気まぐれショートショート ごはん杖
「おとーさん、ごはん杖がないよぉ」
その聞き慣れない単語に、一瞬声が遅れてしまった。
ああ、きっとお箸のことかな。
僕は「はい」と息子に箸を渡そうとする。
「違う! ごはん杖」
やっぱりわからない。
ごねる息子の大声を聞いて妻が台所からかけてきた。
「何やってんの、あんたたち」
「いやだって『ごはん杖』なんていうから、てっきり」
「ああ。そういや昨日けん君家遊びに行くとき、持っていかなかったっけ?」
「そうだ。きのうけん君が新しい『ごはん杖』買ったっていうから見せ合いっこしたんだ」
「その時に置いてきちゃったのかもね。
後で、けん君家電話して聞いてみるからね」
「うん!」
妻は平然と対処してまた台所へと戻っていった。
「あの~」
「……なに」
息子への態度とは打って変わり、妻は露骨に嫌な顔をする。
「その、『ごはん杖』というのは」
「はぁ~。実の子供のこと、何も知らないのね」
僕は朝から『ごはん杖』に自分の子育てへの貢献度の低さを思い知らされたのである。
(413文字)
人間、自分以外の人の興味関心なんてものは元来どうでもいいものであり、それでも大切な人や友人の好きなことを覚えていようとするのは、生きていく上で培ったコミュニケーション能力の一つなのかもしれないと最近思っています。
いずれにせよ、自分の心に余裕がなければその関心の芽は育たないということもまた事実。めんどくさいですね、人間って。
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