秘密の友達 〜女子大生〜
2011年秋
とある大学の講義室。
教授が入ってくると耳栓を外した。通路側の席に座り、反対側にバッグを置く。
背後を確認し、目線がないことを確認するとツイッターを開く。流れてくるタイムラインに目を走らせる。
「マクロ経済学なう。」
駅伝部の仲間と肩を組み合うアイコンがそう言っている。白いTシャツを肩の方まで捲り上げピースサインをつくっている。
真っ黒に日焼けした腕には筋肉がのっていて、もう片方の腕をノースリーブの友人の肩に手をまわしている笑っている。
「私も。」
かわいいトイプードルをピンク色のネイルの指が抱いている顔のないアイコンも合わせるように呟く。
私を知る人など誰も見ていないツイッター上で、相手のコメントにファボを押さずに独り言を呟く。
「全くわからないし寝る」と駅伝マン
「なるほどね」と私。
どうってことない返事をした後、耳栓を外すと、静かに目を閉じて常備した飲み物を口に含む。
喉の渇きを癒してくれたペットボトルの水を机の右奥側の所定位置に戻す。
集中を阻害する要因を徹底排除した「私」を作り上げ、今から教授が話すこと全てをノートに走らせてワンテンポ遅れて線を引きながら目で追って頭に落とし込む。
もちろん今日はこういう話だったなぁ…へーそうなんだ…と納得しながら。
全授業内容を全て吸収した「私」の吸音機を閉じて、立ち上がろうとした瞬間、教授は言い忘れたテスト範囲について言及しはじめたのだ。
「あーごめんなさい テスト範囲は…で、…が試験日なんでー、みなさん頑張ってください!」
今なんて?
私は両隣に誰も座らせない。
そう決めている。
授業中は机につっぷしていたのに、テスト情報だけを上手にすくい取ると、わさわさと講義室から退散する生徒たちの流れに逆らうように、後方になるほど高くなっている大講義室の階段を下り、教授のもとに走り寄り聞き返した。
「すみません。今聴き逃してしまいました。
試験日と範囲もう一度言っていただいてもいいですか?」
授業自体もまともに聞いていなかった人たちも重大情報を聞き逃したようで私のの質問の答えをメモる人が数人前方にきていた。
でも、数人だけだった。
大多数の人は授業の内容など何一つ理解していられないし、授業の受け方すら心得てないのになぜかテスト範囲だけは聞き逃さない。
講義が終わるとみんな当たり前のように席を立ち友達と連れ立って会話をしながら次の目的地へと向かい、当たり前のようにちゃんと目的地にたどり着くらしい。
そのいくつもの集団の中にM氏も紛れているんだろうな…そんなことがふと頭をよぎった。
「テスト範囲は25から48までで…」
そういえば今は範囲をきいていたんだ。
言われた通りにメモを取り
「25から48まででそのうち中間テストで含まれた章のみ除くんですね」
再度同じことを繰り返して確認をとる
メモとシャーペンを確かに鞄にいれ、
階段を少し上がると、後ろを振り返り忘れ物落し物がないか確認をする。
そして教室を後にした。
いちいち面倒だ。
全てが面倒なんだ。
でも、面倒なことを面倒がっては決していけないんだ。
M氏は私の事をツイッターにネイルの写真を載せたり好きなファッションの情報をリツイートするどこにでといるお洒落で可愛い女子大生の一人だと思っていたに違いない。
M氏と私の些細な、なんてことないやりとりを各自のフォロワーは気づくわけもない。
私たちはなんのつながりもないのだから。
側から見たって誰と話してるかもわからないように秘密のやりとりは繰り返さらていた。
「今日テストだったね」
可愛いトイプードルのアイコンの私が呟く。
「当たり前だけど落とした。」と駅伝マン。
「なるほどね。」私は当然落とすわけもないが、余計な感想を含めずに返す。
誰にでも言える何でもない返事を。
こうやって一生差し障りない会話ん繰り返していたい。
誰も傷つけたくないし誰からも傷つけられたくなかった。
そして、万が一もしそうなってもいいように、私は自分の顔さえも知らないような相手を「友達」と呼び始め近況をツイートすることで微かにでも人とつながることにしていた。
旅行に行ったこと、テストのこと。何十人という学生の「友達」をポケットに入れて色んな所に行って写真やコメントを載せては色んな大学生活の思い出を共有していった。
色んな大学生活の出来事をバレないようにリアルタイムでツイートしながら「大学時代の私」を知っている「大学時代の友達」を作っていったのだった。
私のツイートに沿わせたはずのM氏のツイートには部活仲間と思しき友人からリプライが幾つもついていた。