バレエ小説「 パトロンヌ」(48)
運命が2人を引き裂くその瞬間まで、この幸せが永遠に続くと信じたい。諦念の影を背負いながら、アルブレヒトは幸せをできるだけ引き伸ばそうとした。ジゼルを傷つけたくない。このまま永遠に幸せでいたい。
……だがヒラリオンが角笛を吹き、婚約者バチルドが現れ、すべては終わりを告げる。バチルドが手を差し伸べると、アルブレヒトは苦々しい表情を露わにした。その表情のまま彼女の手をとり機械的に唇を近づけるも、そこに愛はない。愛想もない。単なる儀礼だ。
ーーあなたは私の婚約者かもしれない。でも、私の恋人ではありません。それは、あなたもご承知ですよね。
無表情で無感情な目つきは、そう断言するかのごとし。
(ジゼルを愛している。身分も家柄も関係なく、ジゼルを愛している。彼女だけを! 親同士が決めた婚約者なんて、なんとも思っていない。)
しかしアルブレヒトの心の叫びはジゼルには聞こえない。ジゼルは絶望し、発狂し、息絶える。
アルブレヒトがジゼルの墓を訪れるのは、最愛の人を失ったからだ。彼女を守れなかったことへの懺悔。恋人一人救えない自分の非力さ。王子である自らの不幸を思い知り、運命を呪う。
そんなアルブレヒトの前に、ジゼルの霊が現れる。彼女はどこまでも優しく、そして強く、ウィリたちにとり殺されるはずの王子の運命さえも変えてくれた。
ジゼルの墓の前で王子が目覚めた時、すでにジゼルは消えていた。だが、王子の心は満たされている。
(私がジゼルを愛するように、ジゼルも私を愛してくれていた。
そして私の胸には今もジゼルがいる。私はこれからずっと、彼女を愛し続ける!)
舞台とは不思議な生き物だ。音楽も同じ、衣装も振付も同じ、演じ手も同じなのに、こうも印象が変わる。王子はジゼルを失っていなかった。2人の愛は永遠だ。あれほど「悲劇」と思っていた「ジゼル」が、胸を熱くするほどのハッピーエンドに思えるとは!
しかし甲斐のアルブレヒトはさらに変容する。バレエKが古典の全幕物に取り組む最初の作品に、「ジゼル」が選ばれた。甲斐は芸術監督として、演出にも関わることになる。ミチルは狂喜して公演を待ちわびた。(つづく)