【D&D】『赤い手は滅びのしるし』65・54日目 邪竜の神殿(8)
* * *
『《対生命体防御殻》のようだ』
アヴォラルが呪言を聞いただけで、そう看破りました。
「うむ、生命体を寄せ付けぬ完全防御壁だな。おそらくアザール・クルだろう」
サンダースがアビシャイを始末する傍ら、そう補足します。
「きゃらの!コンボイで殴れないじゃん!ズルっこだ!!」
「その呪文はかなり面倒だ!安全地帯に引き篭もって、その隙に強化呪文で戦闘力アップする気だぜ!!」
「アヴォラル、お願いします!」
『心得た』
翼もつ英雄はひらりと穴に飛び込みます。風を切る音が遠のいて、すぐに《呪払》の口訣が聞こえてきました。そしてよく通る声での報告。
『やはり先ほどの竜の司祭ぞ!残念、呪払は弾かれた!!』
「しゃべれる召喚生物、便利だなアルウェン」
「便利ですね。こういうことになるとは思いもしませんでした」
「瞬間移動系の能力は使えなくなるんだけどな、召喚されっと」
「え、そうなんですか?」
知りませんでした。危うく《次元扉》を戦術に組み込むところでしたよ……
『《聖域》を唱えよった!何とする、あるじよ!』
「逃がさないで!すぐに向かいます!!」
超大型・風の元素精霊の助力もあって、4体のアビシャイの始末には殆ど時間がかかりませんでした。
「さらば“たつまきサイクロン”!いいそうじっぷりだった!」
クロエが風の元素精霊を解放します。巨大な竜巻は、現れたときと同様、するすると解けてそよ風に変わり、消えていきました。
『次は《透明化》だ!あるじ、聞こえたか?!お主同様透明になったぞ!』
「透明化を見破れますか?」
『造作もない!《透明化看破》!!』
下からの報告を受け、竪穴へは、まずはバッシュが。続いて、クロエを乗せたコンボイが、《飛行》の効果で自在に滑空し、そのまま竪穴へと突入します。
私とジョンもあとに続きました。そしてジョンは穴の真下へ着地し、私は穴から逆さに顔を出しました。ちょうど、井戸から顔を出しているような格好ですね。天地さかさまですけど。
「きゃらの!アルウェン逆立ち状態!」
「遮蔽を取って見ましたー」
二度の逃走はさせません、とばかりに取り出した《次元移動阻害》の巻物。透明だから普通なら読めないはずですが、ちゃんと《透明化看破》を用意してありましたので安心です。
「ちがうちがう、アルウェン!その格好じゃスカートまくれちゃう!はいてないのがまる見えになちゃーうYO!!!!」
「押さえてます!隠してます!ていうかはいてないとか言わない!それにもう上には誰もいないから見られたりしません!!!」
「……あー、うむ。司祭司祭。まだ私が上にいたのですよ」
咳払いをしながら、私の背後をゆっくり降りていくサンダース。視線は斜め下、顔をそむけて目を合わせない方向にしつつ、剣は邪魔にならないよう肩に乗せて、ええと。どうしてこういうとき、時間はゆっくり流れるんでしょう。
「きゃらの!!サンダース、見たか!見えたか!!」
「ああいや、うむ、見てない。見えなかった、透明だったしな」
「なんだー、ちゃんと見ておけよサンダースぅー。自前で《透明化看破》使ってるだろー」
あの子には一度きちんと話をしなくては、と考える私のほほが熱いのは、逆立ちしてるからだけじゃないと思います。ううう、は、恥ずかしい。
『なかなかの術者だ!呪払がまるで通らん!』
「アヴォラル!《呪払》はあと何回使える?!」
ジョンが若干の焦りを見せて善なる来訪者に呼びかけます。
『必要とあれば、何度でも!私たちは魔法とともに生きているのだ!!』
「《呪払》まで擬呪能力かよ!!なんてずりー生物なんだガーディナル!!」
「いいかーコンボイ、呪文が破られたら飛び掛って組み付くぞー」
烏哺、とコンボイが肯きます。
「なるほど、それはいい」
バッシュがアザール・クルの背後で全力攻撃の構えを取ります。戦鶴嘴と、斧盾を左右に、そして偃月刀を頭上に高々と。
「そうだな、絶対に逃がさん布陣だ」
「《次元移動阻害》準備よしですよ!」
『き、貴様らっ、舐めおって、この竜魔王を舐めおって!!《呪文抵抗》!!』
この期に及んで、防護呪文。竜魔王は本気で全力を尽くすつもりのようです。が。
『《呪払》!!!!』
「《対生命体防御殻》破壊!
《透明化》破壊!
《呪文抵抗》破壊!!
《衰弱光線》残存!!
サイコーの結果だぜアヴォっち!!!」
『有難う勇士よ。これで8,400gp相当の仕事には足りただろうか?』
「十分すぎてお釣りが来る!!」
「理よ、敵の身を此の世に繋げ!!《次元移動阻害》!!」
「わおわおわおー!!!」
私の《次元移動阻害》とコンボイの組みつきが同時。
バッシュの猛烈な一撃と、自らに打ち込まれたハーンの戦鶴嘴の激痛よりもなお竜魔王を恐れさせたであろう、バッシュの睨め付けがその次に。アザール・クルが息を呑む声がここまで聞こえました。
「……うむ、そうだ。その位置がいい」
逃れようともがくアザール・クル、4つの腕で押さえ込もうとするコンボイ。その正面に立ったサンダースが、アザール・クル目掛けて突進しました。勢いをつけて叩き込まれるサンダースの魔剣、噴き出す竜魔王のどす黒い血液。
『お、おのれ!おのれーっ!!!』
「うわあサンダース、まるで悪党ー」
「心外な。押さえつけているのはコンボイであろう」
『ではあるじ、私は《魔法の矢》を』
「許可します」
容赦なく打ち込まれる魔力弾。もがく竜魔王が、自分の鎧の脇を捻り、なにかをむしりとりました。……鎧を止める……あれは、革紐?
遮蔽を取ってまで警戒する必要はないと判断し、空中でくるりと身体を捻って脚から着地。アヴォラルの隣に立ち、様子を見ることにしました。
『ふーむ。革紐は脱出術の物質構成要素だ。《移動の自由》で組みつきから逃れるつもりであろう』
「呪文の解説まで!ていうか俺の台詞!!!」
「させませーん。コンボイ、絞れ!!!!」
『ゴア!ゲア!!アア!!あ!!!はひ、ひぎぃ!!』
内陣で足を止めて勇敢に戦っていれば、もう少し楽に死ねたのでしょうが……因果応報、ということでしょう。彼の起こした戦で、何人もの罪無きひとびとが死に、いくつもの森が焼かれ、敵も味方も無数の命が奪われたのです。
ですから、敵将の最後から、私は目をそらすことをしませんでした。
重要な骨のねじ切れる、鈍い音。
「アザール・クルジュース、できたよー☆」
竜魔王の命が尽きた瞬間、ずん、と神殿が揺れました。
* * *
魔力の塊に変換され、四散するアザール・クルの死体。頭上、内陣からは、穴を通して、轟々となにかが吹き荒れる音。そして一層強くなる硫黄の匂い。アザール・クルだった魔力の筋は、やがて一束になって穴を上に上っていきました。
そして、穴の真下にしっかりと影を投げかける程の強い閃光が、内陣に炸裂しました。
神殿はまだぐらぐらと揺れています。というか、山そのものが揺れている?!
『いかん、次元界面が不安定になっている』
「どういうこった!!」
『門は閉じられた。儀式は失敗に終わった。だが、儀式のために用意された魔力は残った。計画を邪魔された彼女は、自らの計画を台無しにした不届き者を懲らす為に其の魔力を使うつもりだ!!!』
「なにー!!」
『“破壊の邪竜”“地獄の女王”ティアマトだ!彼女の怒りを体現する“影”が顕現するぞ!!逃げるのだ勇士よ、退却は恥ではない!!』
「……ありがとう、アヴォラル。でもその解説、逆効果」
「きゃらの!やっぱり二段変身だったか!」
「や、もう、しょーがねぇなあ」
「……悪竜ならば、斃すまで」
「うむバッシュ、いい面構えだ」
アローナ急行は、敵の名前を聞いてやる気いっぱいです。地鳴りは止み、神殿の揺れも治まりつつあります。
『?!……なるほど、征くのか勇者よ。では忠告と祝福を。ティアマトの首は5本、竜の息は絶えず噴き付けられるものと心得よ!ではさらばだ、アローナの勇者に誉れあれ!!』
アヴォラルが祝福を授け、元の次元へと還ってゆきます。私たちは空を駆け竪穴を飛び、内陣へと突入しました!!
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