見出し画像

「ありがとう」

電車が止まるまで座ってるだけなのに、なにこいつ邪魔、みたいな目で見られる世の中辛い。1列のエスカレーターで止まった時とか、とことん運動量減らしたい私にとって厳しすぎるんだ変える気はないから何も言えんけど。

あとあれ。私は歩くのが遅いから、先頭になるのも結構きつい。追い抜かせない狭さの道とか歩いてる時、先頭にいるとわーーん;;ってなっちゃうけど、そんな狭さの道を早く歩ける足をしてないもんで、いつもごめんなさいね、の気持ち。電車待つ時の先頭は、大好きだけどね。9割座れるから。

こんなに文句垂れてるけど、今日書きたいのは「ありがとう」の話。

最近(というか1年くらい前くらい?から)、私は「ありがとう」って言葉を、口に出してしっかり伝えるようにしているの。LINEのやりとりとかだったとしたら、スタンプじゃなくちゃんと文字で伝えるの。エゴだけど、ちゃんと伝えられてる自分に満足できるし、「ありがとう」を言われて不快に思う人はあんまりいないと思うから。

誰かが落としたものを拾った時、忘れたものを貸した時、場所を譲った時、質問に回答した時。色々言ってもらえるタイミングはあるけど、「ありがとう」って言ってもらえた瞬間に、全てのことが○○してあげた、になる気がして、相手のためになった感?がとても好き。

今思い出したことなんだけど、小学生入りたての頃、給食の汁物をこぼしちゃって、みんなが拭くのを手伝ってくれた時があったの。その時に、私はみんなに「ごめんね、」を伝えたの。そうしたら拭いてくれた人の1人が「なんで?ありがとうでしょ?」ってほんとに不思議そうにしてたの。良い子だったんだと思う。人に迷惑をかけた私、よりも、手伝ってくれた友達、の方が素敵だもんねー。

その事を忘れてたくらいだから、あんま関係ないけど、私は「ありがとう」を伝える事、伝えられることが、割と好き。でもね、最近の学校の授業で『「ありがとう」を伝えられることを不快に思う人』がいるってことを習ったの。なんで?って思ったの。でも、話を聞いたら納得はできなかったけど理解はできたよ。

あまり「ありがとう」を言わない文化の人からすると、直接伝えられることがなんかプレッシャーに感じてしまうことがあるみたい。私の文化では「ありがとう」と伝えるべき事象でも、そうでない人からしたら、わざわざありがとうなんて伝えて、次もそれをしろってこと?とか、恩着せがましかったかな?とか思ってしまう人もいるかもしれない。

私はそれを聞いて、「ありがとう」を伝えることをやめようとは思わなかった。でも、みんな嬉しいだろ、って思ってた私にとっては、不快に思う人がいるってこと自体がすごく驚きで、今までそう感じてしまってた人がいたかもしれない、なんてちょっと反省しちゃった。

一応その授業の中では、異文化をほとんど海外の文化として扱ってるから、どこの人はこう感じる、ここの人はこう感じる、とかって教え方をされるんだけど、私が「ありがとう」って言葉を好きなら、嫌いな人がいるかもしれない、って気づけた事は、良かった気がする。でもあまり惑わされないで生きたくはある。

今日もありがとうを素直に伝えられる人間でありたい。いってきます。

いいなと思ったら応援しよう!