……あんま無責任なこと言えないけど」

若尾 「いや、いっそ無責任に言ってほしいんだよ。それで相談したんだから」

追谷 「でも、最悪人生にかかわることじゃん?」

若尾 「だからこそ。もう自分じゃどうしようもないから、他人の無責任な意見が聞きたい」

追谷 「まじで無責任なことしか言えんよ?」

若尾 「いいから!」

追谷 「……じゃあ。ウンコ味のカレーと、ナポリタンどっちか食べないといけないとしたらどっち?」

若尾 「は?」

追谷 「え?」

若尾 「は?」

追谷 「え?」

若尾 「は? は? なんなの?」

追谷 「なにって。ウンコ味のカレーと、ナポリタン」

若尾 「なんの話?」

追谷 「え? 究極の二択。やんなかった? 昔」

若尾 「なんでそんな話今すんの? まあまあ深刻な悩み相談したよね?」

追谷 「俺には無責任なことしか言えないから」

若尾 「いやいや、そういうことじゃないだろ。無責任っていうか、無関係じゃん」

追谷 「あ、それは違うよ。すべてのことはつながってるから、無関係なことなんてひとつもない。特に、こうやって俺が話して、お前の耳に入って、お前が言い返してる。しかもそういう反応してるのは、その前にお前の相談があったからだろ? 無関係なんてないんだよだから」

若尾 「は?」

追谷 「で、どっち?」

若尾 「なにが?」

追谷 「だからあ。ウンコ味のカレーか、ナポリタン。どっちか食べないといけないとしたらどっち?」

若尾 「いや、だからさあ」

追谷 「俺はさ! 無責任なことしか言えないけど……それでもお前の力にはなりたいけど……無責任なことしか言えないからさ。ごめん……」

若尾 「いや……ええ。なんなんだよこれ。なに? ウンコ味のカレーか、ウンコ味のナポリタンってこと? どっちも最悪だよ」

追谷 「違う違う。ウンコ味のカレーかナポリタン。ウンコ味のカレーか、ナポリタン味のナポリタン。どっち?」

若尾 「ぜっっっったいナポリタンだろ?」

追谷 「ただしお前はめっっっっちゃくちゃナポリタンが嫌いです。ウンコより」

若尾 「なんだそれ」

追谷 「しかも嫌いなのはナポリタンの、味。食べたら死ぬくらい嫌い」

若尾 「俺ナポリタン好きだわ」

追谷 「たとえばじゃん。で、だとしたらどっち?」

若尾 「はあ? なに、それは、ウンコの味は嫌いなの俺は?」

追谷 「好きなの?」

若尾 「食べたことねえし」

追谷 「どっちでもいいよじゃあ」

若尾 「無責任だなあ」

追谷 「で、どっち食べる?」

若尾 「えー。どっちも食べたくねえ」

追谷 「でも。絶対どっちか選ばないといけない」

若尾 「……んー」

追谷 「迷うよな、そうだよな」

若尾 「お前どっちなんだよ?」

追谷 「あ、俺はどっちか食べないといけなくはない」

若尾 「は、なんでだよ?」

追谷 「いやだって俺今無責任で言ってるから、我が事じゃない」

若尾 「ずりいよ」

追谷 「そうだよな……」

若尾 「落ち込むなよ」

追谷 「……」

若尾 「ナポリタン」

追谷 「え?」

若尾 「ナポリタン」

追谷 「いや、めちゃくちゃナポリタン嫌いなんだぞ?」

若尾 「うん」

追谷 「あ、違う。お前が今想像してる程度の嫌いではない。もう、ほんとに嫌いなんだよ。絶対食べられないくらい。食べるか死かだったら死の方を選ぶくらい」

若尾 「はあ? なんだよその条件。ふつうナポリタンだろ」

追谷 「ふつうはな! でもふつうじゃなくてお前の話だから」

若尾 「俺の話でもないわ。俺ナポリタン嫌いじゃないもん」

追谷 「だからたとえばじゃん」

若尾 「ていうかなんの話なんだよこれは。だから!」

追谷 「……じゃあウンコ味のカレーでいい?」

若尾 「……やだよ」

追谷 「なんで、いいじゃんほんとに食べるわけじゃないんだからさ」

若尾 「もううるせえな、じゃあいいよそっちで」

追谷 「そっちって?」

若尾 「は?」

追谷 「そっちってなに? 言わないとわからんよ?」

若尾 「ウンコ味のカレーだよ」

追谷 「おお。決断できたじゃん。それが、さっきの悩みの答えだったらどんなによかっただろうな? 違うけど」

若尾 「無責任だなあ」

追谷 「すまんな、無責任で」

若尾 「……」

追谷 「じゃあこれは? ウンコか、ナポリタン」

若尾 「もうやらねえよ」

追谷 「じゃあウンコの方でいい?」

若尾 「いいよなんでも」

追谷 「じゃあ言って、ウンコって」

若尾 「やだよ」

追谷 「いいじゃんいいじゃん言ってって」

若尾 「やだってなんだよまじで」

追谷 「お願いお願い、一回言ってって」

若尾 「うるせえな。はい。ウンコ。はいもういいだろ」

追谷 「うぇーい、ウンコって言った」

若尾 「しょうもないって」

追谷 「なんかウンコの話してたらこれもウンコに見えてきたわ。あげる」

若尾 「いらねえよ。なにまじでくだらねえ」

追谷 「そうだよな。はあ……こんなことだけ話して生きていけたらいいのにな」

若尾 「よくねえよ」

追谷 「(真面目なトーンで)まあでも冗談抜きにさ」

若尾 「なんだよ」

追谷 「こんなことだけ話して生きていけたらいいのにな」

若尾 「よくねえって」

追谷 「なんで?」

若尾 「そんな純粋にきかれても。よくないだろ」

追谷 「そうかなあ。まあいっか、どっちでも。悪いな、無責任なことしか言えないで」

若尾 「いいけど」

追谷 「あ」

若尾 「なに?」

追谷 「無人島にひとつだけウンコ持って行くとしたらなんのウンコがいい?」

若尾 「もういいってウンコは」

追谷 「え。じゃあチンコの方にしとく?」

若尾 「やめろって。そういうの小学生で卒業しとけよ」

追谷 「したよ」

若尾 「じゃあそんな話するな」

追谷 「再入学したんだよ」

若尾 「するなって」

追谷 「お前もしろよ再入学」

若尾 「しないよ」

追谷 「なんで?」

若尾 「なんでそんな純粋にきけるんだよ? ふつうしないだろ」

追谷 「ふつうはどうでもいいんだよ。お前がどうしたいかだぞ?」

若尾 「だからしないって」

追谷 「無理強いはできないけど。でもさ、これはまじめに俺気付いたのよ。こういう話はさ、卒業しない方がいい」

若尾 「よくないよ」

追谷 「いやいや、ほんとにまじで。俺たちがウンコの話を卒業させられるのはさ、そういう話してる暇がないくらいやることが多い社会だからだと思うの。でもさ、これが歳とって会社辞めてってなったら、どう?」

若尾 「どうと言われても」

追谷 「それぞれ別々の人生歩んでさ、やりきってから合流したところで共通の話題なんかないんじゃないかな。かといって忙しい社会に引き返すことはもうできない。いやそりゃ歳とっても歳とったなりの忙しさはあるかもしれんけど、でもやっぱウンコの話をしないともたない間っていうのは、できると思う」

若尾 「どうかな」

追谷 「しかもさ、急に同年代がボケたりするだろ? ボケたらさ、意識が子供の頃に返ったりするんだってな。そしたら、親友だと思ってたジジイがある日から急にウンコの話ばっかしてくることだってあるぞ? そんなときにお前、こっちもウンコの話できなかったら、もうなんか……悲しいじゃないか」

若尾 「お前のあれはわかったけど。でもそれ歳とったらの話じゃね? 別に今からそんなウンコに復帰せんでも」

追谷 「甘いな。せっかく何十年も生きて、真ん中ずっとウンコの話しなかったらこの話題探求できる期間めっちゃ短くなるだろう。もったいないって。せっかく晩年その話で盛り上がるならできるだけ深いところまで掘り下げた方が絶対いいって。80にもなって小学生レベルのウンコトークしかできないようじゃ小学生に選挙権とられるぞまじで」

若尾 「は?」

追谷 「今のうちからもっと深めとけば、歳とったら総理大臣だよウンコの」

若尾 「なんだそれは」

追谷 「ま。無理強いはできないんだけど。決断はな、その人にしかできないから。俺に言えるのは無責任なことだけで」

若尾 「おう」

追谷 「まあでも、もし無責任なことが聞きたい時にはいつでも最先端のウンコの話はできる」

若尾 「そうか」

追谷 「まあ、だからあれだな。その……」

追谷、何かを言おうとするのをやめてカレーを食べかけるが、手を止めて皿を若尾に突き出す。

追谷 「やっぱあげる」

若尾 「いらないって。(ナポリタンを差し出して)ていうかこっちもお前食って」

〈終〉


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