テクシーさん。#9
-夜明けのベーグル-
自宅で目を覚ますと、外から下校時間に友達と戯れ合う小学生の声が聞こえる。
「もう15時過ぎか...」
明け方、警察の追跡をなんとか振り切りホテルで朝まで時間を過ごしたrumiと私は、眠たい目をこすりながら堂山町の交差点で別れた。
「ありがとうテクシーさん。延長料金を払わないとね。」
いたずらっぽく笑うrumiが、タクシーを拾うために手袋をはめた手を上げていた。
「今、キャンペーン中なんだ。だからお代はいいよ。」
私は警察に見られていないか不安になりながら、rumiの前に立ちはだかった。
「ちょ、ちょっと。前に立ったらタクシーが拾えないじゃない。」
「まだ警察がいるかも知れないのに、あまり大通りで立つなよ!」
rumiはいやに落ち着いた口調で「はいはい、わかったわよ。じゃあ朝ごはん奢るわ。コーヒーとベーグル。」
早朝の会社へと向かう人々がまばらに増え始めた時間帯に、女子高生と2人でベーグルを食べている様子は目立つかと思った。
でもここ梅田では、客とホステス、朝帰りのカップル、カラオケで朝まで遊んでいた高校生カップル。色んな人が私たちと同じように、コーヒーとベーグルを求めて並んでいた。
ハムを挟んだベーグルと熱すぎて味のわからないホットコーヒーを受け取ると、私はその場でかぶりついた。
歯ごたえのあるベーグルを噛み切ると、昨晩から今まで起きたことが一つずつ消化しされていく気がした。
「こんなところで食べるなんてみっともないわよ。」
rumiは私の肩をドンと叩くと、さっとタクシーに乗り込んだ。
「またお願いねテクシーさん。また一緒に帰りましょう。」
走り出そうとするタクシーの窓からrumiが顔を出した。
「お、おい。名前は?」
つい、お客の名前を尋ねてしまった。
自分が決めたルールを破ってまで、彼女に興味が湧いた。
「.....そうね。テクシーさんのままじゃ教えられないわよ。」
また微笑みながらrumiが答えた。
「俺の名前は,,,」
私の答えを遮るようにタクシーの窓を閉めたrumiは、手袋をした手でバイバイと私に手を振っていた。
走り出したタクシーが見えなくなるまで、私はその場で立ち尽くしていた。
「あー、朝のベーグルで腹がいっぱいのままだ。アメリカ人はよく昼の休憩にこんなもの食って午後から働けるもんだな」
自宅のベットの上で仰向けになり、私は自分の両手を天井にかざした。
「....両手の指が5本なら、眉毛を描くのも大変じゃないのかな」
rumiのメイクした大人びた顔が、なぜか天井に浮かんでは消えた。
つづく
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