プロレスの練習生だった話 あとがき

全31篇お読みいただきありがとうございます。

19歳から始まったプロレスの練習生として生き、辞めた後、現在までの10年間で感じたことをできる限り正直に綴らせていただきました。

自分自身、持病の悪化に伴い、体調が良くなく、時間を持て余していたこと、常に自分の中で暗い影を落としていた挫折の経験の浄化を目的に書き上げてきました。

プロレスを挫折したことは自分の未熟さと弱さであり
自分の経験した体験というのはあくまでも一個人の経験になります。
なので、プロレスラーとしてデビューされた方とは感じ方も異なるだろうし、他の練習生だった人も異なる感じ方はあると思います。
ただ、
プロレスというものは本当に素晴らしいものだと思うし
プロレスラーを目指し、直向きに慣れた、特に千葉での時間は自分が自分の人生を確かに生きられた世界であり時間だったと思います。
千葉の団体を選び、東京の団体に移り、大阪でも活動することができた経験というのは苦しい中でも確かに輝きもがくことができました。

プロレスとの出会いは幼稚園まで遡り、今日に至るまで自分の確かなアイデンティティの一つになったのは幸せだったと思います。

自分は怪我をした右腕にタトゥーを入れています。
一つは砂時計にバタフライをあしらったものです。
ファーストタトゥーとしてそれを選んだのは
自分の中の10年間の歴史を刻むことと、
変化の象徴でもある蝶を入れることでプロレスと共に過ごした時間をいつか糧に蝶のように羽ばたきたいと願っていれました。

もう一つは燕を入れています。
渡り鳥として帰る場所を探す姿が自分と重なり、また、
英名のswallow、もう一つの意味として鵜呑みにする、信じる、という意味をこれまでの経験を信じていきたいという意味を込めています。

プロレスというのは何かを直接生産することはないですが、自分自身は確かに心に響く出来事をたくさんプロレスからいただきました。
そして、自分自身の経験をしっかりと残したいと思い、発信してみようと思うようになりました。
拙い文章をキャッチし、メッセージをくれた方やイイネを押してくれた方、フォローをしてくれた方に改めてお礼を申し上げます。
そしてこの記事を見て少しでもプロレスに興味を持ってくれるきっかけになれば幸いです。
自分もこれからも大好きなプロレスを愛していきます。
再度になりますが、『プロレスの練習生だった話』をご覧いただきありがとうございました。

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