【D&D】『赤い手は滅びのしるし』64・54日目 邪竜の神殿(7)

* * *

 宝箱の中身も手早く回収しつつ、先ほどの戦司祭轢殺現場……一つ目の祭壇の間へ。焦げた肉と、鋼と拳でぶちまけられた血とそれ以外の内容物との混じった酷いにおい。もちろんその発生源であるところの死体(原形止めていないもの多し)が大変に凄惨な有様です。

「きゃらの!だれがこんなひどいことを!」
「おまえだおまえ」

「うむ、すると……残りはこの竪穴か」

 祭壇の奥の天井にある、高い高い穴。上までは100フィートもありましょうか。穴の向こうでは、なにやらちらちらと瞬いているのが見えますが、不気味なのは、

「音がしねぇんだよな……どう思う?」

 手を二つ、耳の後ろにかざして穴の向こうの様子を伺っていたバッシュが、(何にも聞こえない)とかぶりを振って、私たちに意見を求めました。

「まあ、行ってみるしかあるまい」

 自分のHHH(ヒューワードの便利な背負袋ハンディ・ハヴァサック)から、全員、示し合わせたように魔法の薬を二本。ジョンなどは、人差し指と中指、中指と薬指にアンプルを手狭み、親指で封蝋のかかったコルク栓を手慣れた具合ではじき飛ばします。

「これがないと始まらないからな」

 『飛行薬』の効果で、ふわりと風をまとうと、続けて『透明薬』を飲み干します。私の視界からは、《透明化看破シー・インヴィジブル》の効果で、「透明でありながらそこにいるのが見える」という重ね合わせ状態になるのですが、じゃあどんなふうに見えているんだと問われると、ちょっと説明しづらいものがあります。《かすみブラー》のように霞むわけでも、《ちらつきブリンク》のようにちらつくわけでもないので、やはり「透明なものがこの目に見える」という説明にならざるを得ません。

 あ、目を凝らすと、ちゃんと色とか形とかははっきり見えるようになるんですよ。

「行こう。おそらく最後の戦いだ」

 全員頷いて、そっと上昇をはじめます。

 100フィートきっかり上昇すると、そこに開けていたのは、差し渡し5~60フィートはあろうかという、『縦に置かれた卵』型の部屋でした。部屋の周囲は少しばかり高い回廊があり、先ほどの礼拝堂同様のアルコーヴが5つ。それぞれのくぼみに、爛々とした目で祭壇を見つめるブルー・アビシャイが。

 部屋の中心には、一段高くなった祭壇。周囲から、竜の首が五つ、いまにも動き出さんばかりの迫力で、上に向かって“かっ”と顎を開いています。それぞれ赤青黒白緑の竜の相を実によく表しており……祭壇には、巨大な戦鶴嘴ウォーピックを背負った青い鱗の偉丈夫。黒い竜の鎧、足元には赤い竜の盾。顔こそ見えませんが、間違いありません。あれこそは竜魔王、アザール・クル!

 しかし頭上には、なんということでしょう、すでに膨大な魔力が水銀のように天井の丸い高みを満たし、ぐるぐると渦巻き泡立ち波打っています。魔力が騒ぐのは、すでに十分なほど薄くなった次元の壁を透かして、地獄の悪魔がこちらへ来ようと腕を伸ばし、次元の裂け目に爪を立て、禍禍しい巨体でこの世の理を押し破ろうとするから。魔物たちの背景は、轟々と吹きすさぶ魔風、渺茫たる荒野、吐き気を催す硫黄の匂い(内陣までその匂いは漂ってきています)。

(あれは九層地獄第1階層、アヴェルヌス!!)
 サンダースが驚きのあまり呟きましたが、それは誰の耳にも届きませんでした。
 途方もない数の悪魔が、今や遅しと竜魔王の儀式の完成を――門の解放を待ち望んでいるのでした。

 その悪魔の軍勢の最奥にいるのは。

 おお、おお、あれこそは“万色の大悪竜”“破壊の女王”ティアマト!!この邪竜の神殿のそこここに飾られた姿そのままに、いえ、あれら彫刻家芸術家彩色家たちの華々しい作品も、あの大邪竜のほんの一部を表しているだけにすぎませんでした!なんという強大さ、なんという魔力、なんという殺気!!

 そしてティアマトは、五つの顎全てを大きく開き、耳を聾せんばかりの怒号を、……放ったかのように見えました。

(……!!音が?!)

 そう、卵型の祭壇の部屋――内陣、と呼びましょう――には、一切の音がありませんでした。

(《沈黙サイレンス》か。厄介な)

 あらゆる音を遮断する、沈黙の壁。彼、アザール・クルが高度に複雑で危険なこの儀式に集中するために、この内陣を邪悪の聖域として《沈黙サイレンス》の魔力を固定させたものなのでしょう。

 皮肉なことに、アザール・クルとアビシャイたちは、《沈黙サイレンス》と強い地獄の匂いのために私たちの侵入に気づけず、その恐るべき儀式に没頭し続けていたのです。

(下!穴でなら呪文使える!!)

 ハンドサインで穴へと退避する私たち。内陣の《沈黙サイレンス》のために、こんなに近くで呪文を唱えても、彼らに気取られる心配はありません。さあ、アローナよご照覧あれ、我ら“アローナ急行”の戦い振りを!

「3」
「2」
「1」
「《呪文払いディスペル・マジック》!!」

 ジョンの呪払ディスペルが、この戦いの幕開けとなりました。

『何奴!!』

 復活した音に、侵入者を察して振り返る竜魔王アザール・クル。しかし返事をするものはなく、代わりに、

「《衰弱光線レイ・オヴ・エンフィーブルメント》」

 サンダースの《衰弱光線レイ・オヴ・エンフィーブルメント》が零距離で炸裂すると同時に、バッシュが背後から討ちかかり、姿を現します。しかし敵も然るもの、その恐るべき一撃をがっきと赤竜の大盾で受け止めました!

『?!』

 ですがここでアザール・クルの目に、驚愕が浮かびました。平時なら確実に受け止め、小揺るぎもしないはずの盾は、バッシュの膂力に明らかに力負けしているではありませんか。

「《衰弱光線レイ・オヴ・エンフィーブルメント》、威力絶大ってことだな」

 ジョンがにやりと笑いました。

『竜魔王様!!!』

 周囲にいたアビシャイたちが、サンダースとバッシュに殺到します。

「自立モード起動!プログラム・ドライブ!!おぷてぃます・ぷらいむ発進ーん!!」

 クロエがコンボイに、“食ってよし”のサインを出しながら鞍を飛び降ります。あれ、“ぶっころ☆”だったかしら。全部同じに見えるんですけど、まあ通じ合ってるようだからいいですよね。コンボイは早速、アビシャイの一匹に猛烈な攻撃を開始しました。

「そして《招来サモン》!!クロエが歌えば嵐を呼ぶぜ!!」

「《祝福の野エリシュオンよりすみやかに来たれ善の守り手よ!!いと麗しきアレネストラとの古の盟約に従いて、我らとともに戦い給え!!》」

「うわあ、クロエに続いてアルウェンまで召喚術を。俺の立場はー?」
『なにをいまさらー』

『くっ、おのれ!!』

 アザール・クルが短く咒を唱えると、……消えてしまいました。

「《帰還の咒ワード・オヴ・リコール》か!くそ、逃げられた!」

「いや、ここがやつの本拠である以上、おそらくはこの神殿のどこかに転移しただけのはず」

 あのエリニュスの部屋かしら。隣を見ればクロエも同じことを考えたようで、『ザマミロ!』って表情をしています。

『いと優しき森の女神を奉ずるものよ、古の盟約によりガーディナル・アヴォラル、英雄の島アヴァロンより来たり。悪を討つ戦い也や?』

 私のそばに、腕の代わりに白鷲の様な翼を持つ来訪者、アヴォラルが現れました。なんと、あの名高きアヴァロンからとは!

「はい、アヴォラル。私たちとともに戦ってください!コンボイに援護を!」

『心得た』

 しゅう、と鳴らされた低い口笛が、そのままいくつもの魔力の矢となってアビシャイに直撃。

「えー、吐く息が《魔法の矢マジックミサイル》? ……そうか擬呪能力かっ。アルウェン、そいつズルくね?」

「『祈祷の蝋燭キャンドル・オヴ・インヴォケーション』のおかげですよ。本来ならまだまだ呼べないはずの英雄ですから」
「ちょいまち。今なんて?」
「『祈祷の蝋燭』のおかげです、と」
「……おいくら?」

「きゃらの!いっぽん8,400gp!デノヴァーでいっこだけ売ってたから、バッシュに買っとくように頼んでた!!」

「アヴォラルー!!!おまえ1分招来すんのに8,400gpもかかってんだからなー!!!口からミサイルじゃ手ぬるい!火を噴け火を!!」

『火は無理だが、雷撃なら』

「噴くのかよ!!!」

「キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!」

 クロエが踊りだしました。……内陣に、風?  するすると、風がどこからか吹きつけてきます。にわかに、風は渦を巻いて、

「《大精霊招来サモン・グレーター・エレメンタル》、完成!!
 竜巻たつまけ、超大型エア・エレメンタル!!」

 かなり高いはずの天井の魔力の湖に届かんばかりの、これまた巨大な竜巻が内陣に出現しました。見上げるほどの、そう、50フィートはあろうかと言う大きさです。

「ちょ、超大型!くそっ、ついにクロエに先を越された!!」

 常日頃から「あー、超大型エレメンタル召喚できるようになりてぇなー」と言っていたジョンですから、これはかなりショックに違いありません。ですが、ジョンは笑っていました。

『くやしくなんかないもんねー』
「おうとも!バッシュ!そこに陣取っとけ!コンボイ!回廊に上がるんだ!」
「おう!」
 Wooh!!

 コンボイへの指示は、クロエが中継してるわけですが、なぜに祭壇と回廊の間の通路を空けるのですか?……その答えは、すぐに明らかになりました。

「ありがとジョン!!竜巻!前進してアビシャイを吸い込め!!」

 ごう、と強い風が吹き、竜巻がアビシャイの一匹を巻き込みました。

『ギエェエェェ!!?』

 凄まじい勢いで振り回されるアビシャイ。竜巻の中で姿勢など保てるはずもありません。つむじ風に捕らわれた、くるくる回る枯葉よりも無力な有り様です。

「目の前を通り過ぎるときに斬りつければいいわけか。反撃も無理、と。うむ、これはいい」

 祭壇の周りの通路をぐるぐると移動する超大型エアエレメンタル、次々と竜巻に巻き込まれていくアビシャイたち。――竜巻は移動してはアビシャイを巻き込み、巻き込まれたアビシャイを外側からバッシュとサンダースが斬って捨てます。

『これは、酷い』
 アヴォラルが呻きました。うん、空飛ぶものとしては、確かに悪夢のような光景ですものね。

「命名!超大型エアエレメンタル、“ダイソン・サイクロン”!エルシアでただひとつ、吸引力の落ちないそうじき!」
 クロエ、超ノリノリです。

 ……そのとき、穴の底から、呪文の声が聞こえてきました!!

* * *

いいなと思ったら応援しよう!