2023/11/28
ひんやりとした空気がうっすら身体を包み込むんでいるのを感じて、ゆっくりと瞼を開ける。いつの間にか日は沈み、独り暮らしのワンルームは暗闇に包まれていた。窓の外から僅かに入り込む街頭の光が、夏とは打って変わって物がごちゃごちゃとしてきた部屋の様子をほのかに浮かび上がらせていた。
ゆっくりと体を起こし、枕元に置いてあったリモコンで部屋の明かりをつける。時計は午後7時を回ったところだった。
「……腹減ってないな。」
いつもなら夕食はどうしようか、飲食店の営業時間を気にし始める頃あいだが、あいにく胃袋は食べ物を欲していないようだ。朝が苦手な私には、夜は長くて楽しく、また寂しいものなので、食はその寂しさを埋める役割を担っているわけだが、それができないとするとさてどうしたものか……。
とりあえずベッドから這い出て、瞼をこすりながらジッポとアメリカンスピリットを手に取る。窓を開けると、外からはいつの間に降ったのか、雨に濡れたアスファルトの匂いと、そのせいで今の季節には似つかわしくない、生暖かさを感じさせる風がのろのろと吹き込んできた。
屋根のあるベランダはほとんど濡れておらず、ホームセンターで買ってきた椅子はしっかりと乾いていた。どかっと腰を下ろし、ジッポの火をつける。
ゆっくりと煙を吸い込み、目覚めの一本を味わう。鼻腔をくすぐるオーガニックな香りと、のどが緩やかに焼ける感覚。まずくはないが、私の好みではなかった。
「これもまた勉強か。」
この後の予定に、コンビニでの買い物が加わった。不思議なもので、自分好みの煙草はいくつか見つかっても、初めて吸ったキャスターホワイトは、いまだに自分の中で不動の一位に位置する煙草のままだった。
「次はラキストでも試すか。」
誰に聞かせるわけでもなく、虚空に向かってぼそりとつぶやく。そうして無意識に、自分の心を蝕む孤独を和らげようと、本能がそうさせているのだろう。知らんぷりを決め込む虚無を、ジトっとした目でにらみつける。
仕事は最悪だ。日に日にできることが増えていき、それにつれて責任が増え、新しく入ってくるバイトに、辞めていくバイト。こんな歳になって、比例と反比例なんて言葉を思い出すことになろうとは。数学も大嫌いだ。
世の中には楽しいことが山のようにある。が、それを覆いつくす「嫌なこと」が、生活の大半を占めているのが現実だ。そんな日々が、これからも続いて、道の先が見えないことが、こんなにも重苦しくのしかかってくる。うんざりする、という言葉も忘れるくらい、ひとしきりうんざりしきっていた。
灰が落ちた。手元に残されたフィルターからは、弱々しく煙が立ち上ってベランダの外に流れていく。今の私は、こんなふうに頼りなく揺れる煙のように見えるのかもしれない。一体どこに向かって流れていくのだろう。
「よいしょっと。」
掛け声をだすと立ち上がりやすい。そんな事実に気づき、またげんなりする。が、立ち止まっている暇はない。動き続けなければ、ヒトとマネキンの区別もつかないような得体のしれないモノに成り下がってしまう。
孤独を詰め込んだ部屋を後にして、夜の街へと繰り出した。
明日を生きる理由はどこに落ちているだろう。