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修正。

この話をする前に自己紹介。

俺は中卒の元パチカスでスロカスです。

10代で借金350万作りました。アイフルとかの消費者金融で。

そんな奴が、たまたま読んだパチンコマンガをきっかけに確率論やら統計論というものを体感で学び、そのマンガに書いていることだけを(だけしかしかやれなかった)結果、ただのギャンブル中毒野郎だった俺が初月で40万稼ぎました。

俺みたいな人間でも、今自分がやりたいことで飯が食えるんだってことを実体験で知り、そこからパチプロスロプロの約7年で6000万弱稼ぎ、借金完済+αでちやほやされそうな車を買ったり家に住んだりとか楽しんできました。

そういう世界線で生きてきた人間なので、自分のことを一般的常識社会からはかなりかけ離れた社会不適合者であるということは強く自覚してます。

社会不適合者の俺が、パチプロとして生きるなかで特に目に入ってきたのは、間違いなく俺よりも社会に貢献しながら、生産性を重視する社会で真面目に生きるサラリーマンや職人のような方々でした。

俺はそういう大人たちを尻目に、ホールの壁にウンコ座りで寄りかかりながらスポーツ新聞や週刊少年ジャンプみたいなマンガを広げて開店前のパチ屋に並んでます。当時はプロと借金パチンカスのあいだ?くらいの記憶があります。

はっきり記憶に残っていることを、ありのまま書くと。

普通に働いている人たちは、急いでいるからなのか、何かに不満があるのか分かりませんが、そこに喜びの表情を見た記憶が俺にはありませんでした。

そこから俺は「働くとは?お金とは?」のようなことを一線引いて考えるようになりました。10歳の時にやった3ヶ月の新聞配達含め、就職やアルバイト歴はどれだけ記憶を呼び起こしても2年足らずです。

それこそ常識人からみれば、ゼロどころかマイナス評価を受けるような人生ですし、今もひたすら非常識のなかで生きてます。

そういう奴が、流れ流れてきづけば個人投資家になりました。個人だと抱えきれないなと感じたくらいから投資を事業にしました。今は不動産業に積極的で、新しい家屋をゲットしてはグーグルマップに赤いピンを打って「俺が(会社が)管理してる家屋なんだなぁ」ってことにワクワクしてます。

前置きが長くなりましたが、何が言いたいのかというと。

きっとあなたが生きてきた常識とか、ググって知れるような世の中の常識とは全く毛色が違う社会不適合者が俺だということです。

なぜ経営者とか投資家は。あなたが信じられないくらい稼ぐと思いますか?

それはあなたが、社会に真面目に適合している常識のなかでそれを見ているからです。

ということで本編です。今回のnoteは過去一長文ですw

人生の破綻。

それは、そこに辿り着いたと感じた時に初めて気づく現象。

つまり未来に起こるであろう可能性、これからの話なので注意深く耳を澄ます必要があります。

※こういう風に書いてしまったんで誤解なきように前置きしますが、俺は預言者でも占い師でもありません。

「破産宣告」「債務整理」というようなお金にまつわる四文字熟語。

まるで恐いもののように聞こえる人もいるかもしれませんが、そんなものは本当に本当にまだまだまだまだマシです。

なぜなら深刻すぎた結果、実際に命を落とした人もたくさんいるから。

明るい未来を見据えて。大切な人を守ろうという意識のなかで。

気づいた時に、何という愚かなことをしてきたのだろうと。

きっと崖の淵に立った時に初めて気づく話です。

相場というのは本当に不思議なものです。

すこしでも調子が良ければ「俺は稼いでる」と言いたくなるし、それを裏切るような動き(そんな浮かれた自分を律してくれる)をちゃんとしてくれるのも相場です。

https://kotobank.jp/word/%E7%9B%B8%E5%A0%B4-553034

相場には確かなものなど何ひとつありません。

ここを受け入れきれない限り、相場はほぼ100%破綻します。なので相場で生きられる人は1割もいません。

この事実に目を背けたがる情弱がこの世界にはわんさかいます。それに気づいて仕掛けようとする人たち、目を背けたがる情弱の心理を常に利用してきます。

良い悪いとかの話じゃなく、リアルな世界の話です。

この世界(自分が見てる外側のすべて)に何ひとつとして正解などないということです。

それが不完全性定理です。例えば俺とあなたが、ひとつのピザをふたりで平等に分けようねってどれだけ上手に切ったとしても、完全に同じ質量で分けることは絶対的に不可能だという話です。それがどれだけ精密な機械で鉄を切っても木を切っても絶対的に不可能な世界に俺たちは生きてるってことを知ってください。

そして相場はクラスターの群れと、それを食い散らかす大資本家たちという構図のなかで生まれた人格です。チャートは人間関係そのものであり完全なる人間たちの心理です。

なので何が起きても狂乱しないこと。求められるのは常に冷静であれるかどうか?の一択のみ。

ここを突破できない限り、人生の破綻はじわじわと確実に忍び寄って来ます。

これから話すのは、投資の世界を通じてこれまでに様々な角度から見てきた生々しい真実の話です。

踊る阿呆に見る阿呆

5月からツイートがかなり少なくなりまして、そこから俺が何をやってたかというと、1年ぶりくらいにかなり集中して投資関連の商材や塾を片っ端から買い漁って、現状の情報業界の動きを見てきました。

商材名とか塾名とかは出しませんが、俺が特に意識していたのは、DMでかなり問合せが多かった自動売買に関する情報でした。

自動売買系って元々2008年あたりから安定的に情報の商売として継続されていたものだったんですが、コ〇ナ後になって急激に流行しました。それこそ暗号通貨の話題が本格的に沸騰し始めたのもコ〇ナ後のことです。

こういう背景についてのこと。それがこのnoteで書く本題です。

で、1年ぶりに今年5月から買い漁ってきたのは投資系の商材や自動売買系のもので、2020年~2021年3月までに話題にあるものを中心です。

そのなかにはゲスいポンジスキームをやっている集団の(これはもう5年前から流行ってる手法なんだけど)エグい手法の情報も踏まえつつ、あらためて痛感したことをつらつらと書きます。

今この時、この瞬間だけの感情にほだされたような根拠で勝てる!勝てる!と叫び狂うレターの数々を見て、投資家として生きてきた視点からはっきりと見えるのは、そんなわけあるかーーーい!という話でw

だけど、それを信じる(信じたい)人たちがどうやったって釣られるのも分からなくはなくて。やっぱり踊る阿呆に見る阿呆が集う世界だなと。

情報発信するうえで表向きは当然というか、視覚に訴えかけるためのエビデンスがそこここに万全を期して用意されていて、収益画像やインタビュー記事や動画を用いた説得レターっていうのは、もう20年近く前からある情報を売るテクニックのテンプレです。

で、その販売者は過去悲惨な人生を送り、これを知ったことで人生が180度変わったなどの共感文句が入るのもテンプレです。

その心理の方向性は俺から見ると、狂気の沙汰も金次第だから~という背景があるわけですが、そういう戦略を持っているし仕掛け側の戦略自体を知らない人たちは、やはりそこで夢を見るわけです。で、俺はそれを洗脳と呼んでます。※余談だけど、バズの編集に今も時間かけてる人=洗脳されてます。

そういう商材を5月から超集中して買い漁って読んだり見てきたり結論として、俺は最初の見出しを「人生の破綻」にしました。

なぜこの見出しにしたのかというと、投資情報の買い手だけじゃなく売り手側も、相場における破綻の可能性をびっくりするくらい理解してないということがはっきり分かったからです

特に仕掛ける側は、そこで稼いだ資金で俺は大逆転するんだ~的な発想が未だに絶えない人がほとんどで、現在の日本の法律の網目を抜けることしか考えていないような人たちの世界です。もちろんそうじゃない人もほんの少しはいるけど、そういう人を探すのは砂漠のなかから砂金を探すくらいのレベルでしか存在してないのが事実=探せる期待値は鬼ほど低いってことです。

これを分かりやすくするために、グーグル先生で「FX 自動売買 無料」とか「仮想通貨 自動ツール」みたいなワードで調べてみてください。一見すると魅力的なものがわんさか出てきます。

注意して欲しいのは、そこに出てくるものの大半はサジェストあげる方法を知っている情報販売専門の業者と、地道に継続してきたブログが目につくんですが、どちらも投資能力はほぼゼロなので、そのまま釣られないように気をつけてくださいマジでw

また、投資経験のない人だと謎のような言語かも知れませんが、たとえばフォワードテストや、最大or相対ドローダウンが恐るるに足らないという説得のために用いるバックテストなどなどは基本的にクソだと認識してください。それらのカラクリをよく知らない人たちにとっては、やはり魔法のような世界に見えるだろうし、それを画像で見せられちゃうと「人生逆転できるかも」って欲求が疼いてきちゃうので。

何だか良さそうだな…ふむふむ。これが最初の段階で。

それくらいのノリで俺たちは何となく興味を持ちます。特に画像は視覚認識なので真っ先にあなたの中に入り込んできます。

まるであなたが恋焦がれたいた超タイプの人が「あなたのこと気になってます・・・ぽっ」みたいな感覚ですり寄ってくるような感覚に近いのかな?

そんな勘違いがこの世界に蔓延しきっているので、ここではっきり言います。

そんなことはないーwお前は完全に視覚情報に洗脳されてるーwってことでほんの少し目を覚ましてもらうために、右の頬を一回ビンタしときます。

で。

俺たちっていつも手元にはグーグルもツイッターもインスタもツイッターもフェイスブックもYoutubeも用意されてます。なので、何かに興味を持った時や、今知っている情報より良さそうなものないかなって時にググったりYoutube見たりツイッター検索したりするじゃないですか。

これをやり始めた人間って本当に不思議なんだけど、もっともっとって検索をエンドレスに繰り返す作業に没入してしまうので、ガチで調べたいことの真実にたどり着けなくなります。

noteの趣旨とズレるので、話を戻します。

俺は投資を事業としてやっているのではっきり断言しておきます。

バックテストを引き合いに出して、そこに対して強く訴求してくる人はとにかく信じないほうがいいです。だって過去のデータってことを本人が理解できてないから(あるいは分かっていながら)強く推してくるわけです。

その仕組みをよく知る側からすると、バックテストを根拠として立証させることはまず不可能ってことです。その不可能ということをしっかりと説明に入れたうえでバックテストを出している人であれば、人間的には信頼はできると思いますが、稼げるかどうかとはまた別の話です。

とにかくバックテストというのは、今の相場で調整を入れたシステムが、もし過去にあったら?の結果でしかないので、バックテスト自体はそもそもエビデンスにはなり得ないというのが結論です。

かなり大事なことだったんですが、何となくでも伝わりますかね?

つまりバックテストというのは「保証のない保証」みたいな感覚に近いです。保証があるように見えるんだけど、いざその保証を信頼して使おうとしても、今の相場と当時の相場は違うので、結局使えないような保険に近い感じってことです。保険会社を頼ろうとした時に、外交員があーだこーだ言いながら保険金を渋るのと同じことです。

で、俺たちはなかなか皮肉なもので、これまでに親や友人や近い人たちから保険の大切さを教育されてきました。なので保険が大好きになりました。

そんな人種がバックテストなんて見せられちゃうと、とにかく良さそうに見えちゃう、これがカラクリです。

ようするに、投資を知らない情報弱者を説得する(勝手に納得する)材料としてはとにかく使いやすいわけです。

バックテストって、仕掛ける側からするとちょー便利。同時にそのバックテストほど無意味なデータは無いから、フォワードテスト(現システムを動かして来た期間)によってシステムが修正されていくという作業は、シストレ専業者にとって常識中の常識です。

この話はグーグル先生で「バックテスト 嘘」とか打てばすぐ出てくるので、せめて一度くらいは見ておいたほうがいいとおもいます。

相場(株為替や暗号通貨みたいなもの)をよく分かってない人が読むと、謎言語が並んでしまっているので、昨日今日投資に興味を持ったくらいの人にとっては分かりにくいnoteになりましたが、せっかくの機会なので、このnoteで分からなかった用語は調べてみてください。

負けが大嫌いな人々の心理

このタイミングで唐突に、一時的な損失状態に大きな価値(意味)があることを投資家や経営者はよく理解してるなんて言っても、んー、よう分からんみたいな感じになると思います。

それは日本国民の9割が、自分の人生の幸せじゃなく、紙幣のために働かされているというジレンマを抱えながら生きているからです。

信じられるかどうかは読み手次第ですが、今の日本人はかなりヤバいレベルで洗脳されてます。なので、この一時的損失という価値の真意を、自分だけで深堀りすることは簡単じゃないとおもいます。

何となくでもそう感じるという人だったら、このnoteは脱洗脳のきっかけになるかと思います。※この話は後述の見出し「答えのない世界で確かなもの」に続きます。

いろいろ書いてしまったので、とりあえずシンプルにまとめます。

今の日本人の根底にあるものをたった一言でいうと、この人生において損なぞ一切したくないし、どうやったら簡単に得することができるか?という本音で構成されています。もはや細胞レベルで蝕まれているといっても過言ではありません。

なぜなら日本人は、初等教育、義務教育という9年の学びのなかにおいて一切、お金の勉強を学ぶことが許されなかったことがその背景にあります。

俺たちは投資に限らず、金融システムの仕組みを何ひとつ知らずに今も生きている日本人がほとんどです。2021年の段階で、1億人は知らないといってもいいでしょう。

なので、ここを克服できない限りいつまで経っても、お金に飢えた人生を送ることになります。これは今のあなたにいくばくかの余剰資金があってもなくても、です。

なのでインターネットを見て、あれをやれば儲かるかもなーとか、これをやれば失敗しないんじゃないのかなーみたいな。

とにかく損だけはしたくないし、とにかくお金が増えればいいみたいな感覚で情報を漁ってる人は、いい加減目を覚ましましょう。

そもそも論で言うと、人間の本来持っている性質っていうのは、お金に関する基本的な考えを身につけているようでいて、常に感情が先に立つ日常を送っているのがテンプレなので、実際のところお金に関する重要な部分をスルーしやすいようにできてます。

その重要な部分っていうのが、損失という側面には一切(なるべく)フォーカスしないように上手にできているってことです。

ただ、現実に損をした!と感じた瞬間、その損に対する恨みつらみの感情論だけは高まるので、ネガティブな感情だけが長引くように設計されてます。なぜなら当人はその解決方法が分からないからです。

俺たち日本人は本当に不思議なくらい、お金に対して感情が先走りやすくなるような教育(洗脳)を受けてきた人種だということです。※これは明治維新と第二次世界大戦で日本が敗戦した2度のタイミングで2度叩きつけられた「お前たちは奴隷になれ」という日本の歴史ですが、話が脱線しちゃうのでやめときます。

はっきり言うと、俺たち日本人は先進国のなかでもびっくりするくらい、金融の仕組みに関して完全な教育不足であり、そして教育不足が現実逃避を呼び起こし、感情論でお金を考えてしまうようになったということです。

すごく当たり前なことを言いますが、自分にとって良さそうなものを俺たちは選択します、したいと思って選択しているつもりです。

さまざまな理由で物を買い、情報(情報商材に限らない、本や新聞、有料コミュニティなどなど)に人はお金を消費するわけですが、そこには常に感情が働いています。

買った後に失敗したなって思うものもあれば、買って満足みたいなものあって、そこで失敗や損をした金額が自分のなかで思っている範疇を超えてしまうと、それまでは沸いてこなかった負の感情が暴走し、時にはクレームをだしたり、返品要求に対する執着心の時間が生まれます。逆に購入した商品に満足した時には、さりげなく(堂々と)人に自慢したくなったり、そんな自己満足のなかでニコニコしたりしながら俺たちは日々を生きてます。

この世界の誰もが最初から損になるものなんて買いたくない。なのに「良さそうな雰囲気」だとか「周りの人が買ってるから」とかで買ったもののなかで、すでに忘れてしまっているけれど、無駄だったものって思い返してみるとけっこう色々ありませんか?

そもそも損したくないという設計で日々を過ごしているはずなのに、俺たちって何だか損が多かったりするんです。

この原因こそが、損失に向けてしっかりフォーカスできない、つまりお金の教育を受けられなかった末路であると俺は確信しています。同時に「損失と真正面で向き合う」それこそが投資で生き続けられる投資家が見極めている、正に究極奥義のようなものです。

俺たちはもともと、生まれた時から投資家でもなければ経営者でもないわけで。投資家になるには?経営者になるには?という疑問のピースをひとつずつ解消していくことで、結果として投資家という立場になり、また経営者の立場になります。

そういう尊敬されるような人たちが日ごろから当たり前のように思考していることが、損失と向き合うことなんです。

なのであなたが自分の未来において、心も経済も自由になりたいのであれば、負けたくない損をしたくないと言い続ける、お金の教育を受けてない人々から脱却するためにも、「意味のある損失とは何ぞや?」について自問してみてください。

おそらくこれを読んだ一定数の人たちはしばらく(数分くらい)は考えてみるかも知れません。

ただ、それは今日1日で本質は見えてはきません。これは今日から始まるお金の話なので。

で。当たり前ですが損を考えるのって楽しくないんですw

なので数分くらいは損に関して考えることはあったとしても、その考えていることが楽しくないので、ものの数分すると他の思考、つまり楽しいことを考えたくなって、本当に大事なことを置き去りにしちゃうのが今の日本人の大半です。

たぶんこれを読んだとしても大半の人たちは明日にはこんな重要な話さえ忘れてますwで、別の楽しいであろうことを考えながら、今までと何ひとつ変わらない日常に埋没していきます。

なぜなら大人になった今、あらためてお金の教育を受けてない事実と対峙できるような人はそう多くないからです。

これは読んでくれている人を煽っているわけでも何でもなく、夢はあきらめたほうが幸せだよね~みたいな、現実逃避を選ぶ日本人の平均所得を調べればわかる話です。それだけじゃ生きていけないって分かり切ってる話です。

※バズでも俺はずっとホントのことだけ言ってます。だけど信じない、実践しない、しようともしない人が8割以上という背景もこういう部分にあります。

お金を稼ぎたいという欲求は人一倍あるのに、いざそのチャンスが訪れたとしても、全然それを深堀りしようとしない。というよりできない体質になっている。

そういう人たちって、お金を稼ぐという事自体に興味はもつわけですが、ほとんどが興味を超えないわけです。なので、それを深堀りするための情報収集や、その情報に対する思考は一時的な快楽で終わります。

はっきり言えば、人生は勝ち取ることができるという意思が皆無、もしくは非常に薄弱であり、本気で向き合えないくらいの精神を教育のなかで叩きこまれ、弱体化してしまったからです。

かなり厳しい現実の話をしましたが、俺はこの1年半、ガネーシャンというアカウントを通じて、本当にたくさんの人たちと交流し通話をしてきました。

そのなかで、それぞれの環境や事情があるというのは何度も何度も受け止めてきました。そのうえで、人生を勝ち取るという強いきもちを持ってほしい、目を覚ましてほしいと思って通話をしたりDMも休憩中に返したりしてきました。

唐突ですが。石の上にも3年ということわざ、俺はホントにちょー苦手です。イヤすぎるし、人生で一度も実践した記憶がありません。

どうして、あれもこれも他にやりたいことがあるのに、この人生のなかでガマンして石の上に3年も?みたいにおもっていました。ただ、今は少しだけ解釈が違います。

好きな石の上に3年。これだったら3年座る!って、人は簡単になるということを俺は実際に体験して今があるし、何だかんだで好きだったら継続できるじゃないですか。

ことわざの意味自体は3年辛抱しようねーらしいですが、辛抱というよりガマンというより、実は自分が楽しんでるんだっていうことに気づけるだけで、未来の自分がどうなってるかワクワクできるような視点を持つことができるうようになっています。

だいぶ話が反れちゃいましたが、ガチで今の状況から自分を変えたいというおもいがあり、投資の世界にも興味を持ってnoteを読んでいるのであれば、この見出しの内容はしっかり自問してください。

俺自身の過去を遡って行くと、あの頃の俺が理解できるわけがないことであり、そして今の俺がよく理解できている話です。

お金は守るものという超本質論。

相場やビジネスの本質は、自分の懐を潤わせることではありません。

相場やビジネスの本質とは、損失の割合をできるかぎり消失させていく経済活動を指します。そして、そこを軸にお金に関する物事を組み立てて行くことにあります。

これは今バイトしている人であっても薄月給のサラリーマンであっても、きっと誰が聞いても、ごく当たり前の話ですよね?

つまり、これがお金という存在の性質であり正体です。

これを紐解くためには、さっきの一時的な損失の章が必須になるということです。

これ以上の答えなんてありません。投資家や経営者においては、とにかく基礎中の基礎です。

「損して得取れ」ってことわざはお金の真理ですよ。

だけど、ネットを見たら分かる通りで、ほとんどの人はその逆、いかにお金を儲けられるか?という視点しか持とうとしません。それしか見えてないからこそ、目の前のお金がいつまでたっても増えないんだよというジレンマに、いつになったら気づくんでしょうか?

このnote自体は投資の話がメインなので、薄月給で安いご飯をガマンして食べながら貯蓄したらいいよみたいな大事だけど、そういう話はしません。

損失の割合をできるかぎり失くしていく。つまり損失にフォーカスをする。

こんな超重要なことをガン無視しているような人たちが常に傾倒しがちなのは、それこそ誰もがちょっとやれば出来上がるようなテクニックとか、よさげな情報商材を買えば俺は億万長者だー!的な話ばかりです。

何かズレてね?って思いませんか?思わない人はだいぶやられてますよ。

その結果、インターネットのなかで手に入る情報の大多数は「10万で開始て3ヶ月以内には100万円超えたとか、これ買えば今年中に億り人になれるよー」みたいなものばかりが溢れかえります。

俺が投資家ではなく、経営者側の視点から見て感じるのは、金融の教育を受けることがなかった昭和~平和世代の金融リテラシーがあまりにも不足している状態を(バブルも含め)、現在のネットに強い人たちが巧みに利用してるんだろうなってことです。

実際ね。ネットの情報なんてのは常に模倣の連続です。投資業界でも物販でもアフィリエイトでも何でも。情報発信をしてる人って模倣しかしてません。

それをどの媒体で、どのタイミングで、どんなキャラクターとしてやってるか?ってだけです。

これこそが、俺たちがグーグル先生やら無料のSNSのなかで平等に見れる情報発信です。ここで言っている平等というのは、平等に見れるってことがいかにヤバいことかってことです。

なぜそうなるかというと、模倣でもそこそこ稼げちゃうという事実があるからです。これは実際に情報発信で稼いだ経験がある人にはよく分かると思います。

で、実際にそれで一時的には稼げちゃう、と。その稼ぐという体験をした当人は、まるでそれが答えみたいに強く自分に刷り込みます。それが自己洗脳であり、いわゆる妄信というやつです。

で、その循環のなかから抜け出せなくなってしまうと、いつまで経っても模倣パターンを探し回る。そして気づいた時には自分という個性を失い、同時にお金という紙切れに翻弄されている自分にきづけないまま過ごしちゃうもんだから、結果として自分の周囲には完全な同族、つまりお金にしか興味のない人々だけが集まる&そういう人の結末はorzみたいな現実を作ってしまいます。

長くなりましたが、何となくでも伝わるでしょうか。

常にお金を増やしたい増やしたいと、それが長引けば長引くほど。

意味を持った一時的な損失状態

ここを理解することが、ガチでめちゃめちゃムズくなります。

とにかく一時的損失をどう捉えるかってことが、投資やビジネスの本質であり、それさえ深掘りできれば、お金の増やし方は自然と段階的に発生していくってことです。

で、そこにフォーカスできない(したくないではなく、元々の地頭ができない)発信者に出くわすと、当然のようにそこにフォーカスしたくない(できない)人ばかりが集合してしまい、それが烏合の衆となります。

そういう集団を想像できますか?俺は山ほど情報商材を買い漁ってきたので分かります。

そういう集団の呪文は常に「オカネフエルエル」のこだまです。ヤッホー「ヤッホー」のやまびこです。はっと我に帰った時には、お金も家族も友人も周りから離れてしまうという結果が待っています。

俺が生きてきたなかで、還暦間近までゴリゴリの資産家だった人が人生急転直下で転落してしまったり、お金におぼれた結果、逮捕された人なんかも含めて、リアルのなかでたくさんの悲惨な結末を見てきました。

なのでこのnoteは自分に向けても人生の教訓として、2度と忘れちゃいけないという再認識を踏まえながら書いてます。

ちなみに超当たり前のことを言いますが、このnoteは誰が何度読んでも、俺が編集しない限り、全く同じ文字列です。

つまり誰が読んでも同じ言葉の羅列になるわけですが、これが不思議すぎるくらい読み手のその時の心情や環境によって、この話の解釈は大きく変わってきます。

一応それも意識しながら書いてます。

何を言っているか分かりますか?

はっきりと言いましょう。

人生の破綻という話の次に、踊る阿呆に見る阿呆の話をしました。

そのお祭り騒ぎに興じている(興じようとしている)情報弱者の立場の人。そして、それを囲い込もうとする情報発信者も含め。

そうやって集まった群れは、下限を見ても上限を見渡しても、その枠組み自体が情報弱者の集いになっているという事実に、早く気づいたほうがいいです。

なぜなら、それを形成してしまった時点で、踊る阿呆に見る阿呆の構図がものの見事に完成してしまってるという現実を直視したほうがいいに決まってるからです。

投資家や経営者って結構すごいもんで、そのカラクリを遠目で俯瞰するだけでも、ものの数秒で理解します。理解というより嗅覚に近いのかも。俺の場合は情報商材を買い漁ってきたなかで、それを学んできたわけですが、結果としてそれがよく分かるという立場にまではなれました。

ここであなたに質問です。

あなたが信じようとしている人は、どういう発信者ですか?ここまでの話を読んだうえで、先細りの未来を自ら選んでるという気づきや可能性はありませんか?

こういう話って、インターネットが発達する以前から幾度となく繰り返されてます。ただ、それが特にインターネットビジネスの世界では誰もが検索できるという形のなかで顕著な構図となり、常に情弱が釣られていることが浮き彫りになっているというだけに過ぎません。

その構造はとても単純です。仕掛ける側も仕掛けられる側も、本当に意味のある損失という部分にフォーカスできていなかったから、どちらの立場であっても結果としてお金に翻弄されてしまう。これに気づけない発信者はとにかく未熟者だし、それについていく人なんかはもっとヤバいってことです。

あなたは生まれながらに傲慢な存在です。

この見出し。

俺はそんなことないって思った人、どれくらいいますか?

あなたが誰かは知りませんが、それが誰であってもはっきり言えることがあります。

この見出しを受け入れるかどうかは好きにしてください。ただ、この見出しを読んで感情で反射しちゃう人は漏れなく、自分をすごく勘違いしているし、下手をすると自分が情強だと思い込んでいる節があるかも知れません。

そういう人は、自分が危うい橋を渡っていることに気づけないパターンをなぜか繰り返す傾向にあるので、それを俺は永遠の情弱思考だと思ってます。

これはもう内面の問題になるので、あなたの身近な親や嫁や恋人でさえ見落としている可能性が高い話です。

人から何かを言われると、あーでもないこーでもないと言いたくなってしまう人ってよくいます。そういう人は往々にして自分を見ることができません。なので永遠に同じことの繰り返しのなかでアクションを起こしてしまいます。それこそ本当に人生の最後まで。

この連鎖をしっかり断ち切るために必要なのは。

自分が過去(昨日まで)行ってきたことから、ほんの少しでもルーティンを変えていくことです。今の自分が素直に認められる範囲のなかだけでもいいので、悪循環だと認識できる部分を少しずつでもいいので変えていくといことです。

で、それを一定期間だけでも心に保つことです。心に保てないとルーティンにすること自体が難しくなるので。そうやって修正点を見い出し続けることでのみ、自分の人生に変化というものが訪れるようにできています。

たとえば俺が商材コレクターとして買い漁ってきた商材の売り手側で例えますが、販売者の当人が実力不足のケースが情報業界の97~99%です(情報商材に1億以上使ってきた俺の個人的な数値ですが)。

情報を売ることはできるくらいレベルの人たち(裏にボスがついてるケースも含め)ってわんさかいます。かんたんに言うと、小手先のテクニックだけでどうにかなると思い込んでいる人たちが情報業界には多いってことです。

その結果、この人たちの人生のテーマは「今この瞬間の稼ぎだけがすべて」となり、それだけが地続きに繰り返されるような人生が始まります。

もちろん途中で改心して方向転換する人も少なからずいますが、ほとんどの人は元々の実力がないままそれをやって小金持ちになってしまうので、それしかやれないわけです。で、ひたすら繰り返しちゃう。

ここまで読んでもらえばもう伝わると思いますが、そういう人間が投資やビジネスの本質なんてものに辿り着けるわけがない、ですよね?

インターネット上に山ほどある投資関連の情報商材、コンサルやコミュニティなどで見かける、甘い蜜のような情報の97~99%は、自分で稼ぐ能力のない人たちの見せる(魅せる)テクニックだけで構成されています。

そこに情報弱者の人たちがスイスイ吸い寄せられ囲い込まれてしまうので、インターネットのなかで真実を探すことが超難しくなります。

ここまで読んでもらったうえで、「あ、俺って情弱だったんだな」ってちょっとでも思えた人は、それが正解ですw

本当にその認識を強く念頭に置いたうえで、未来を考えてもらいたいです。

今回のnote、今までのなかで長いなーって自分でも思うんですが、本当に人生レベルで大切なことなんでもう少しだけ続けます。

投資と投機を一緒くたにする情報発信者が狂わせる

誤解のないように言っておくと、FXとか暗号通貨とかの情報やコンサルや自動売買で一時的に増やすことは可能だし、一時的に減らすことも可能です。

俺から言わせると、そんなものまで投資のジャンルに入れんなよって思うものが大半です。それこそが投機・ギャンブルだとなぜ理解できないの?だって、人が考えたもので自分のものじゃない限り、自分で資金をコントロールできてないんだから。そもそもの根本から思考がズレてることを自覚してください。

インターネットは有象無象なので、投機と投資のラインを切り分けられない人でうようよしています。

この人たちが稼ぎ続けられる可能性は限りなくゼロに近いです。これ系のほとんどの人がいきなり破綻しちゃって、ヤバすぎるくらい人生変わった姿を嫌というほど見てきましたから。それこそインフォトップ黎明期に君臨していた、投資系で名を馳せた数名の人物は精神ガタガタになって薬漬けの生活保護で引きこもったり、海外移住後に消息不明になったりとか、けっこう大きな事件で逮捕されたりとかもあるわけです。

この人たちは、栄光が人より少し長く続いたわけじゃないですよ

お金という魔力に吸い寄せられて、その勘違いが人より少し長く続いただけです。それを人は栄光とは呼びません。

だから、俺はそれを人生の破綻という話をここでしているわけです。

これは俺の体験談や感想なんて次元の話じゃなく、最後まで破綻しない人たちのテンプレ思考の根底には、常に損失を減らす、つまり損失にフォーカスしているからこそ、破綻が起きないということを伝えているわけです。

それでも伝わらない人はもうどうしようもないので好きにしてください。

で、こういうのってぜんぶ脳の仕組みに直結するものです。

なので自分自身の存在や人生とは、決して切り離して考えることができない話でもあります。

なぜなら、今まさしく自分が行っていることが投資ではなく、ギャンブルだよってことに気づけることが、かなり至難の業だから。

人が何かをするときって、脳の信号から始まります。それこそ右足を一歩踏み出すことも、普段それを全く意識せずに当たり前のようにできてしまうのは、脳の信号があるからできることです。

つまり俺たち人間の仕組みは、短い期間でも投機的快楽に身を置いてしまうと、自分のどこにブレーキがついてるのかがぼんやりしてしまうんです。これがいわゆる脳が焼かれるってやつですね。気づけば脳が焼け野原、人生自体も焼け野原、です。

脳ってめちゃ便利なもののように思うかも知れませんが、投機的な快楽が一定期間継続されてしまうと、それが自分の人生のなかで最も素晴らしい現象であるかのように最適化されてしまうので、ガチで補正機能が徐々に欠如してしまいます。すごく大事なことなので、ここはお願いなので3回は読んでみてください。

つまり、一度でも脳機能の低下が発生してしまうと、正常な判断能力に戻すことが鬼ほど難しくなるってことです。また、その事実を知らないまま修正作業もほったらかしにしてしまうと、確実に脳の機能は落ちていき、いずれ脳の大半の機能が失われていくということです。

んー。話が行き過ぎてしまったんですが、本当に本当に大事な章なので、章全体を3回読み返してもらえるとすごく嬉しいですし、脱線が過ぎるのでそろそろ締めますw

もし興味があれば、通常の脳と投機快楽を得た脳の違いなどをググってみてください。そこには目には見えない、自分という人生を決定づけている脳の仕組みがいろいろ垣間見れると思います。

答えのない世界の中で確かなもの

それがただの投機であるにも関わらず、それを投資だと思い込んでいる人間は世界中にわんさか存在しています。つまり勘違い現象です。

そういう原理原則がこの世界にはあるので、生涯を通じて投資家になれるのはほんの1%というわけです。すごく当たり前の話ですよ。

経済の本質や性質を学べていない環境に身をおいている限り、最終的にお金を投げ捨てるだけの酔狂な遊びになってしまうということを、このnoteで事例を出して伝えてきました。

そういう勘違いした大人の集うフィールドは、社交場でも何でもなくただの鉄火場です。鉄火場で火遊びを繰り返している、脳が焼かれる祭りに興じる人々の集いです。投資とは程遠い遊びです。

ゆえに今、億り人という流行用語があるわけですが、その99%が今後投資に関わる未来は無いという話です。これが投資という世界のリアルガチの現実です。

そして、そこを避けるための唯一の方法が俺たちにはあります。

それが、経験値を高めるということです。

この身をもって実体験を通じるなかで、自分の脳を投資家脳として書き換えていく時の流れのことを、ここでは一旦ひとまとめにして経験と定義しておきます。

繰り返しますが、知識ではなく経験です。

知識は知識でしかありません。それがどれだけ増えたとしても経験を生み出すことはありません。

しかし経験というものは積めば積むほど、徐々に徐々に、確信に生まれ変わります。

どれだけケンカが強い人であっても、逆に喧嘩をしたことがない人であっても、空手の基本である正拳突きを数日や数ヶ月でマスターできないのは、中心軸を体感レベルで染み込ませるための時間を経験していないからです。

それと同じく、何度も何度も同じ作法を繰り返して、ようやく経験が身に宿り、その結果として浅はかなテクニックではなく真の技術、つまり心技体の三すくみという世界観を感じ取れるようになります。

今日空手を始めて、30日後や1年後にマスターした!なんて言ってる人は中心軸のことについて完全無思考状態だからそれを言いふらしながら歩き回るだけですし、その本質を実体験のなかでよく知っている人たちは、そういう浅はかな感覚の持ち主を相手にすることは決してありません。

なぜなら空手家と名乗る人は何十年経っても、正拳突きとは?を今日も意識しながら生きている人なので。

経験の事例として空手を出しましたが、ぶっちゃけ投資の基礎知識なんてものは、心技体のどれにも当てはまりません。

なぜなら、誰でも本気になれば一週間どころか3日も必要としないレベルのものだからです。

俺たちは単に頭に詰め込むだけの知識であれば、基本から応用までであれば、だいたいのことは覚えられます。それこそグーグルで「株 用語」「FX 用語」に書いてるものを暗記して、3日後にテストされれば大体が80点以上は取れるので。

だけど経験のなかで培われる技術を体得するためには、それなりの時間を要します。そうして自分の人生の時間を重ねた分、どこの誰にも決して奪われることのない、心技体の世界観が自分という人生のなかに宿るという仕組みになっています。

この経験というキーワードこそが、投資家や経営者の視点を持つための非常に大きなポイントです。なぜならそれだけが唯一、この世界の中で自分にとって揺るぎのない確かなものであり、その経験を経て確固たる地位を築き始めたときから俺たちは投資家として名乗りをあげることができるからです。

時間を要すると言われたとき、ほぼ100%の情報弱者は思います。

めんどくさいことをショートカットしたいから、お金を払って教えてもらおうとしてるんでしょ!基本から応用まで全部教えてくれると思ったからお金を出したんだ!と。

こういう人たちが何を言っているのかを代弁すると、つまりは自分の時間を使わず、手持ちのお金を人に払うことで楽をしたいと言っているわけです。

このショートカット、楽をしたいという心持ちが、あなたの眼前に訪れる情報の性質を一気に、本当に一気に歪曲させてしまいます。

通常の冷静な思考であれば、月利100%!なんて甘い言葉が羅列する広告を見たとき、嘘くさい!こんなものには騙されない!と思いながら一歩引いて見ることができるでしょう。

だけどそこに、自分の時間を取り戻したい一心や、人生を逆転させたいなどの心の焦りから(それがあなたの感情論でのお金に対する意識です)、怪しい情報、中身がよく分からない情報だと思っていたものであっても、もしかして自分にとって必要なものかも?みたいな解釈が忍び込みます。

その時点から、脳はその危険ゾーンに対して快楽物質を放出させることで、自分にとってとても都合よく解釈するようになります。

そうやって情報を歪曲させてしまいます。

それが自己暗示、自己洗脳です。投資と投機の区別がどうでもよくなるゾーンに没入したということです。

こうなると大半の人は自分にブレーキをかけることが困難となり、脳の快楽信号だとも気づかず暴走してしまいます。

事故というのは決して車社会だけの話じゃありません。脳の欠如も暴走になり、常に大きな事故を引き起こす要因を抱えているのです。

情報の段階

たとえばこの世には、為替や暗号通貨や株や先物がこれからどうなるかを最初から知っている人たちがいます。

大体の人たちは考えつくと思いますが、その人物たちは、世界の相場をコントロールできる資金力を持った人たちの集まりです。

これは陰謀論でも何でもなく、富と権力の中央集権はこの世に存在します。決まった時期になると自由に相場を操縦します。そうすることで世界の情勢をコントロールします。

俺自身が属すことは一生不可能だと断言できる異次元の世界ですが、そんな立場の俺の元にも、ある程度の情報は降りてきます。

ある程度の情報と言っても、きっと一般人からすればあり得ないような内容です。

それこそ投資にまつわる、闇に消えた事件の真相くらいは知れる環境にいますし、やるかやらないかは別としてインサイダー情報は目の当たりにしますし、仮想通貨?なにそれ?みたいな感じでほとんどの人たちが触っていなかった時代に仕込めたのも、全ては一時情報の為せる業です。

バズビデオにおいても実際そうです。投資家や起業家の集いがきっかけでバイトダンスの人と出会いがあり、俺はそこからバズビデオを趣味の範囲で差触るようになりました。

余談ですが、バズビデオの収益は完全に俺のおこづかいにしていいよという嫁の認可がおりているので、今も真面目に超単価アカウントを1時間から1時間半くらいと、高単価はツールありきでうちの社員に午前中に稼働してもらってます。

また、実際に今も通話してる人のなかには高単価アカだけで、1ヶ月50万~を短時間で稼ぐような人もいて、相談者にはそういう話をすることもあったり実際にその人と繋げたりしたこともありますが、それらも全て情報の精査から始まります。

つまり、情報には段階があり、どこに属した情報を自分が入手しているか?によって、俺たちの経済活動は大きく変化していくという話です。

情報の性質

富と権力の中央集権、本業の投資、暗号通貨の早期情報、そしてバズビデオ。

こう書くと全然違う次元のお金の話ですがw

それぞれで情報の質も全く異なりますし、そもそもの規模が本当に全く違います。規模感の明確な違いは、ここまで読んだ時点で誰もが直感的に伝わったかと思います。

それと同時に、自分の人生を重ねながら意識して考えてください。

どの辺りまでの情報を入手することができれば、自分や家族や身の回りが心も経済的にも裕福で自由に暮らすことができるのか?それはどのステージに自分が立っている状態か?を。

そしてこれが超絶重要なことですが、情報というのは、それが良かろうと悪かろうとも、どんなものであれ、川の流れと完全に一致します。

これ以上に大事なことはないのでもう一度だけ同じことを言います。

超絶重要なことですが、情報というのは、それが良かろうと悪かろうとも、どんなものであれ川の流れと完全に一致します。

山、もしくは平地よりも高さがある小高い丘。

多かれ少なかれ、雨が降るとそういう高い場所から川を形成し、下方に流れていきます。そして川は流れを作りながら、やがて海に解放されていきます。

情報というものも、まったく同じ性質を持ちます。

情報は川と同様に、上から下に流れて行きます。

情報は川と同様に、下から上に流れることは決してありません。

なぜ情報も、そういう仕組みになっているのか?

それは、山の上のにいる人たちにとっては、川下の人たちの情報は既出のものであり、二度と必要が無いものだからです。

分かりますか?

あなたが追おうとしている情報の流れが根本から間違っていると、自分が望むものとは全く異なる結果になるってことです。

インターネットとは、誰もがここで気づいた通り情報の大海です。濁った水も清らかな水も同じ場所に存在しているということです。

なので、調べようと思えばどんな情報でもモリモリ出てきます。それこそ嘘か真か分からないものがズラリと検索結果にならびます。

インターネットはマジでめちゃくちゃ便利なツールですが、それと同時に俺たちはそういう情報の海で溺れているということに気づく必要があります。

そんな情報の海から、自分や家族や身の回りの人々の幸せや裕福、自由になるための川の流れを探すことが困難に思えるくらい、インターネットの情報の海には、本当に本当にたくさんの私利私欲にまみれた川が流れています。

なので、自分の選択肢をもう一度くらい冷静に考えたほうがいいということをこのnoteではずっと話しているつもりです。

ショートカットしたいと思って焦る自分の心が、情報の海のなかから間違った川の流れを選んでいるということに気づいたほうがガチでいいです。

あなたは大人になって今もなお、抱っこされたい赤ん坊ですか?

既に自分の足で歩くことを知っているはずなのに、社会に出てきたのに、それがインターネットという無限空間になった途端に、自分の足で立てない場所だと錯覚してませんか?

リアルもバーチャルも実際のところではちゃんと繋がってます。

これをバーチャル(ネット空間)になった途端、ほとんどの人が理解にくるしむようになります。だからリアルでは言えないこと、言わないことを仮面を被れる立場のなかで平気で言ったりします。ヤフーニュースとかYoutubeのコメント欄とかひどいもんですw

こうしてこのnoteを読んでるのであれば、この話の一ミリでもいいので、真に受けてインターネットを見る意識を変えてみてください。

自分の川をつくる

そして、ほとんどの人間が理解しようとしない(したくない)ことがもうひとつあります。

投資家の道にもビジネスの道にもショートカットはありません。

大事なことは経験です。どっしりとした土台作りです。

知識なんてもんは、本当に後からいくらでもついてきます。

この経験こそが、あなたの想像が創造した川です。

当たり前ですが俺たちのような庶民スタートの人生なんて、山のてっぺんから始まることはありません。

超絶資産家の家庭に生まれて、山のてっぺんから始まるように見える人生もありますが、それはあなたがそう感じているだけであって、ただ出生が違うだけのことです。

情報の海から這い上がり、川の流れを選ぶこともいいですが、それ以上に大切なことは、情報の海から這い上がり、誰のものでもなく、自分の力で新しい川の流れをつくることです。

他人がつくった川であっても、強い信頼や繋がりを感じていれば、その川の流れが澄んでいることに気づくと思います。その川の流れ(情報の本質)が泥まみれ金まみれになっていないことはメチャ重要です。

そして、そこから得た情報のなかで自分の川をつくろうという意志があれば、きっと最初の軸や方向性を間違うこともありません。

仮に間違ったとしても自分でつくった川なので、その軸や方向性も修正することができます。

そうやって積極的にその流れを整えていけば、必ず有意義な川をつくっている人(情報)と合流することができます。

それこそが出逢いであり、真の意味での人生レベルのショートカットです。

日本はお金の教育を受けられなかった環境なので、初めはどうやったって誰もがおこちゃまです。なので、ただの阿呆と思われていてもいいんです。

この本質を少しでも自分軸として取り入れながら、思考と分析を繰り返す。そして、それを相場やビジネスに落とし込むことを継続することさえできれば。

それらに一定の連続性が備われば、その現象はあなたの人生のなかで徐々に真実味を帯びるようになります。連続性というのは、その現象が最低でも1年以上続いているということです。正拳突きで話した中心軸のことも実際にそういうことです。俺はいまだに投資とは?と自問する毎日です。楽しいからやるんだけどね。

それが経験値に基づいたものの結果だということです。

情報弱者の典型は、自分が情報の海に溺れているのにも関わらず、なぜかインターネットというフィールドに立った瞬間から、人まかせ、他人まかせで自分の経済を回そう、回すことができるかも知れないなんていう大それた夢物語を妄想しながら、自分の都合に合う人を追いかけようとしてしまいます。

そしてそういう人に限って、現実の自分は、人に任せることができなかったり、人に任せる術がなかったりする環境なので、何をするにしても時間消費ありきな流れを継続しながら生き続けています。

現実世界では、時間消費分の評価だけしか得られない。

そんな人がインターネットで突如として特別な存在として生まれ変わって、自分の経済を人まかせでコントロールできるなんて本当に思いますか?

人に任せて経済を回すことができるようになるタイミングは最初から決まっています。

今、会社に雇われていようと、アルバイトで生計を立てていようと関係ありません。

インターネットでも現実社会でも。

何よりも超重要なことは、人望を獲得することです。以前のnoteにも書きましたが信頼残高と同義です。

それと同時に、自力である程度の経済力を生み出すことですが、それが一定の人望を獲得できた結果の経済活動であれば、ほぼエスカレーター式に達成することができます。

人望の獲得。信頼残高。

これからの時代、心も経済も裕福に自由になれる方法はガチでここにしかありません。

これを断言するくらい、俺が時代を読んでいるぞーなんて偉ぶるような話ではないです。

少しでも心静かに立ち止まり、この話を冷静に俯瞰してみてください。

ここに書いたお金を稼げなくてきつい人たちは、今を生きる大多数の日本の大人の話です。

これから日本は、かなり大胆に(しかも気づかない形で)変化していきます。気づいた時には手遅れになります。もう分かっている通り、コ〇ナ以前と以降の変化はここ2年の話です。取ってつけたような話ではありません。

この章の最後に書いた、人望や信頼残高という部分を日々のなかで意識的に行うようにしてみてください。人をどうやったら集められるかのテクニック本に没頭しないでください。

自分のまま、それを表現してください。素直にありのままに。それがあなたの成長日記です。ツイッターでも何でもいいです。

気づいたときには本当に不思議なくらい自然と集まってくる時代です。これを初めてやる人にとっては、それがとても不思議な現象のように感じるかも知れませんが。

淀んだ川をつくりたがる人たち

先ほどの見出しの逆の話です。

人望の無い人が目立ち始めると、この世界には一体何が起きるでしょう?

最も分かりやすいのは、ちょっとしたことで足元をすくおうとする人間が生まれることです。なぜなら周囲から反感を買う行動を繰り返しているということに気づけなかった結果なので、非常にシンプルな結末です。

インターネットのちょっとディープな場所を散策するだけで、そういう人は山ほど見かけると思います。それこそ5chに書かれたり、被害者の会のようなサイトに掲載されていたり。

つまり悪目立ちしているということを全く自覚出来ていない人っていうのは、以前何かのnoteで話した、過去のギラギラしたヒルズ族の幻想を追い求めて、俺も成金になるぞー!みたいなノリで、当時の情報業界のまねごとをやるような人たちです。

とにかく今の時代の流れを読めない、盲目的な快楽主義者がこの典型だと思ってもらえれば間違いありません。そうやってインターネットを見ると、視点が本当に変わるのでぜひやってみてください。

お金を中心に物事を考えるあまり、お金に翻弄され、生きる喜びは「金!金!金!」的な人の醸し出す雰囲気を覚えておいてください。

それとは真逆の人が今は支持される時代なので、そっちを意識してインターネットを見てください。

誠実な心というものは、文字や発言にしっかりと乗って人に届くので、わざわざ大げさな誇張話をする必要も一切なくなり、他者との齟齬も多くはありません。

冒頭の部分でも似たようなことを書きましたが、最も分かりやすいのは稼げる系の情報商材のセールスレターを見てみたり、YouTubeで出てくる稼ぐ系の広告動画をクリックしてみたり、インスタでお金稼ぐ系で検索してみたり。

この辺りを意識して見ると、とにかく最初から最後まで甘い蜜はここにあるよ~みたいなプロットのみで構成されてることが分かります。で、こういう広告や発信をあなたがものの数十秒で見つけられるということは、情弱ハンターは常にあなたの身近で餌を撒いているということです。

それらの手法が気づかないうちに、あなたの世界には蔓延しているという証拠です。

今ここから何をすべきか

話を戻します。

人望の獲得、信頼残高がこれからは何よりも重要です。

そして、それを構築しやすい環境こそがインターネットであり、インターネットビジネスと呼ばれるものです。

俺も10代~20代前半までは、人間関係や金銭面のトラブルが起きたり(自ら巻き起こしたり)という悩みは抱えて生きてきたことがあるので、このnote書きながら過去の自分を思い返すと、かなり耳の痛い話だなと思います。

だけど、このショートカット脳と言うか、最初から楽をしたいという心持ちが及ぼす悪影響に関しては、これからのインターネット社会を生きるうえで、絶対に知っておいたほうがいいと思ったので長々と書きました。

あなたの人生をハッピーなものに書き換えるきっかけは、常に今この瞬間でしかない。それがこのnoteに書いたルーティンです。そのきっかけが少しでもここにあれば幸いです。

バズ民総投資家計画は無理だとしても

ツイッター上ではガネーシャンとして気が向いた時にツイートしています。

このnoteの途中にも書きましたが、このnoteは読み手の現在の境遇や価値観によって、見え方が全く異なる性質を持った内容になっています。

ここまで書いたなかで、特に情報弱者がどういう形で食われていくのかという話を繰り返しました。

その未来に何が待っているかは予言でも何でもなく、人生の破綻に向かっている可能性はありませんか?という問いを込めて書いてきました。

あなたは情報の海に溺れていませんか?

あなたが今いる川の源流は、どこにあると思いますか?

あなたが自分でつくった(つくりたい)川は、どんな流れと合流しますか?

上手に泳いでるつもりでいる人ほど、ここに気づけないのが厄介なわけですが。

ひとつの人生の転換点として、このnoteは存在しています。

タイトルと見出しの通り。

今回、ここに書いてきたようなローレベルな情報世界とは違う、そんな入り口だけは投資家としての意地で準備しました。

これをあなたがどう思うかは自由ですが今回のnoteでテーマにした投資と投機の違いについては、人生レベルの破綻という話に落とし込んで、それなりに今の情勢を含めて凝縮した形で書いたつもりです。

何より情報弱者という立場に向けて煽るわけではなく、エールを送る形で厳しいことを言い続けたうえで、投資家の世界観の一部をショートカットで体験できることをテーマにしました。

総括

(削除)

これこそが、今回お話してきたnoteの内容のすべてです。

世界はあなたが想像している以上に大きいです。もちろん俺が想像している以上に大きい世界です。そして俺たちの人生って、なんだかんだ簡単なことって何ひとつないです。

背中に物理的な羽が生やせなくとも、羽ばたくための翼を求めて俺たちは生きてます。

その翼の正体は、お金の物差しじゃ絶対に測れません。

だって、あなたはお金に働かされることなんて絶対に望んでないし、俺も絶対に望んでいないし、これを読んでいない人も絶対に望んでいないんです。

俺たちが本当に望んでいるものって、実は最初からお金というものを超えていて、実際すごく純粋で清らかなものです。

大切な人の笑顔が見たい。自分の心に余裕を持ちたい。好きな人とおいしいご飯を食べて幸せだねって言いたい。ありがとうって言える人に、気持ちを形にしたプレゼントを贈りたい。

俺たちはきっと、そんな何気ない日常のなかで、ちょっとだけ背伸びできるような日々を歩いてみたいだけです。

それが金融の教育を受けてこなかった代償として、お金は人を操ったり支配できる道具だ、みたいな人になっているだけの話です。

ここまで読んでくれたあなたに向けて言います。

お金のために働くロボットになるのはもうやめよう。

これを読み終えた後。

今まで興味を感じていた情報商材や、興味をもっていた人、塾、コミュニティの情報をあらためて俯瞰するような感覚で眺めてみてください。

実は通話したなかで、ひとりだけゲスい商材屋もいたんですよね。相当ヤバい人だったんですが、もしこれ読んでたらDMしてみてね。

どういう立場だとしても、きっと踊る阿呆に見る阿呆の世界から距離を置いた視点にはなれると思います。

最後なので

包み隠さず書きます。

俺は外側の神を信じてません。信じ方が分からないというほうが伝わりやすいとおもいます。

もちろん、宗教については信仰の自由なので否定はしませんし、ここで幸せの定義をするつもりもありません。

ただ、俺の感覚を文字に起こすと。外側に神という存在を置いた時点から、その喜びも苦しみも全部が外側の現状によって支配されるようなコントロールされるような気がして。それは俺の都合じゃなく、誰かの都合によって人生が左右される、みたいな感覚です。

仮に、その人が今どんな環境や境遇であっても、すべての人が人であり、すべての動物や植物や鉱物が生命そのものであり、そしてそのすべてが神のような存在であると自分のなかで定義した時、俺はこの世界の設定が何となく腑に落ちました。

俺が知りうる神話のなかの神様は、人間以上にえぐい争いやってね?ってシンプルに思ったのが、ここに至った理由です。

大切なことって自分の外側じゃなくて、結局のところ自分の内側にあります。

今感じていること。過去に感じたこと。

今ある記憶。過去にあった記憶。

その全ては誰かの経験じゃなくて、自分にしか分からない、たったひとつの貴重な経験です。

あなたはこれから、何を目標にしますか?

俺たちは誰ひとりもれなく、ワクワクできるその一瞬一瞬、その背中には目に見えない翼が生えてます。

今伝えたいきもちを言葉にしたらレッドブルの広告みたいになりましたがw

俺たちは、誰もがそうやって生きることができる。俺はこれを読んでくれてる人より本当に才能なんてなかったし、中卒でギャンブル中毒で10代で借金アイフル~アコム~武富士~あと覚えてないくらいの人間でした。

そんな俺でも経済的、精神的な自由は獲得できました。

もし今ひとりで不安な日々を過ごしてるんだったら相談してみてください。もちろん俺じゃなくても「あ、この人いいな」みたいな、すごく子供っぽい感覚でいいです。

俺たちが大人になって忘れてしまったのは、きっとそういう合図というか、子供のころにはあった感覚や直感力です。大人は大人ぶった時から論理や理屈のなかでの論争ばかりになるので。

ただ、その直感が「お金稼げそう」になると、その直感には確実に濁りが生じます。その結果、相手もまた同じことを思っているということをニーチェは「深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ」と言ってるような気がします。

締まらない終わり方だけど、ここまででとりあえず締めますw






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