資本主義のブタたちの戦い
【お断り】「財産、棘、指導者」の三題噺です。
(以下、本文)
実業家Aは言った。
「財産はガソリンだ。車に給油すれば、行きたい所、どこへでも連れて行ってくれる。急ぐ旅ならガソリンをケチケチすべきでないが、どんなに急いでいてもアイドリングストップしないなんて、もってのほかだ。短い信号だと分かっていても、こまめなアイドリングストップが大事なんだ。ちょっとでもムダづかいの癖を付けてしまうと、それをやめるのに大変な苦痛をともなうからね。何と言っても、私は私を信用して付いて来てくれる従業員の幸せを第一に考えているんだ。」
その後、Aが債務保証していた会社がいきなり倒産し、Aの会社も連鎖倒産した。銀行に担保として差し入れていた自宅も株券もみな待って行かれた。
実業家Bは自分の事業拡大に、あまり熱心でなかった。小さな家に住み、部長課長クラスにちょっと色づけしたくらいの役員報酬で満足していた。
その代わり、会社の利益の半分をチャリティにポンと寄付していた。株式を公開していないプライベートカンパニーだから、そんな無理が通ったのである。
案の定、Bは銀行筋から評判が悪かった。
「コツコツ儲ける堅実経営だが野心には欠ける経営者」と言うのは、ただの放漫経営者よりも厄介な存在だったからである。
銀行は慈善事業じゃない。「慈善ラブなビジネスマン」を測るモノサシを持っていないのである。
Bの会社は、さしたる規模ではなく、そもそもBの才覚一つで回っているような所もあったので、Bの死後、Bの遺族は従業員とも良く話し合った上で会社を畳んだ。
それで誰からも文句は出なかった。
Bの葬式には弔問客がわんさか詰めかけた。遺族が初めて顔を合わす弔問客も多かった。香典の額は大した事なかったが、とてもいい葬式だったと言う。
叙勲の話は出なかった。Bはそう言った下心が見え隠れする「社会的貢献」には至って不熱心だったのである。
「行列を作って順番に勲章待ちしてる人たちの列に、私なんかが割り込んじゃ失礼だろ」と、Bはホンネで話せる友人には白状していたと言う。
実業家Cはビジネスに全く関心がなかった。社長と言っても名ばかりの遺産相続人に過ぎなかったのである。
たまに会社に来ても、やる事と言えば従業員用トイレのトイレットペーパーの減り具合いのチェックぐらい。ただの後ろ向きのケチなので従業員の評判はサイアクだった。
こんなだから、良質な取引先は一人去り二人去りと言った状態だったが、かろうじて親の遺産を減らさずに済んだのはCがマメに資金運用していたおかげである。
Cの投資方針は安全第一だった。「投資しないのがベストな投資」がCの口癖だった。そんな調子でも、親の遺産にかかる金利分・税金分とインフレでの目減り分くらいは稼いだのだからオンの字だろう。
予想はつくと思うが、Cが死んだ後の相続はモメにモメた。結局、得をしたのは裁判の両当事者の弁護士だけだった。裁判所の和解勧告にガンとして応じない原告・被告は弁護士のいいカモなのである。
「ずいぶん棘(とげ)のある話をするねえ」と私はXに言った。
私に上記のコウシャクを垂れてくれたXは私の半身(はんしん)。そして私が憎んでやまない悪魔だ。ベターハーフどころかワーストハーフだ。
Xは、いつもの含み笑い。殺したくなるほど厶カつくやつだ。
X大先生いわく、「もしも君が求職中だったら、A、B、C、どの社長の下に付きたい?」
「そりゃAだ。自分の後ろにいる部下を気づかいつつ前へ前へと進む、私の好きな指導者タイプだよ。ついでに、もう一つ。Aはケチだ。ただし、Cとは違って『攻めてるケチ』だ。前向きなケチは指導者の美徳だよ。」
「そんなAに付いて行けなくて、黙って去った者たちも多いと聞くぞ。」「そりゃ、しょうがない。Aはナマ身の人間集団の指導者なんだから。地道に勤勉に働く99匹の羊をほっぽらかして、怠け者でロクデナシの1匹を探しに行くのは神さまの仕事だ。社長の仕事は出来るだけ多くの取引先と出来るだけ良好な関係を築き、出来るだけ多くの従業員を出来るだけ幸せにする事だよ。」
「と言いつつ、Aは自分の会社をツブしちまったじゃないか。」
「それも、しょうがないよぉ。常勝の将軍なんて、いる訳がない。戦争は勝ったり負けたりするもんだ。どんなに慎重派の指導者でも、大きく負ける事はある。」
「ビジネスは戦争だと?」
「私はそう思ってる。」
「そんな考え方してるから、君は会社にいられなくなったんだぞ。もっと仕事を楽しんだらどうだ。」
こいつ、やっぱり殺してやりたい。もっとも、こいつを殺したら、もう半分の私もオダブツなんだが。