バレエ小説「パトロンヌ」(47)
「遊び」と思って付き合っていた娘が、自分のついたウソを受け止めきれず、錯乱して死んでしまった時、王子アルブレヒトは自分のしでかしたことの大きさにおののき、生まれて初めて「取り返しのつかないこと」に対して後悔をした。一方、悲しみの中で死んだ娘は、それでも王子を恨みきれず、王子が亡霊たちにつかまって踊り死にさせられそうになると、身を挺して助けようとする。
「この人の代わりに、私が踊ります!」
本来であれば、ウィリになったと同時に前世の記憶を無くすはずなのに、ジゼルは恋を忘れない。その思いの強さは、黄泉の国の掟までをも打ち砕いてしまったのだ。ジゼルの霊はアルブレヒトをかばい、二人は代わる代わる踊りつづける。やがて空が白み始め、亡霊たちは慌てて去っていった。
王子は死なずに済んだのだ。
ジゼルの献身に、王子は確信する。これこそが真の恋、彼女こそが自分が求めていた最高の恋人だと! ……しかし彼女もまた、夜明けの光とともに消えてしまう。彼女を死なせたことは、厳然たる事実。それをなかったことには、できない。
「ジゼル」は悲劇だ、とミチルは思った。
王子は2度、ジゼルを失ったことになる。1度目の喪失は、思いがけない「衝撃」。しかし2度目は、心底惚れた女をもぎ取られてしまった。朝の光の中、ジゼルの墓の前で泣く王子は、抜け殻である。
ところが次に見た「ジゼル」で、甲斐は見たこともないアルブレヒトを演じ、ミチルを驚かせた。それは、やはりあの「花占い」の場面から始まる。花びらの枚数を数え、「叶わない」で終わると知ったジゼルが落胆すると、アルブレヒトはその花をわしづかみにして奪い、なんと握りつぶして放り投げてしまった。
「花占いなんて、そんなものやめようよ。迷信だ、当たらないよ」
その後2人は腕を組んで楽しそうに踊る。その振付はこの前と全く同じだったけれど、甲斐が扮するアルブレヒトの微笑みにはどことなく哀愁が漂っていた。ジゼルには「当たらないよ」と言いながら、実は彼にはわかっている。
ーーこの恋は、実らない。
なぜなら自分は王子だから。それは、運命だから。
不吉な花占いを、彼は一瞬で遠ざけた。しかし、運命は正確に2人の跡を追いかけてくる。(つづく)