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I'm out

ギギッ…

手にくい込むほど強く握ったフェンスは錆だらけで今にも切れてしまいそうだった。

下から煽るように強い風が吹き上げて、フェンスにぶら下がった看板がガンガンと音を立てる。

フェンス越しに見える街にはこの建物の影が伸びていく。ここからの景色はあの頃見てた景色とすごく似てて懐かしく思えた。

俺は噛んでたガムをフェンスに貼り付けるとそのすぐ横に左足をかけた。

「おい!落ち着けって!」

後ろでチームメイト達が騒いでいる。

「……知るか」

俺は吐き捨てるように言って、手と足に力を込めた。

「バカ!死ぬぞ!」

こちとらはなから死ぬ気だ。

「ちょっと待て!柿村!」

屋上の扉を勢いよく開けたコーチが叫んだ。俺はフェンスに跨ったままで振り返った。

「……」

「落ち着け、柿村。な?何をそんなに焦ってるんだ」

「コーチ。俺は酷く落ち着いてますよ。」

「どこがだ!一体、何があったんだ?」

「……何もなかったですよ。俺がそれを知らなかっただけです」

俺はそう呟いてフェンスの向こうに降り立った。その姿を見て屋上に集まった人間や、このビルの下にたむろしている人間が少しざわついた。

俺は日本の田舎町で生まれて育った。小学生の頃に見たNBAの映像に感動して、親に頭を下げてバスケットボールを買ってもらった。

それからは毎日片道1時間のところにあるビルの屋上のバスケットコートまで走って通った。おかげで高校生になる頃には30分足らずで着くようになった。

その屋上のフェンス越しに見る街に向かって、仲間たちと何度も夢を語り合った。

『いつか、あの日見たNBAの舞台でバスケがしたい』

そう言い続けた高校3年の夏。アメリカの名門校からスカウトの声がかかった。夢にも思ってなかったこの事態に俺は二つ返事で渡米を決めた。

しかし、そこには夢の欠片もなかった。ただ、無意味な年功序列や黄色人種差別が残る、実力が評価されない世界だった。英語が上手くない俺は言い返すことさえ出来なかった。

大人たちは自分たちの利権や名誉のためでチームのためには動かず、チームメイトは皆その大人たちに媚びへつらうだけだった。

日本へ帰ろうかとも思ったが、監督が自分の懐のために勝手に俺の将来を決めていた。俺は田舎の弱小チームと10年契約を結ばされていた。

俺の心は絶望によって打ち砕かれ、このチームの膿を世に晒す覚悟を決めた。

空が見たことないくらいくすんだ、暗い青色に染っていく。

「いつも、輝いていたね……少年のまま……」

俺は懐かしい歌を口ずさみながら、その空を見ていた。

「なぁ。戻ってこい。そんなことしたって誰も喜ばないから」

そう口々にみんなが呼ぶ。だけど、俺にはもう届いていなかった。

俺は振り返り、惜しむようにフェンスの向こうに唾を吐いた。

そして馬鹿みたいな面を晒す連中に中指を立てながら足を踏み外した。

「That's all.

I'm out.」

〈完〉

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