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新しい世界
「ねぇ、昨日の夜どこに居たの?」
彼女と同棲してる部屋でふたりで昼食を取っていた時、不意に彼女がそう呟いた。
「昨日ならこの部屋にいたよ」
「うそ。帰ってきたらいなかったもん」
「昨日は帰ってこなかったんじゃ……」
「仕事が早く終わったから帰ってきたの。そしたら電気が付いてなくて。ねぇ、どこに居たの?」
「……」
僕は答えられなかった。彼女の言うようにこの部屋にはいなかったから。
「答えてよ!」
「昨日は……ちょっと眠れなくて。どうせ君も帰って来ないと思ってたからバーに行ってたんだ。ほら、いつも行ってるところ」
「ほんとに?」
「ほんとだよ」
「……信じるからね」
「う、うん」
その時は何とかやり過ごせた。胸が痛かった。真実を打ち明ければ彼女が傷つくと思ったから、嘘をつくしか無かった。
事態はその夕方、一変した。
目を真っ赤にした彼女がソファでくつろぐ僕の元に歩み寄ってきた。
「嘘つき……」
「え?」
「バー。昨日は来てないって」
「電話、したの?」
彼女は目に涙を溜めて頷いた。
「……ごめん、嘘ついた。でも、ごめんね?ほんとのことは言いたくないんだ」
「なんで?後ろめたいから?」
彼女は今にも零れ落ちそうな涙を震わせながら言った。
「ううん。君を傷つけたくないんだ」
「そんなの詭弁だよ!言ってよ、傷ついてもいいから……ほんとのこと、教えてよ……」
堪えきれなくなった涙が遂に彼女の頬を伝った。
「……ごめん。言えない」
「……じゃあ、別れるしかないよ。でも嫌だよ、そんなの」
「そうなるよね……ごめんね?最後まで僕のわがままで……」
「私が悪かったのかな……」
「違うよ。君は悪くない、悪くないよ……」
ボロボロと零れる涙を手のひらで拭う君を見ながら心の中で何度も謝った。
ごめんね、ごめんね。どう慰めればいいかわからないんだ、大切な君を傷つけてしまいそうだから。
『好きな人が出来たんだ』
そう言ってしまえばお互いきっと楽になれると思う。でも、言えないんだ。
だけど昨日の夜、彼の部屋で僕が知ってしまったのは
新しい世界だったから。
〈完〉