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広告代理店の愛と闇を覗く。『電通と博報堂は何をしているのか』

ブックオフを何気なく歩いていたら、一冊の本が視界に飛び込んできました。

電通と博報堂は何をしているのか 中川淳一郎

「はい!よろこんで!」

まるで、某人気アーティストの歌詞のようにリフレインするこのフレーズ。
いえいえ、そんな安易な返事、実際の広告代理店ではあり得ないでしょ……と思った矢先、思い出しました。

私が在籍していた代理店社会でも、表向きは「はい!よろこんで!」と答えつつ、胸中では「ちょっと待て、何でもできるわけないだろうが…」とツッコミまくっていたことを。

『はい喜んで』
『あなた方のため』
『はい謹んで』
『あなた方のために』
差し伸びてきた手さながら正義仕立て
嫌嫌で生き延びてわからずやに盾
『はい喜んであなた方のために』
『出来ることなら出来るとこまで』
後一歩を踏み出して嫌なこと思い出して
奈落音頭奏でろ「・・・」
もう一歩を踏み出して 嫌なこと思い出して
鳴らせ君の3~6マス「・・・ーーー・・・」

日本レコード大賞最優秀新人賞・こっちのけんと

筆者の中川さんは博報堂の大先輩。本書では電通と博報堂が主な登場人物ですが、その構造や矛盾は、広告代理店という業界全体の「愛と闇」を浮き彫りにしてくれます。

代理店とは「YES」を言うために生きる?

書中で印象的だったのが、「電通はとにかく客に対してYES、博報堂は冷たい、ADKは価格破壊で風穴をあける」という各社のキャラ分け。

これ、まんざら冗談でもなくて、私も電通の徹底的な忠義文化や博報堂のクールだけどクリエイティブに強い一面を肌で感じたことがあります。(ADKはコンペに勝つこともありますが、自虐的戦略に陥り、勝った後に苦しみ、続かないケースが多いことも付け加えておきます)

もっと言うと、クライアントが求めているのは「安心感」だったりするので、「とりあえずYESと言っておけばクライアントが安心する」というのが代理店の暗黙の了解。しかも、その安心の対価が高いコストというからまた面白い。クライアント的には「電博に任せとけば大丈夫」と思えるブランドは確かに存在します。

大人数こそ正義!? そして会議は無限に続く

広告代理店といえば、やたら大人数で押し寄せるイメージを持たれている方も多いのではないでしょうか?

本書でも「スタッフ全員が雁首そろえて3時間・4時間の会議を続ける」とありますが、これは決して全然大げさじゃないです。それどころか、私の経験では「会議が長引くほど安心感が増す」というわけのわからない文化すらありました。

なにしろ、答えのない仕事だから「全員で考え尽くした感」が必要なんです。成果物が何であれ「アイデアはみんなで振り絞りました!」というストーリーが組織の評価指標になる。日本企業の典型とも言えますが、ある意味、みんな仲良く地獄に落ちる風習ともいえます。

実は下請けこそが頼もしい

また、妙に納得したのが「下請けのほうがスキルやコネが豊富」という面はあったというのも納得。下請けへの発注のプロという表現は自虐的ですが本質的。

確かに、代理店が美しくまとめた企画書の裏では、実際に手を動かすのは制作会社や映像プロダクション、イベント会社なんてことも多いのです。

「じゃあ代理店って何をしているの?」と思うかもしれませんが、そこが代理店の存在意義でもあって、「リスクも評価も丸ごと引き受ける」のが仕事なんですよね。正直、スキルとコネを持つ協力会社の力に支えられて成り立っている、というのは私も何度も痛感してきました。

でもそこに「ありがとう」と感謝できる人かどうかが、代理店の人間力の 分水嶺でもあった気がします。。。

「博報堂を辞めた30代男性」の話

個人的に一番共感したエピソードが「博報堂を辞めた30代男性」の話。「お金はもらえるけど人生の変化は小さい」。これって広告代理店に限らず、大企業あるあるかもしれません。

充実しているようで、実はぬるま湯。私自身、広告業界に入る前はクリエイティブで尖りまくる仕事を期待したのですが、気づけば膨大な数の会議と膨大な業務メールとなんとなくの飲み会で時間が溶けていく……という経験がありました。

それが悪いわけではありませんし、むしろ、ひとつの社会構造としては優しい空間とも言えるかもしれません。ただし、「ここにいても自分は変わらない」と感じたら、思い切って飛び出す選択肢も持ってもよいのかもしれません。

敬意をこめて、この業界はやはり面白い

さて、「広告代理店なんて闇だらけ」と思わせる本書ですが、元代理店社員の立場としては尊敬の気持ちが大きいです。

なぜなら、電通や博報堂は不合理な組織体制や過重労働という負の側面を抱えながらも、広告・クリエイティブを通して日本の文化を牽引してきた歴史があるからです。

クライアントの無茶ぶりに「はい!よろこんで!」と答え続ける姿勢があったからこそ、日本の広告はここまで膨大な資金と人材を集める産業に成長したとも言えます。

本書を読んで感じるのは、どっぷり浸かっていたら見えない代理店の宿命を、少し俯瞰して知ることで、この仕事の本質や矛盾に気づけるという点です。

私のハラスメント研究的に言えば、「あんな働き方をしてたらそりゃ心身壊れるよ」と思う部分も正直ありますが、それでも人間のクリエイティビティはそこで生まれたりするから面白いわけです。

結局、代理店は変わるのか?

本書は8年前に出版されたものですが、驚くほど今でも通用するあるあるが満載です。おそらく8年後も「そうそう!」と言ってる予感しかしません。

つまり、広告代理店の体質はそう簡単には変わらないというのが仮説です。しかし、変わらないからこそ、日本の広告・プロモーションはある意味、安定して回り続けているとも言えます。いつか大きなイノベーションが起きて、「広告代理店なんて形骸化したよね」と言われる時代が来るかもしれません。

でも、たとえAIやデジタルがどれだけ進歩しようとも、クライアントとの絆や人情、そして「はい!喜んで!」を言い続ける現場力は、しぶとく残っていくんじゃないかな、と個人的には思います。

読んでおいて損はない

もし「広告業界に興味がある」「電通ってどんな会社?」「博報堂って冷たいって本当?」なんて思っている方いれば、本書はおすすめです。

そして、闇だけど、実は魅力的な側面もあるという複雑さこそが、広告代理店の真骨頂だと私は考えます。良くも悪くも「日本社会の縮図」のような世界に飛び込むなら、ぜひ心の準備を。

採用倍率(2016年)も紹介されていました。
・電通:140倍
・博報堂:100倍
・ADK:250倍

当時といまは環境変わっていると思いますが、まだまだ比較的人気業種であることに変わりないと思います。

誰よりも大人数で会議をして、誰よりもYESと答えて、誰よりも下請けに助けられながら、巨大なお金と人間ドラマが動いていく。そこに自分なりの楽しさを見いだせるなら、広告代理店ライフも悪くはありませんよ。

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大田勇希|ハラスメントを哲学する
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