異世界のジョン·ドウ ~オールド・ハリー卿にかけて~ 第22話 悪魔たちの狂宴、悪意の嘲笑
地獄の都にある外壁は金で彩られ、内部にはルビーやサファイアなど、高価な宝石が至る場所に埋めこまれた城。
強欲を司る悪魔マモンと建築家ムルキベルにより建造された、地上のどの城よりも豪華絢爛な万魔殿。
上位の悪魔が棲む、ギリシャ語で〝デーモンのすべて〟を意味する城に、地獄の三支配者と邪霊六座が一堂に会し、今後の方針について話し合う最中であった。
「ええい、フルーレティはまた欠席か! 奴を処分すべきでは?!」
「まぁまぁ、いいじゃないの。中将殿も疲れたのさ。しばらくは休暇ということで」
「ル、ルシファー様! それでは組織は成り立ちません!」
ハット帽を目深に被り、リネンの服に身を包む男性が、端正な顔立ちの神々しい翼を有する金髪の青年に注意した。
棒切れを手にした彼の座る足元には無数の羊が寝転がり、会議が終わるのを待ち侘びていた。
悪魔の名は旅団長サルガタナス。
数多の悪魔を束ねる上級精霊の集団、邪霊六座の内の一柱であった。
「サルガタナスの言う通り、早急にフルーレティの身柄を捕らえて悪魔裁判にかけるべきだろう。これはルシファーの意志」
ルシファーと瓜二つの面立ちの悪魔が、ルシファーとは正反対の意見を述べた。
だが鴉の如く濡れそぼる六枚の黒翼が、ルシファーと彼を全く異なる存在だと物語る。
宰相ルキフグス。
邪霊六座最強の悪魔にして光を避ける者と、その名を轟かせていた。
「そうなのですか、ルシファー様。ルキフグス様のさきほどの発言とは180°意味が異なりますが……」
「うん。俺も人間と一緒で矛盾を抱えた存在ってことで1つよろしく〜」
ルシファーの意志という部分を否定せず、軽く返事をする。
信じ難いが彼が言うのであれば、真実なのだろう。
唇を尖らせたサルガタナスは、怪訝そうにルキフグスを一瞥する。
「ルシファー様、そろそろ時間ですので号令を」
サタナキアが促すと
「ありがとう、サタナキア」
ルシファーは感謝を述べた後に手を叩き、悪魔に向けて指揮を執る。
「これより定例会議を行う。ネビロス少将、ヴォートゥミラで起こった出来事について報告を」
「承知いたしました。では……」
悪魔の指揮官の誕生。
よりによって、その青年が血と魂の契約を結ぶ。
悪魔にとっても前代未聞の事態に、集まった邪霊六座は動揺を隠せない。
ネビロスが報告をしている最中、邪霊たちはざわざわと騒ぎ立てたが、その度にルシファーが
「黙って傾聴するように」
と注意したり
「貴殿らの声で話が入ってこないのだが」
ベルゼブブが割って入る。
それでも止まらぬ会話に都度アスタロトが咳払いをし、黙るように促した。
噂を耳にはしていたものの、話半分だった。
しかしネビロスが報告したことで、一気に現実味が帯びてくる。
「デモンズ·コマンダーが出現したとは。フルカスからの報告は事実だったようだな。吾輩が直々に鍛えてやろう」
「しかも悪魔と血と魂の契約を結んだと。なかなか愉快な男が現れましたな。」
「所詮は雑魚悪魔との契約でしょう。すぐに淘汰されるのでは? 期待外れにならないのを願うばかりだ」
「迷い人ならば人並み以上に戦えるだろう。現にモルマスの怪物を退けたのは事実。彼奴(きゃつ)の行く末が楽しみだ」
ネビロスが以上ですと言い放つと、邪霊六座の面々は堰を切ったように思い思いに感想を告げた。
刹那、ルシファーは手を天に掲げる。
「デモンズ·コマンダーの話題はほどほどにしてさ。モルマスへの襲撃についての話をさせてもらいたい。いいかな」
「……!」
話題を変えるためか、普段はいい加減なルシファーはその場を仕切り始めた。
普段の会議ならば、進行を務めるのはベルゼブブ。
どうしても物申したいことがあるのだろう。
邪霊六座の面々は、内心戦々恐々としながら、彼の一言を待つ。
「誰かさんが先走ったらしいねぇ。果実を摘むのは実ってからすればいいのに。な、ネビロス少将」
「何故、私に話を振るのです?」
「自由を尊ぶ我々が一枚岩ではないのは、痛いほど知っている。ただこの前の定例会議では『上官からの指示がない場合、手出ししない』という結論で一致したはずだが。聡明な少将殿が、それを忘れたわけではあるまい」
「アモンを向かわせなければ、ヴォートゥミラの冒険者共々ユウもやられていた。悪魔にとって甚大な損害となっていたやもしれない。弁明はあるかい、少将殿」
いつになく真剣なルシファーの眼差しに、場が凍りつく。
モルマスに泥の悪魔の軍勢を差し向けたのは、他ならぬ悪魔の仕業だと三支配者は考えていた。
悪魔のみの社会を望む、旧い秩序を維持する保守派。
人間も含めた、新たな悪魔の社会を作ろうとする改革派。
どちらも自分なりの考えを持っており、どちらも悪魔社会を、より良いものにしようと善意で動いていた。
しかし過激な保守派の存在を、三支配者は危惧していた。
最悪デモンズ·コマンダーを片っ端から殺害して、悪魔と人間の織りなす改革の芽を摘むこともあり得る。
―――そして今回、それを実行した者が現れた。
「ルシファー様とベルゼブブ様のおっしゃる通り、私は保守派に属する悪魔。ですが私は今回の件に関与していません。私が望むのは、あくまで悪魔全体の利益と効率ですから」
「その言葉に嘘偽りがないと、サタン様の御身の前で誓えるか」
ベルゼブブは真紅の複眼を向け、彼を威嚇する。
広げた翅に描かれた髑髏の虚ろな瞳は嘘を吐いた瞬間、少将の首を刎ねるのも辞さない構えだ。
緊迫した雰囲気を察したネビロスが言葉に詰まると、横から大将サタナキアと司令官アガリアレプトが口を挟む。
「それでやられるようなら、悪魔たちを率いるに値しない命だということ。優勝劣敗という世界の理から、デモンズ·コマンダーだけ特別視するわけにもいかん」
「サタナキアの意見は否定しませんが、過激な保守派のやり方には賛同しかねます。貴重なデモンズ·コマンダーを、わざわざ積極的に殺す必要もないでしょう。主導者には厳重な処罰を」
「いや、大将殿と司令官殿の言う通り。蝶よ花よと育てるのも、かといって戦いをさせすぎても駄目。難しいよねぇ、扱いがさ」
ルシファーは薄ら笑いを浮かべつつ、話を続ける。
話題が逸れたことに安堵し、ネビロスは溜息をした。
「心配には及びません―――悪魔の指揮官の運命は血に染まる。奴は格言通りの道を進むでしょう」
「それは少将殿の明晰な頭脳を生かした未来予測かい。それとも保守派の計画で、そう定められているのかい?」
ルシファーはネビロスに顔を近づけて、探りを入れてくる。
表情こそ笑顔だが、双眸はじっと彼を見据えており、腹の底に別の思惑を隠していて気が抜けない。
「……あまり私の部下を追い詰めないでくれ。ルシファー。確たる証拠がない以上、裁かぬのが道理」
「いたのか、アスタロト。あんまり静かだから会議中に寝たのかと思ったよ」
主人に無礼な発言をしたルシファーに、竜は炎を吐く。
アスタロトが宥めるべく首を撫でると、喉を鳴らし微笑んだ。
「ま、ネビロス殿がやったとは限らないからねぇ。この件は一旦保留ということで」
「なら、先ほどの尋問はいったい」
「ん〜、ちょっとからかいたくなって」
あっけらかんとした態度で、ルシファーは言ってのける。
他の悪魔たちは談笑をしたり、緊張を解き始めるも、当のネビロスはいっそう顔をこわばらせる。
体を揺らし笑う陽気なルシファーに蠅の王が横から手を出すと、金髪の青年は頭を抱えた。
「ってぇ! 急に何すんだよぉ〜、ゼブル」
「ルシファー、そうやって同胞をおちょくるのは貴様の悪癖だ。ネビロス少将。気分を害されたなら、代わりに儂が謝罪しよう。すまなかった」
「まぁ、許してよ。俺もネビロス殿と仲良くしたかったのさ。噓じゃないよ」
無邪気で明るい言動に覆われた心中を、察するのが難しい悪魔ルシファー。
サタンに次ぐ魔界のNo2の凄みに気圧され、ネビロスはすっかり縮こまってしまう。
「では今後の計画について話していこう。儂の元へ、ヴォートゥミラの世界地図を」
「はいは〜い、実はこんな物作りました。レッサーデーモンくん、持ってきて~」
世界地図を広げた矢先、ルシファーは茶髪の男性の駒をモルマスの上に置く。
他にも全身傷だらけの斧を手にした男性、翠の瞳が特徴的な剣を携えた少女、法衣を纏う少女を模した模型が、彼の手に握られていた。
「……ルシファー様、それは」
「下級悪魔に作らせたんだ。結構いい出来だよなぁ、褒めてあげないと。それよりこの二人、少し前は罵りあってたのに友情が芽生えかけてる。信念も価値観もまるで違うのに、こいつら面白いな」
そういうとユウとハリーの駒を、乱雑にぶつけた。
―――子供が壊してもいい玩具を扱うかのように。
「さてとアスタロト、あいつらはどこに向かうんだ。未来視を頼むよ」
「彼らは王国の悪魔討伐依頼を受け、〝魔毒竜殲滅作戦〟の生き残りである猛者に協力を仰ぐとのこと。それとルシファー、一つ伝えねばいけないことが」
「どうした?」
「……以前青年の未来視を行った時よりも、未来が不明瞭になってしまった。まるで霧がかったかのように」
「マジかよ。悪魔の指揮官様は色々と規格外だな」
アスタロトの未来視は、悪魔が策を講じる際に重要な能力であった。
無論、彼の力に頼らずとも作戦は立てられる。
しかし確実性を重視するならば、利用するに越したことはない。
「どうする、他の悪魔にも未来視を頼むか?」
「いや、聞かないでおこう。興が削がれる。情報収集を怠らず行動を予測して、策を講じるとしよう。悪魔の未来の為に」
ルシファーは口角を吊り上げ、白い歯を覗かせた。
世界地図の上の模型を見下ろす様は、傲慢を司る悪魔に相応しい尊大さであった。
「ユウ、ナオミ、エイコ、ハリー。俺たちにとってお前たちは、掌の上の虫けら同然。生きる為に足掻く姿を、せいぜい楽しませてくれよ。ククク、ハハハ、アーハッハッハ……」
ルシファーが高笑いすると、悪魔もつられて大笑する。
地下深い地獄で発生した巨大な闇の渦が、迷い人らと数奇な運命を辿る悪魔を飲み込もうとしていた。
拙作を後書きまで読んでいただき、ありがとうございます。 質の向上のため、以下の点についてご意見をいただけると幸いです。
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作者にも感情がありますので、明らかに小馬鹿にしたような発言に関しては無視させていただきます。
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創作大賞2024の応募条件が14万字までのため、キリのいい2章22話までの投稿となります。22話から33話までの続きは、小説家になろう、ハーメルンにて確認ください。