【小説】強く当たる風に向かって走った

強風がつづく。彼のふるい家は家鳴りがまいにちつづいている。心霊現象にして今なら撮影チャンスかもね、など、自虐を言って母を悲しませた。彼の家は貧乏なのだった。

彼は朝の四時には起きて支度をして、夜勤を終えてすぐ眠った母にすると夜ご飯のような朝ごはんをこしらえる。それから、走りに行く。部活動でもなく選手になる夢があるでもなく、たんに走りたいから、外に走りに向かう。

七時になって、家に帰り、シャワーを浴びてから登校の準備をして、学校にゆく。高校生になった今、進路はわかれようとしていた。

もう三月が目の前だ。
高校三年生に彼はなる。

大学に行く資金はないから学生ローンになるだろう。そんな負担を今の社会で負うことに抵抗がある。母のすがたが自分の未来に思えてならない。風が強く当たる、その風に世間の目を見て、世界のきびしさを肌で受ける、将来をおもうとランニングで受けた強風がどうしても記憶のなかで結びついた。

強風がつづく。これから、風は止んでも、こちらの彼の強風は止むことは決して無い。強風はずっとつづく。

大学生になってみても、今の世の中、今の日本の大学でなんの足しになるだろう?
就職するといっても。学歴は欲しくなるだろう。でも、大学生になっても、その四年間で何を……金だけを喰われる、貧乏な彼の四年間は、おそらく無為を覚える、虚しいものになるだろう。予感がしていた。

風当たりが強い。

みんな、これほど強いのか。
2月29日のうるう年、うるうの日、空白のような一日を走り抜けて。
シャワーを浴びて、制服を来て。

ふと、しかし今日の風はきもちよかった、走るって楽しい。
そんなきもちが胸ににじんだ。

「……いってきます」

ふすまの向こうで寝ている母に、告げる。

(そうだ。風当たりが強くってもきもちよければ。そう悪くないよな)

彼の進路に、風当たりの強さは、関係がない。彼の意思によって選ばれるものだ。
当たり前のことを思い出した、29日の朝だった。


END.

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?