プロレスの練習生だった話22

12月のある日
母方の祖父が倒れたと連絡が来た。

その日はリング練習に参加する日だったけど
急いで地元行きの電車に飛び乗った。

脳出血だった。
わかっていたことだったが
地元を離れていると身近な人の死に目に遭うことができない。
それでも到着した時はまだかろうじて心臓は動いているようだった。

しかし意識は戻ることはなかった。

あまりにも突然のことだったので
理解することができないまま葬儀を終えた。
数日実家に戻りまた東京に戻った。

この頃から体調に異変があらわれるようになった。
電車を乗っていると冷や汗が出たり、動悸が出たりした。
新宿へ向かう電車の中で呼吸がうまく出来ず
次の駅で降りて練習を休むことにした。

自律神経を悪くしたようだった。

団体の移籍や身内の死、プロレス界という特殊な環境、
気にしていないと言えば嘘になる先のことへの不安なんかを全部無かったことにしようとしていたが
心のバランスを取ることが厳しくなっていった。

そして二度目の興行でまたもや乗り気ではない観客の前で練習を見せるパフォーマンス

そして結果は後輩に抜かれた。
必死にやる姿勢が好印象。

回数は自分のができていたのに

そんな嫉妬心もあったり
通っていたジムのトレーナーからは体をでかくしろ。そんな華奢な体でプロレスしてる人はいない。いるなら見せて欲しい。
とまで言われた。

悪気はないのだと思う。
だけど自分は既存の枠に嵌りたくなかった。
何もない土地に生まれ、希望もなく過ごしていた少年時代にテレビで見た細身の体にハードコアファイトをしていた自分の中のヒーローのようになりたいと思っていた。
それが叶えられず受け入れられないのなら自分はここにいる意味はあるのだろうか。
違和感を隠し自分の夢に嘘をついて突き進むことは正しいことなのか。
疑問が疑念になっていった。

また、プロレス教室で教えている時にもある出来事があった。
ある男性の生徒にヘッドロックを教えていた時、
彼の手が自分の股間に触れた。
気のせいかと思ったがその後も彼から何度もボディタッチを受けた。
彼はゲイだった。
性嗜好を否定するつもりはないがプロレス教室である。
そして触られたことによる嫌悪感。
彼に別に憎しみはないが太った男性はどうにも苦手になった。
また、代表からもこんなことを言われた。
君はプロレスが好きなんじゃなくて憧れてた選手が好きなんじゃないの?そんな感じがする。

もちろんその選手がいたからプロレスを好きになったのでその通りなのだが。
この頃体重の増えない自分と早く練習生を増やしたい代表との間で溝があり結局最後まで埋まる事はなかった。



そんな中で成人式を迎えることになった。
当初は行かないと思っていたが親の勧めもあり参加することになった。

袴は用意できなかったので兄のスーツを借りた。
久しぶりにあう同級生は大学生や社会人をしていた。
夢をただ追いかけている人間は1人だけだった。

プロレスをしていることは仲の良かった友人にだけ話していたが噂は広まっていたようだった。
目立つタイプの人間ではなかったので気まずい感じがした。

そして何より、大学生として、社会人として人生を歩んでいる彼らと自分とを比べるとひどく惨めになった。

成人式の二次会も終わり、翌日母に告げた。
このままプロレスをしてることが正解なのかわからない。
そんな内容を話した。
母は専門学校でも通えばと言った。

自分の中で団体を離れる決断はあってもプロレスを離れる決断はできなかった。

そして、昔プロレス入りを勧めてくれた女子選手が在籍していた団体のオーディションに男女募集ということを知った。
寮は男子はないようだったがそこにかけてみようと思った。

成人式が終わり東京に戻った。
そして代表に辞めることを告げた。
もったい。と言われた。
自分はもう決めました。今までありがとうございました。と伝えた。


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