ボート競技を通じて共生社会の実現をめざす小原隆史さん(琵琶湖ローイングCLUB代表)
「漕志想愛」
滋賀にあるボート競技チーム「琵琶湖ローイングCLUB」の合言葉だ。“相思相愛”をもじったもので、漕ぐ志を持ったもの同士、相手を理解し合い、愛を持って想い合うという意味が込められている。
日本最大の湖「琵琶湖」には、一級河川だけでも117本、それ以外の河川も足し合わせると450本以上の河川が流れ込んでいる。一方、琵琶湖から流れ出ている河川は、明治時代に京都まで人工的に掘られた琵琶湖疎水を除くと一つしかない。瀬田川だけだ。瀬田川は琵琶湖の南端から流れ出し、京都府に入ると宇治川と名を変る。宇治川は京都府南部を緩やかに蛇行し大阪府との県境近くで、桂川、木津川という二つの大きな川と合流し淀川となって大阪湾へと注ぐ。琵琶湖から流れ出てすぐの瀬田川は、まだ湖の一部であるかのように川幅が広く流れも緩やかだ。
その緩やかな水面を競技用の手漕ぎボートが、ツーと静かに進んでいく。ゼンマイ仕掛けの玩具の様に前後左右で同じ軌跡を描くオールの動きが美しい。
波もなく長い距離が取れるこのエリアは、ボートの練習に適していて同志社大学や京都大学など近県の大学のボート部が艇庫や合宿所を構えている。県立の漕艇場もあり、国内最大の大会である朝日レガッタも毎年開催されている。まさにボート競技のメッカだ。
小原隆史さんが代表を務める「琵琶湖ローイングCLUB」も、瀬田川のこの場所を拠点とし2014年に始動した。ローイングはボート競技の別名だ。
「足に障がいのある長女にスポーツを経験させたくて、パラローイングと呼ばれる障がい者ローイングのクラブを立ち上げました。」
良く晴れた5月の日曜日、練習を見学させてもらった後、川沿いの木陰で小原さんに話を聞いた。
「障がい者にスポーツを教えてくれる環境が近くになかったので、自分で創るしかないなと。私は高校、大学、社会人の10年間、ボート競技をしていたので、ボートであれば自分でも教えられると思ったのです。」
と気さくに話し始めた小原さんは、ボートで鍛えたがっちりとした体格と日によく焼けた顔の持ち主だ。
パラローイングは、一人乗りのシングルスカル(男女)、二人乗りの混合ダブルスカルと、漕ぎ手4名とコックス(舵手)1名が乗り込む混合フォアの3種目がある。障がいの種別や程度で参加できる種目が決まっており、使用するボートや道具もそれぞれ異なっている。混合フォアは、漕ぎ手が上下肢、視覚、脳性等の障がい者(男女混合)とコックス(健常者も可)で構成される。
「まさに目指すべき共生社会の縮図になっているのです。」
一人乗りと二人乗りのスカルは両手で左右のオールを同時に漕ぐが、フォアは一人が片側の一本のオールを両手で漕ぐ。自分が全力を出しても反対を漕ぐ人と力の差があれば、真っ直ぐには進まない。さらに流れや風も考慮して瞬時に力を調整しないといけない。それを障がいの種類や力の違う男女混合で行う難しさがパラローイングのフォアにはある。しかし、それこそが見所であり、この種目の魅力になっている。
「メンバーがお互いの力量や調子を理解し合うために、大会にエントリーしてメンバーが決まると、その同じメンバーで練習し呼吸を合わせます。一人が強くても勝てない。全員が力を合わせないと勝てないので、ボート競技は究極の団体スポーツと言われています。」
世界もめざせる!!
選手が目標を持って取り組めるようにと、創立の直後から国内のレースに参加してきた。そして創立からわずか3年後の2016年に大きなチャンスが訪れる。
「琵琶湖ローイングCLUBの5選手がリオパラリンピックの日本代表に選ばれイタリアのガヴィラーテで開催された最終予選に出場したのです。 世界を目指して海外に行けるなんて夢がありますよね。残念ながら予選は通過できなかったのですが、選手にとっても、とても良い経験になりました。」
ガヴィラーテは、イタリア北部にある街で、スイスとの国境に近く冠雪した山々と湖の風景が美しい。そんな素敵な舞台で、世界の代表との競い合いを経験した選手たちは、夢と悔しさを味わい、顔つきも変わったという。
2021年の東京パラリンピックでも、琵琶湖ローイングCLUBから西岡利拡選手が日本代表として選ばれた。西岡選手は、もともとは琵琶湖ローイングCLUBの選手ではなかった。広島を拠点に練習していたのだが、練習環境がなくなってしまい、それ以降、琵琶湖ローイングCLUBの練習日には、広島から滋賀まで練習に通っている。
東京パラリンピックに出場した西岡選手(びわろーFaceBookより)
「西岡さんは、なんとしてもパラリンピックで活躍するという強い想いを持って練習に取り組んできた。あきらめない強い気持ちや練習に取り組む姿勢は、他の選手にとっても良い影響を与えてくれています。」
琵琶湖ローイングCLUBの選手は、年齢層や障がいの種類もバラバラだ。今は知的障がい者も多い。リオ、東京とパラリンピックを目指す中でレースに勝つための力をつけてきた琵琶湖ローイングCLUBだが、小原さんの目標はそこではない。知的障がい者を含む多くの人がスポーツそのものを楽しみ、スポーツを通していろんな人と知り合い交流する場を提供したいと考えている。そのため、様々な大会やイベントにも積極的に参加してきた。来年3月には、もっと多くの人がボートだけでなくカヌーやスタンドアップパドルボートなどの水上スポーツを気軽に体験できる施設の設立を進めている。競技で勝つためだけにクラブを運営しているわけではないのだ。取材日にも、練習に参加していたのは、経験の浅い知的障がいの選手がほとんどだった。
朝10時に集合した選手は8名。コーチが今日の練習内容や注意点を説明する。コーチは、小原さんの高校時代のボート部の同級生だ。選手たちは準備体操が終わると協力してボートを水際まで運ぶ。タイミングを合わせて水上に浮かべオールをセットしていく。無駄話をせず黙々と準備しているのが印象的だ。
セッティングが終わると一人ずつ乗り込んでいく。このボートは競技用のシェルフォアという漕手4名と舵手1名の計5名が乗り込む艇で、今日の参加選手がこれまで使ってきたボートよりもバランスが取りにくく難しい。選手たちの緊張を感じ取った小原さんは大きい声で言った。
「楽しんで!」
乗艇前にバランスのとり方を教える小原さん
見すえているのは障がい者が普通に活躍できる社会
障がいの内容や程度が異なったり、男女混合で、健常者も一緒に一艘のボートを真っ直ぐ進めるパラローイングの混合フォアを「目指すべき共生社会の縮図」と小原さんは表現した。
障がい者との共生社会のイメージとして、日本財団パラリンピックサポートセンターが全国の小中学校に配布しているパラリンピック教育の教材では、障がい者の周囲を健常者が手をつないで助けている絵と、健常者と障がい者が一緒に手をつないで輪を作っている絵を見せ、後者を目指すべき共生社会のイメージだと教えている。障がい者を特別扱いして助けが必要な存在とするのではなく、障がい者も健常者も一緒に社会を構成しているのが共生社会のイメージだ。小原さんもクラブを通じてそんな社会の実現を目指している。
「障がいの有無はクラブ内では関係ない。お互いがお互いを助け合う関係を目指しています。選手には、協調性を一番身に着けてほしいと思っています。障がいの有無に関わらず一人一人の違いや個性を理解し尊重し助け合うことが、社会で今一番必要で大切なことです。」
パラスポーツは障がい者専用のスポーツではない。もちろん障がい者だけの競技種目もあるが、健常者も一緒にプレイヤ―となる競技も多い。“きずな”と呼ばれるロープで伴走者とつながり一緒に走る視覚障がい者マラソンはその典型だ。入賞すると表彰台にも一緒に上る。「シッティングバレーボール」は健常者でも参加できる。臀部など体の一部を床につけておくのがルールだ。ルールを設けることで障がいの有無を無関係にしている。
2021年夏、東京パラリンピックが開催された。オリンピックに比べてテレビの中継は少ない。また放送されたとしても、パラリンピック選手のストーリーを、障がいを乗り越えて頑張っているという感動物語に仕立てて発信しがちである。しかし、それはまだ障がい者を特別な存在として扱っている。
「半径5mからとよく言われるが、まずは周りの人にパラローイングを知ってほしい。」小原さんは力を込めて言った。
競技を知り、ルールを知り、なぜそのルールがあるのかを知ることが障がいの理解につながる。勉強や研修で共生の考えを学ぶことも大事だが、一緒にスポーツを楽しんだり、観戦することで、その精神や感覚は自然と身に着いていくのではないだろうか。
「障がいがあるからと特別視されない。障がい者が自信をもって社会で普通に生活する。障害があるからこそ主役になれる。そんな場や機会を、私は用意するだけです。」
全員での練習後の片づけを終えたあと、選手とスタッフは集合して瀬田川をバックにFaceBook掲載用の集合写真を撮っていた。「漕志想愛」とプリントされたお揃いのTシャツを着ている。疲れの中にも充実感に満ち溢れた顔だ。「漕志想愛」の精神が、その表情を創り出しているのだろう。
その写真撮影の様子を少し離れたところから、小原さんは優しく見守っていたが、みんなに呼ばれて慌てて加わっていった。
琵琶湖ローイングCLUB (びわろーFaceBookより)
琵琶湖ローイングCLUB http://www.biwarow.jp/