風が吹けば桶屋が儲かる2020
風が吹いた。
カタカタッ……
散歩に出ようと思い立ち、その支度をしている男の部屋の窓が風によって音を立てた。
「随分と強い風だな」
男は窓際に立ち、外を見た。
道路には落ち葉が舞い、風が運んできた砂が飛び交っていた。
「……眼鏡にするか」
男は普段使わない眼鏡を探してあちらこちらの引き出しを開けてはひっくり返した。
「どこにしまったかな。ここかな?」
普段あまり開けない引き出しを開けると、そこに埃を被った眼鏡ケースがあった。それを持ち上げると皺のついた紙切れが何枚かあった。
「なんだこれ?」
宝くじだった。
そういえば昨年の年末、忘年会の帰りに同僚と酔いの勢いに任せて買ったものだった。
「こんなとこにあったのか。すっかり忘れていたな」
そのまま男はくしゃくしゃに丸めてゴミ箱に放ろうとした時、ふと胸騒ぎがした。
「……一応、確認しとくか」
男は書斎へと向かって少し古いデスクトップを立ち上げ、さっき出したばかりの眼鏡をかけてサイトを探した。
「……おい、なんてことだ」
男はモニターとくしゃくしゃの宝くじを何度も見返した。そこに映っている数字は確かに同じ羅列だった。
男は跳ね上がるようにあばら骨を叩く心臓を湿った手で服の上から押さえながら、換金期限を調べた。
「……急がないと」
男は宝くじをポケットに捩じ込み、玄関に転がっている印鑑を鞄に放り込んでみずほ銀行に走った。
数時間後。家に帰ってきた男の息は上がっており、その手には「『その日』から読む本」が握りしめられていた。
「どうしよう」
男は散歩どころでは無かったのだが、火照る頭を冷まそうと日が傾くまで町を歩くはめになったのだ。
まだ心は落ち着いてはいなかったが町は暗くなり始めて腹も空いてきたので家に帰ってきた。
「とりあえず、飯……」
男は手を洗うのもそこそこに冷蔵庫を開けた。しかし、あいにくそこにはほとんど何も残っていなかった。
男はしばらく冷蔵庫の前で考え込んだ後、電話を手に取った。
「……おう。久しぶり。今日の夜空いてる?」
男はその後もいろんなところに電話をかけた後、最後にいつも通っている寿司屋に電話をかけた。
『はい。宝寿司です!』
「あ、どうも。お世話になってます。柳田です」
『あぁ!柳田さん!いつもご贔屓ありがとうございます!今日は出前ですか?』
「えぇ。ちょっと臨時収入がありまして。仲間を呼んでパーティでもしようかと」
『それはいいですね!うちの若いのに持っていかせますよ。何人前に致しましょう?』
「なんやかんや20人くらい集まることになったんですが、お任せしても大丈夫ですかね?」
『もちろんです!また配達する時にこちらからお電話させていただきます!毎度ありがとうございます!』
「ありがとうございます。お待ちしてます」
電話を切った宝寿司大将・袴田は早速店の若い衆に声をかけて20人前の寿司に取り掛かった。すると、いちばん若い青年が声を上げた。
「大将!桶が足りません」
桶屋が儲かる。
〈完〉
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