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190_昔話19

昔話19 池田さんの話
普段自分語りする機会ってあまりないと思う。語ったとしても話がバラバラになっちゃったり、聞いてもらえなかったりしますよね。なので興味がある人だけ読んでくれればいいし、長いから飽きちゃうかもしれないけど興味を持ってくれる方のために一生懸命伝えていきます。


私が住んでいるアパートには大家さんより長く暮らしているおじいさんがいる。池田さんだ。池田さんは、多分80歳くらいの男性で、よく話しかけてくれる。

私が住んでいるアパートは築55年ほどだ。とてもじゃないが綺麗と呼べるものではなかったらしい。部屋は1階には3部屋、2階には4部屋ある。もともと各部屋は、四畳半でキッチンしかない。トイレは共同で玄関の下駄箱も共同だ。もちろんお風呂はない。
しかし、私が入居する前にリノベーションをした。広さはそのままの四畳半なのだが、部屋にトイレが付きなんとシャワールームまで完備された。築55年と言うことでなかなか入居者が現れないままだった。若い人向けにお洒落な内装にリノベーションし賃料を安く貸し出せば借り手が付くのではないかと言う大家さんの作戦だったと言う。私はまんまと乗ってしまった。

青色を基調とした外観で、お洒落で綺麗な内装は築55年と思わせない。1階と2階の5部屋がリノベーションされた。残りの2部屋はリノベーションされていない。私が入居した右隣の部屋と、2つ左の部屋だ。何故されていないのか管理会社に聞いたら、大家さんより大家さんのような人が暮らしていると言う。

2つ左の部屋には佐藤さんと言う人が住んでいる。佐藤さんは温厚で少し人見知りなのか挨拶をしても無視されることがあった。池田さんと佐藤さんは昔から住んでいて仲もいいらしい。体の悪い池田さんを佐藤さんはいつも気にかけていた。池田さんの方が長く住んでいるらしく大家さんのような風格がある。
池田さんは私に積極的に話しかけてくれた。


私が入居した日には、このアパートのあれこれを教えてくれた。
まずひとつめは、共同玄関をあけておくこと。このアパートは共同玄関がある。その共同玄関の扉は開けたままにしておかなければならない。私は最初驚いた。夏でも冬でも開けっぱなしにしておく。理由は、閉まったままだと新聞の配達員が困るかららしい。そんなの注意書きを玄関扉にしておけばいいのにって思ったけど言うのをやめた。
バイク置き場のバイクの停め方も教えてくれた。開かずの扉も教えてくれた。

他にも、池田さんの過去の話も。
若い頃は日雇いで全国を飛び回っていたと言う。私は長野県出身ということで、長野オリンピックで使用するスケートリンクを造ったという話を会うたびにされた。

「俺ぁ、建てたんだよ、あのバカでけぇスケートリンクを。長野県の旅館で食ったナッパがうまかったな。あれは野沢菜って言うんか。ああぁ〜うまかった。今でも忘れねぇ」

池田さんは会うたびに同じ話を繰り返ししてくる。まあおじいさんなんてそんなもんかと思っていた。


ある朝、廊下での会話で目が覚めた。私のアパートは扉や壁が薄くてよく声や音が聞こえてしまう。よく聞くと、佐藤さんと池田さんとあとは女性の声が聞こえる。

「施設にいっちまうか」と佐藤さん。池田さんは声が小さく何も聞き取れなかった。多分女性は施設の人なのだろう。そのやりとりは3日に一回くらいの頻度で行われていた。
ある日、池田さんに会ったときいつもより元気がないように感じた。口数も少なく腰も折れていた。
その後すぐに、池田さんはアパートをでていった。大学から帰り部屋に行こうとしたら、池田さんがいた部屋の扉が開いている。中には何もなかった。年季が入った畳が寂しく残っていた。

それから佐藤さんが前より話しかけてくれるようになった。しかし、池田さんがいなくなった悲しみは残っていると思う。よく話していて、薄い扉から声が漏れていたから。

ただのお隣さんだったけど、入居時にいろいろ教えてくれて、話しかけてくれて少し和らいだ感覚があったので嬉しかったです。

佐藤さんの背中から寂しさを感じる。男は背中で語るのだな。


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写真撮っているので見てください
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