【D&D】『赤き手は滅びのしるし』43・42日目 ブリンドル(5)
* * *
(収穫月――落果の月の朔日、星の日。日記42日目)
「見えた!」
翌日のクロエの《念視》は、男の姿を水鏡に確実に捉えました。黒装束は締め切った廃屋の中で、身を丸くして夜が来るのを待ち構えています。
「ここ、どこだろう。カメラさん、引いて引いて」
「周りは箱だらけだな。箱……いや、もっと大きい」
「箱と言うより……」
「棺桶」
全員、顔を見合わせました。ブリンドル広しと言えども、棺桶屋は唯一つ。
「すぐそこじゃん!!」
「うむ、それならば」
サンダースが《不可視視認》を。私は前衛のふたりに《信念》の呪文を。ジョンがワンドで《魔術師の鎧》を。
「万全!一気に畳む!」
「おう!」
5分後、私たちは棺桶工房の前にいました。
「いるとすれば少人数、室内に罠の可能性は低い。発見したら決して逃がすな!」
* * *
2階に突入したバッシュとサンダースは、その広い二階の奥に2人のゴブリンソーサラーが身をかがめているのを見つけました。
「やはりな」
サンダースの読みどおり、敵は透明化呪文で身を守るつもりだったようです。しかし、ここは私たちの準備が効を奏しました。足元の悪さでのろのろと進んでくる冒険者に、見えざる術者の電撃呪文、といったところだったのでしょうが、生憎相手は透明看破の術を用意した、
「《即行版飛行》!」
接近戦においては、間合いなど無いに等しいダスクブレードと、
「オラオラオラオラ!」
『馳足のブーツ』を履いた、風より早いバーバリアンだったのですから。
《電撃の掌》を注入されたサンダースの剣が、瞬きする間にソーサラーを屠りました。部屋の影から黒いつむじ風の様にバッシュの懐へ飛び込んできたのは、あの黒装束です!
『イイイッ!』
奇声を上げてバッシュの剣を逃れた、残るソーサラーの放つ電撃が後方の私たちを襲います!
「……っ、痛くない!痛い呪文ってのはこういうのを言います!森よアローナよ荒ぶるイバラよ!われらの敵の足を止めよ!いでよ《イバラの壁》!」
棺桶工房2階の一角を、あふれ出るイバラの塊が覆いつくしました。ソーサラーも黒装束もイバラの中です。イバラには人差し指ほどの棘がみっしり生えていて、
「動けばずたずたですよ!」
「うわあ、これはエグい」
「きゃらの!この棘ならコンボイには刺さらないな!」
そして動きを封じられたソーサラーを、イバラに踏み入ったコンボイがバラバラにしてしまいました。
「動かなくてもずたずただったな」
「世の中って残酷だな」
「黒装束が逃げます!」
イバラに身を引き裂かれながら、黒装束が逃げを打ちました。ソーサラーが死ぬ前に開けていた窓から、全身血まみれになりながら飛び出していきます。私が魔法のイバラを消し去ると、バッシュとサンダースがすばやくあとを追いました。
「むむむむ、もう逃がさーん!コンボイ、トランスフォーム!!」
クロエの奥の手。コンボイの背中に、羽根が生えました。
「《風の王者》コンボイ、略してマスターコンボイ!またの名をオプティマス・プライム!!テイクオフ!」
「うわあ、毎度ながらなんでもアリだな」
ジョンが悲鳴に近い声を上げました。私もあの大猿の変身能力には驚かされてばかりです。私とジョンがフライのポーションを飲んで後を追うまでに、3人と1匹は黒装束の超人的な移動力に勝る驚異的な機動力で彼を追い詰めていました。
「どうせ雇い主とか目的とか喋るわけねー!今すぐ始末する!」
「同意だ。こいつは危険すぎる」
「……、カッ!」
決死の一撃を放つ黒装束。しかし、結局暗殺とは、正面切っての戦いを行い得ない者の取る手段。《魔術師の鎧》と野獣の剛毛に阻まれた、不遇な一撃へのお返しは、
「ボッコボコにしてやんよー!!!」
容赦ない殴打・殴打・殴打の嵐でした。
「さらにブチ撒ける!」
ピクリともしなくなった死体を雑巾でも絞るように両手で持ち上げるコンボイとクロエ。
「だめ!やめて!」
私は必死で追いすがりました。
「えー、でもアルウェーン。コイツには何度も痛い目に会わされたよ、主にジョンとバッシュが」
気持は分かります。しかしダメなものはダメなのです。世の中にはやってはいけない事というのが必ずあるものなのです。
「それ以上バラバラにしたら《死者との会話》でも喋れないでしょう!」
「あそっかー、じゃあしょがないね」
* * *
「ではアローナの名において命じます、死体よ。お前が知っていることを答えなさい。
ひとつ、お前のこの街での協力者」
『み……』
「み?」
『み…は…ミハ…セ…セレイニぃ……』
全員きれいに噴き出しました。
* * *