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異世界のジョン·ドウ ~オールド・ハリー卿にかけて~ 第30話 阿鼻叫喚の夜

悲鳴が鼓膜に響き、青年は驚きのあまり背筋を伸ばす。
他の冒険者も何事かと、近くの仲間と顔を見合わせ、周囲の様子を伺う。

「イザベラさんが心配だ!」
「恩人相手に何かあったら問題だよな」
「困った人には手を差し伸べないとね〜」

カンテラ片手の大小の青年と、掌に収まるサイズの妖精が、無我夢中で駆ける。
声の方角へ向かうと、闇の中からぬうっと黒づくめの影が現れた。

「あらあらあら〜、皆さん。ご心配どうも」
「ご無事でしたか。遅いから心配しましたよ。何をしていたんですか?」
「すみません〜、いろいろありまして〜」

口元を隠し恥じらう彼女を見て、我ながら失礼だと、僕はそれ以上の追求はしなかった。
ともかくイザベラの無事が確認でき、何よりだ。
良かったと安堵し、胸を撫で下ろすと、青年は口許を固く締めた。
悪魔がいるのだから、迂闊な行動は厳禁。

「女性なんですから、単独行動は危険です。僕では嫌でしょうから、女性の仲間に同行してもらってください」
「はい〜、申し訳ありません〜」

2度としないよう注意するも、おっとりした口調を耳にすると緊張が抜ける。
それと同時に、ほっと溜め息をついた。
彼女にもしものことがあったら……僕は気が気でなかっただろう。

「一緒に帰りましょう」
「……ええ」

こうして安否を確認し、夜は何事もなく更けていく。
就寝には若干早いが、疲れを残していては翌日に堪える。
悪魔の襲撃に備えつつ、その日は早めに床につくのだった。


夜中にて


「……グガァァ……」

テントに男四人が川の字で並びつつ寝床に入るも、突如として、青年は意識を覚醒させた。
耳障りないびきに顔を顰め、上体を起こすと、彼は熟睡した悪魔を睨み据える。
寝起きの脳味噌に開いた大口から、スピーカーのような爆音が撒き散らされ、額に手を当てた。

「うるさいな、眠れないじゃないか……しょうがないか」

王国には悪魔が蔓延るという噂が、嘘のように辺りは静寂に包まれている。
悪魔の寝息で眼が覚めてしまった、夜風にでも当たろう。
刻が過ぎれば、自然にに眠れるようになるはずだ。
青年がテントの外に出た刹那

「ぎゃああぁ!」

悲鳴が周囲に響き、完全に睡魔は何処かへと消え去ってしまった。
ランタンを手に取り脱兎の如く駆け出すと、声がした方角では、今まさに冒険者たちと悪魔が相対する最中であった。
冒険者は刃を向け、悪魔の方はというと頭を抱え、混乱した様子だ。

「ば、化け物!」
「……ナニガ……ドウ……ナ……」

状況が飲み込めず、彼は静観する。
だが様子がおかしい。
彼らに手を伸ばすと、間髪入れずに剣士の凶刃が、悪魔を切り捨てた。
切り口からは鮮血が流れ―――血溜まりには人間がうつ伏せに倒れこむ。
悪魔が人に……否、人が悪魔へ変身させられたとでもいうのか。

「ヒッ!」

振り返った冒険者と視線が合い、青年は無我夢中で逃げ出す。
眼の前の光景ではなく、無抵抗の生物を躊躇せず殺害した、冒険者が恐ろしかったのだ。
その場を走り去ると、そこには冒険者らが微動だにせず、立ち尽くしていた。
いったい何が起きている?!
鼓動が高まり、恐れが心を満たそうとも、青年の瞳は冒険者を捉えて離さない。

「……う、あぁ……」
「う、ぐぐぅ……」

獣の唸りを彷彿とさせる声に、青年は息を殺す。
瞳は虚ろで、心ここにあらずといった様子で―――手にした剣で互いを突き刺す。
常軌を逸した行動に、青年は恐怖より先に、頭に疑問符を浮かべた。

(何がどうなってる。いったい何が……)

人間も動物も殺し合うなら、感情を露にするのが普通の反応だろう。
にも関わらず、何の情動すら沸かずに、互いを殺し合う―――まるで操られたように。
意味がわからず逃げ出すと、暗闇の中で何かがもごもごと蠢き、声にならない雄叫びを上げていた。
脚が竦み、恐る恐る擦るよう脚を動かすと

「……help(……助けて)」

テントから這い出て横たわる冒険者を発見し、青年は一目散に駆け寄る。
次から次へと不可解なことが起き、混乱する青年の腕を掴み、男は縋るように身を寄せた。
腕から首元にかけて、淡い炭を思わせる濃淡の黒に覆われている。
昼間の冒険者に、壊疽していた者はいなかった。
そもそもここまで負傷していれば、冒険どころではないだろう。

「……壊疽? それに悪魔化、操られたような同士討ち。ま、まさか」
「……Hey, fix me(な、治してくれ)」
「治療できる人を連れて、必ず帰ってきますから」

青年はテントへ戻り、確信した。
間違いない―――これらは悪魔の仕業だ。
それも一体どころではなく、複数体。
昼間に悪魔が手出ししなかったのは、冒険者に臆したのではなく―――疲れ果て寝静まった瞬間を一気に喰らうためだったのだ。
悪魔が人を喰らう理由を突き詰めれば、辻褄が合う。

「起きてくれ、みんな。王国で噂になっている悪魔が現れた」
「ああ、わかった。すぐナオミたちにも知らせてくるよ」
「この程度の危機、帝国軍に祖国を襲われた時に比べれば屁でもないよな。ミッシャ!」
「あ、ああ、そうだね。助かるよ」

そういうと仲間たちは手早く着替え、そそくさと現地へと向かう。
不測の事態にも慣れており、冒険者としての経験が自分とは雲泥の差だと思い知らされる。
もっと経験さえあれば、この状況を上手く乗り切れたろうに。
だが最善でなくとも、不慣れでも、人命がかかればやらざるを得まい。

「手段は何でもいい。とにかく彼らを起こして、この状況を周知させてくれ!」

異常事態になりふり構っていられない。
夜の静寂を破るように声を張り上げた。
必死に呼びかけていると管理区域の中央で、四人の人物が一塊になっており、危ないと何度も告げた。
だが彼らはまるで意に介さず、嘲笑うばかり。
それの意味する解は―――たったひとつしかない。

「人間共も一皮剥けば、狂気の塊だな……だからこそ俺らが餌に困らねぇんだがよ。ククク、ヒャヒャ!」
「人の子如きには理解の及ばぬ、我々の叡智。火占術が今日という絶好の鏖殺日和を選んでくれた」
「アハハハ、愉快愉快ッ! 星の導きによる、人同士の殺戮ショー!」
「闘争こそが人を人たらしめる証! 殺し合え、奪い合え、憎しみ合え!」

人間の姿をした何かは、口を大きく開き、混沌を愉しむ。
血走った視線は青年らへと向けられ、青年の頬を冷や汗が伝った。
―――関われば生命がない。

「何がおかしくて笑ってやがる! もし敵だってんなら、この場でぶっ潰す!」

狂気じみた笑いにも臆さず、アシェルは啖呵を切る。
すると灯火の薄明かりが映し出す人型の影は、ぐにゃぐにゃと揺れ動いた。
夜の闇より濃い黒には人ならざる者の悪意が滲み出し、邪悪なる魔の手を際限なく広げようとしている。

「何故だと?」
「そんなものは決まっておろう」
「人の子の愚かさがな……」
「あまりに滑稽で、笑いが止まらないのだよぉ!」

負の感情を剥き出しにした悪魔に、何も言い返せなかった。
カンテラの薄明りは蛇が如き影を映し出す。
悪魔の象徴にして、悪魔そのもののシンボリズム。

「我らの首元へ刃を突き刺したいのならば、追ってくるがいい!」
「How dare you allow my people to ......(よくも俺の仲間を……許さない)」

冒険者が恨み言を吐き、これから激闘が始まる……かと思いきや悪魔たちは、それぞれ闇に紛れた。
拍子抜けしたが、悪魔の目論見は怒りで我を忘れた冒険者を……!
一心不乱に悪魔の背を追う冒険者らへ

「待ってください、悪魔を追うのは愚策だ! 狙いは僕らの分断! まずは悪魔を追いかけ、散り散りになった人々と合流を図り、それから悪魔を探しましょう!」

確証はないが僕は仲間や周囲を指揮すべく、声を張り上げた。
僕の判断が正しいかはわからない。
だがしかし間違っていても、誰かがこの混乱を鎮めなければならない。
でなければ、もっと被害がでてしまう。
平静を欠いたら悪魔の思う壺。
青年の呼び止めに、冒険者たちは一人また一人と足を止める。
アシェルに翻訳を頼み、僕は冒険者に言葉を尽くした。

「We're not cool now. You tell us what to do, we do what we do!(今の俺たちは冷静になれない。アンタが指示してくれ、俺たちは何をすればいい!)」
「まずは負傷した方々の治療を最優先に。もしくは王国へ搬送できますか? 悪魔から逃げられても、森の魔物に襲われる。ここにいては危険です」

元はといえば、僕が嘘が原因。
この危機を乗り切るのが贖罪の代わりになるのなら、いくらでも手を貸す所存だ。

「It can be transported to the Kingdom via the mirror, but ……(鏡を経由して王国に運べるが……)」
「なら至急、運んでくれますか。駐在兵には悪魔に襲撃された旨を伝え、できれば援軍の要請を」
「OK!(わかった!)」

手短に用件を伝え、自分なりの最善が尽くせたと胸を撫で下ろす。
パニックになっても明確な目的さえあれば、どれほど絶望が眼の前を覆っても迷いはしないだろう。

「あら〜、ご立派ですね〜。危機的状況でも、皆さんの模範となろうとするなんて〜」

指示をしていると背後からイザベラが近づき、青年は相好を緩める。
修道女でもある彼女がいれば、悪魔退治は百人力だ。

「イザベラさん、冒険者たちが悪魔に襲われて……戦闘の準備をしておいてください」
「あらあら〜、そうです……かッ!」

細目とにこやかな表情を崩さぬまま、イザベラは鉄球を青年目掛けて振り回す。
危ない―――思わず瞳を閉じる。
だが直撃はせず、重い一撃を、月明かりを反射する刀が受け止めていた。

「私の仲間に手を出すなんて、あなた―――イザベラさんではないでしょう」

いきなり直美は何を言っているのだろう?
ただイザベラが急に襲いかかってきた説明はつかない。
青年からの指示を終わらせ、彼の元に帰ってきた仲間たちは、直美に続けて言い募る。

「プンプン臭いやがるな、俺らと同類の死臭が……」
「……ヒヒ、ヒャハハハッ! イザベラ? それがこの小娘の名だったのか。人にしてはなかなかの使い手だったが、油断した1人の状態なら、殺すのは造作もなかったぞ?」

隠しても仕方がないというように悪魔は正体を露わにし、上半身が半裸の男に、下半身が鹿の後ろ脚の、半人半獣の怪物へ姿を変える。
巻き髪に隠れた耳の上からは、湾曲した山羊の角が生え、その姿は半人半獣の神パンを想起させた。
それを見て、やっと彼はイザベラが悪魔の手に落ちたのを悟り

「まさか悲鳴が聞こえた時、入れ替わったのか! お前、イザベラさんをどこにやった!」

心のままに、感情をぶちまけた。

「ご明察。今頃はあの世にでも逝ったんじゃないか?」

淡々とペンダントを放り捨てられ、金属に黒みがかった紅が滴り垂れたのを、青年は見逃さない。
死後、時間が経過した血だろう。
何故悪魔は無感情に、あるいは嘲笑いながら、人を殺せるのか。
歯と歯の隙間から荒々しく息を漏らし、青年は怒りをこらえ、悪魔を睨む。

「レラジェ、オセ、オリアス、フルカス。ざまぁねぇな、格下の俺に狩り場の餌を食い尽くされるとは。おい、人間共。光栄に思えよ。このオールド・スクラッチ様の糧になれるんだからよ!」
「おう、ユウ、嬢ちゃん。この悪魔、どうする?」
「……まずはイザベラさんの居場所を吐かせる。処遇を考えるのはそれからだ」

残りの仲間も駆けつけ状況を察すると、オールド・スクラッチへの敵意を抱き、武器を構えた。
人々が悶え苦しむ阿鼻叫喚の夜の中、悪魔だけが人間とは対照的に笑みを湛えていた。


拙作を後書きまで読んでいただき、ありがとうございます。 質の向上のため、以下の点についてご意見をいただけると幸いです。

好きなキャラクター(複数可)とその理由
好きだった展開やエピソード (例:仲の悪かった味方が戦闘の中で理解し合う、敵との和解など)
好きなキャラ同士の関係性 (例:穏やかな青年と短気な悪魔の凸凹コンビ、頼りない主人公としっかりしたヒロインなど)
好きな文章表現

また、誤字脱字の指摘や気に入らないキャラクター、展開についてのご意見もお聞かせください。
ただしネットの画面越しに人間がいることを自覚し、発言した自分自身の品位を下げない、節度ある言葉遣いを心掛けてください。
作者にも感情がありますので、明らかに小馬鹿にしたような発言に関しては無視させていただきます。

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