gapとアン。 vol.08
私はgap。
今年で30歳になる普通の男だ。
結婚して娘もひとり、仕事もなんとかやっていけてる。
人はホテルの廊下を歩く時は何を考えるいるだろう。
どんな部屋かな? 部屋からエレベーターまでの距離はどれくらいだろう?
私は自分の部屋に着くまでに通り過ぎる部屋のドアを気味悪く思いながら歩いてしまう。
見ず知らずの人間がドアの向こうで何をしているのか。
気持ち悪いったらこの上ない。
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誰かに言われなければ、ここが地下7階とは気づかないだろう。
いわゆる普通のホテルのエレベーターホールだった。
エレベーターのドアが開いた瞬間に感じた生暖かい空気はすでになく、
フロアには完璧な温度管理をされた空調がきいていた。
照明もほどよい明かりを放ち、周りには手入れされた観葉植物が置かれている。
私はiPhoneを取り出した。
「LTEが表示され、電波もMAXか。」
人が普段から利用する前提の環境なんだろうなという感覚とiPhoneが地上と同じように使用できるとことがなぜか気持ちを落ち着かせた。
「先輩、こちらです。」
てる子は慣れた様子で私の前を歩きだした。
二人とも真紅の絨毯が敷いた廊下を歩く。
「地下なんて珍しいね。」
「……….」
てる子は少しはにかんだだけで返事はなかった。
まぁ緊張しているんだろう。
緊張しているなんて、てる子も可愛いところあるじゃないか。
こういうのをウブと言うのだろうか。
ウブな女性を可愛いと言ってしまうあたり、私もこの状況を楽しんでいると確認できた。
しばらく歩くうちに私は違和感を感じた。
それは、部屋のドアの大きさだ。
普通のホテルはたいてい同じ大きさのドアがあるものだ。
しかしこのフロアの部屋のドアはバラバラだ。
私の背丈ほどのドア、少し体を曲げなければ入れそうにないドア、
天井まで高く通常のドア4枚分はあろうかというドアもある。
そしてドアの色がバラバラなのである。
淡い黄色、グレーなどなど。
なんかリーガロイヤルのイメージが違うな。
「先輩こちらです。」
てる子が立ち止まった。
ひときわ大きく、幅も広い。
阪急電車の赤「マルーン色」をしたドアがあった。
てる子がカードキーをかざし、扉を開ける………。
すると。
『パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパ』
薄暗い部屋の中から突然、耳を塞ぎたくなるような凄まじい音。
何かものすごい数のものを一斉に叩いている音。
ハチの巣に迷い込んだ感じだ。
「な、なんだこの部屋!?」
「先輩。......先輩にこのホテルの秘密を教えます。」
「秘密!?」
そう言った瞬間に部屋が明るくなった。
私の目に飛び込んできたのは小学校の体育館ほどはあろう空間に
1000台はあるだろうと思われるパソコンと必死にキーボードを打つ人々。
異様な光景は、私の思考を停止させた。
「なんなんだ、これ。」
「ようこそ、先輩」
大きな音ともに入り口のドアが閉まった。
『バタン!』
その勢いでルームナンバーのプレートが少し傾いたようだ。
『755』
それがこの部屋の番号だった。
つづく