テクシーさん #2
-yumi-
阪急梅田駅の高架を通り、カッパ横丁を抜け、梅田芸術劇場を横目に見る。
yumiは私の斜め前を歩き、私は歩幅を合わせてスピードを調整する。
この仕事をする上でポジショニングは非常に肝。
初めてのお客様なら住所がわからないので当然、先導して前を歩けはしない。
かといって離れて付いて歩くだけでは気味悪がられ、リピーターにはなってもらいにくい。
目線に入るか入らないか、言葉をかけるかどうか迷うくらいの距離が適当である。
yumiは恐らく25歳前後の健康的美人。
ショートカットに幼さが残る顔は榮倉奈々を思い出させた。
「....ありがとうございます。 こんな遅くに対応してくださるなんて、とても助かりました。」
何も話さないと気まずかったのか、yumiは少し話しかけてきた。
「それは良かった。いつでも気軽にご依頼くださいませ。」
口角を少し上げる程度に微笑む私は必要以上に言葉を続けなかった。
余計な会話を私はあえてお客様と交わさないようにしている。
過ぎる言葉と行動は私のサービスには必要がないし、お客様も望んではいないだろうと思っている。
飲み屋街を抜け、少し人気が少なくなってきた。
明かりも少なく、夜道ではここは不安だろうな。
先を歩くyumiがふと振り返る。
「遅くなるときはいつも迎えに来てもらってたんですが、いざ一人で帰らないと行けなくなると不安で不安で。
本当に助かりました。
ここの角を曲がった先が自宅です。」
かしこまりました。と業務的に返事をして私は時間を確認した。
駅から15分もかからない距離だったな。
yumiが足を止めワンルームマンションと思われる建物を見上げた。
「ありがとうございます。家はここです。」
建物を見る限り、一人暮らしだということは想像できた。
もしくは恋人と二人暮らしするにはちょうどいい物件だろう。
いつもは迎えに来てくれていた...ということは...最近恋人と別れたのかな?
いろいろと想像をしてしまう、いつもの悪い癖が出ているな。
あまり顧客のプライベートに踏み込むべきではない。
「ではこちらまででよろしいでしょうか?
お代はご案内通りキャンペーン中のため初回は無料です。
ご縁ありましたら、またご依頼くださいませ。」
軽く会釈をし、次の顧客が待つ駅までの時間を確認した。
yumiは深くお辞儀をし、こちらに話しかけてきた。
「はい、またお願いします。 ...えーと..お名前伺えますか?」
顧客の本名を聞かないことも私の方針であり、登録時に顧客が決めたアカウント名にてやり取りをしている。
従って、私の名前もよっぽど望まれない限りは教えないようにしている。
アカウント名で呼び合うことで、気軽に依頼してもらえる関係を作りたいのだ。
「テクシー。
みんなは僕のこと"テクシーさん"て呼ぶんです。
てくてく歩くタクシーみたいだからって」
キョトンとした顔をしたyumiが不意に笑顔になった。
「フフ。 わかりました、テクシーさん。
明日もよろしくお願いしますね。」
初めてyumiは声を出して笑った。
笑顔に少し胸が鳴る。
駅までの道を小走りで急ぐ。
思いがけずにリピーターになってくれた嬉しさと笑顔にすっかり舞い上がった。
時計は23:25分
次のお客様、kaori様が駅に着くまで後5分。
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