プロレスの練習生だった話⑧

同期の1人が辞めた次の週からは雑用は18歳の同期と2人だった。
1週間が経ち、朝の料理は交代制になった。
つまり、1日は少しゆっくり休める。
もう1日はしっかり早起きしてやる。
そんな日々だった。

ある時、寮の先輩に叱られた。
お前、シャワー長すぎ。15分で上がれるだろ。

1日の汗を流すのに15分は短かったが従った。

身体はずっと痛かったがなんとなく買い出しや料理をこなした。
そして土曜日、試合があるのだ。
今日も売店か~
そんなことを考えていたが、人手が足りないのとなんとなく1週間もった事で初めてセカンドにつかせてもらえるようになった。

セコンドデビュー!
なんとなく青コーナーのセコンドによくついていた。
ヒールやチャレンジャーがつく側だ。
(赤コーナーにつくとベルトを預かりフロントに戻したり忙しい)

セコンドの仕事は紙テープの回収と先輩からガウンを預かり裏に戻す、手拍子とお客さんが選手に触れないようにガードをする。
まず、先輩が紙テープの片づけを見せてもらう。
簡単そうに見えるが四方から飛ぶテープを素早く纏めて回収するのはなかなか難しい。
そもそもサードロープに体をスライディングして飛び乗るのは結構テクニックがいった。
下手にやるとロープに頭がぶつかる。
ロープは硬くて痛い。
そして初めてテープを回収した。
自分ではできた方だった。
そして入場の手拍子
これも毎回やると手が痛い。

さらに、場外乱闘まであった。
下がってください!
ととにかく大きな声でお客さんの前に入り込む。

常連のお客さんが多いのでみんな各々選手を避けていく。

おおよそ2時間の興行が終わり、反省会。

テープの片付けもっと早く
場外乱闘はもっとまえにでること

特にこの辺を注意された。
なるほど、テレビで見るのとやるのではやっぱ違うなって思った。

先週、不甲斐ない事でセコンドにつかせてもらえなかったのでセコンドにつけた気持ちは感動したし、憧れの世界に飛び込んでよかったと体が震えた。


最近noteに書き出してつくづく考えた。
好きに生きる事と好きを生きるのはニュアンスは似ているが異なるものだと思う。
好きに生きるのは自分の目線でその時その時の感情や気持ちを優先した生き方で、好きを生きるのはもっとシンプルに好きなことに対して向かい合あい、行動することだと思う。
どっちが正しいのかという事ではないが
好きに生きてきたと言われると悔しい。

周りは大学生をやったり就職したりで飲み会やら合コンやらそんな事をしていた。
そんな事はちっとも羨ましくなかった。
服が好きだったから昔みたいに自由に服を見に行けなかったのは辛かったけど

それでも練習がない日曜日は同期と交代で街に出歩いて喫茶店でハンバーグを食べたり、古着屋で服を見たり公園でぼーと音楽を聴きながら過ごしていた。


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