バレエ小説「パトロンヌ」(38)
KAI暦11年
「バレエK」は、ロイヤルを退団した男性ダンサーたちを核として、公演ごとに異なる女性ダンサーをゲストに迎えつつ、「メールダンス(male danse)=男性のバレエ」の多様性と可能性を視野に活動を開始した。バレエ公演といえば、4、5回もやれば多い方だというのに、バレエKはファーストツアーから2ヶ月にわたっての全国公演を敢行。15箇所20公演を打ち、見事成功させた。公演数を多くするのは、ダンサーに報酬を確約するためである。一見当たり前のように聞こえるかもしれないが、日本では「お稽古事の延長線」として、公演と銘打っても「おさらい会」並みに、出演者にチケットノルマがあることが多い。バレエダンサーという職業を持つ者の矜恃として「出演者に安定的な報酬を出す。なぜならプロのダンサーだから」は、日本でバレエ団を設立した甲斐の掲げる目標の一つであり、日本のバレエ界への意識改革・職場改革の一環でもあった。
最初のツアーはメンバーそれぞれの個性を生かした小品を7つ組み合わせての公演だったが、半年後のツアーでは3作品にしぼる。そのうちの1つが「シンフォニック・ヴァリエーションズ」だ。ロイヤルバレエが大切なレパートリーにしているフレデリック・アシュトンの名作。リカは、ギリシャの神々を彷彿とさせる白い衣裳の男女6人が踊るのを観ながら、まるでロンドンのオペラハウスにいるような錯覚に陥った。ロイヤルを脱けたとはいえ、そこに醸し出されるロイヤルの薫り。それはとりわけ、女性のゲストダンサーとしてダイアナ・ドーソンが加わったことも大きいように思えた。「D D(ディー・ディー)」の愛称で長くロイヤルのプリンシパルとして輝き、甲斐が入団してからは様々な作品でパートナーを組んだ彼女は、選りすぐりのダンサーというだけでなく、甲斐との相性が抜群だった。彼も彼女も、安心して体を預けているような気がしたのだ。一時は恋人同士でもあった2人。別れた後も、互いを尊敬し合う良い関係にあると漏れ聞く。
そしてこのペアが、バレエKの次の公演で、再び実現することとなった。(つづく)