バレエ小説「パトロンヌ」(24)

 第二幕は、ソロルが夢の中で、影の王国つまり黄泉の国をさまよい、死んだニキヤと出会う段である。静かで起伏のない穏やかな調べにのせて、白いチュチュを着たコール・ド・バレエが、連なりながら一人、また一人、と登場する。一見単調な繰り返しではあるが、リカの心は真夜中の海にゆっくり潮が満ちてくるように、少しずつ、少しずつ、高まっていった。
(これは恋の葬送曲なのね。お弔いの行列が延々と続く……)
 あるいは、かぐや姫を迎えに来た、天女の列にも見える。下界の煩悩とは切り離され、感情のうねりを感じさせない、それでいて月の光のごとく凛とした音楽と踊り。
(いずれにしても、一つの恋が死んで、その魂が天国に迎えられる……)

 同じニキヤとソロルのパ・ド・ドゥであっても、第一幕で見られたような目くるめく熱情はなかった。ただどうにもならない運命(さだめ)の中で、それでも好きだ、という感情が行き場を失い、しみわたるように広がっていく。
 二幕のラスト、ソロルはニキヤを高々と掲げ、この世で結ばれなえなかった女への償いを果たしたようにも見える。が、抱き上げられたニキヤの瞳が、再び悦楽に潤むことはなく、固く結ばれた口もとは、彼女が決してソロルを赦していないことを物語っていた。

(私は、ヒロを赦しているだろうか。いや、赦してはいない。では、もう愛していないのだろうか。……いいえ、まだ愛している。心がこんなに締めつけられるのだから)

 あれから3ヶ月。ヒロからは連絡一つない。ここまま何の弁明もなく、謝ることさえせずに済ませるつもりなのか。
(それは、罪の意識があるから? それとも、もう私の事なんか、どうでもよい存在になってしまったの?)

化粧室に行っていたアデルが席に戻ってきた。まもなく第三幕が始まる。(つづく)

 


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仲野マリ
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