【D&D】『赤い手は滅びのしるし』31・22日夜 あかつき街道~

* * *
 兵隊さんたちとはそこから少し下ったあかつき街道まで共に歩き、そして、そこで分かれました。

「……ほんとうに街道を歩かないんですね、あなた方は」

 感心したように洩らす隊長さんへ、クロエが自慢気にコンボイの足元を指差します。やさしく首を垂れ身をよじり、私たちの足を止めないよう左右に開かれた潅木と草々の細道。《容易き小道イージー・トレイル》の効果です。 

「連れて行こうにもついて来れないだろうし、こっちも速度を落とすのは状況が状況だけに、ちょっとな。それに、赤い手の連中の情報をできるだけ早く殿様に伝えてやらんとね」
「うむ、君たちと一緒に行くと逆に危険を呼び込みかねん……我々が」
「きゃらの!バッシュもジョンもすっげえフェロモン出るの!行く先々でモンスター惹き付けまくり!」
「は、はぁ……?」

 うん、すみません隊長さん。かなり意味不明ですよね。

「……まあ、ご案じ召されるな。しばらく離れてから、適当に夜明かしをする予定です。我らは兵ばかりですから、避難する街のものには明日の日暮れ程度には追いつけると思っております」

 そう言うと、敬礼を向けてくださる隊長さんと兵隊さんたち。小さく手を振る孫娘さんとお祖母さん。

――親指を立てて返答に代える私たち。

「じゃ、ブリンドルで会いましょう!」

* * *
 その晩のキャンプでのこと。えー、キャンプを設営する直前にエティンに襲われたりしましたが無事撃退し、火を熾して今日の夕食、と相成りました。

 保存食の黒パン・橙チーズ・ナッツ・干し果物(林檎と葡萄)を中心に、ジョンとクロエは干し海老とタマネギ入りの麦粥、サンダースとバッシュはベーコンと酢キャベツの煮込み(というかお湯で戻したというか)。カラスにはナッツのおすそ分け、コンボイはコンボイ専用魔法の物入れ袋バッグ・オヴ・ホールディングから彼用のお弁当を。

「しかし食うよなあ」

 キャベツに人参、芋に干した鱒。専用のたらいに、毎回山盛りです。馬が食うほどの、などど言いますが、正に牛飲馬食。食べっぷりもいっそ小気味いいほどです。
 
 焚き火でチーズを焙りながら、ふと気になって訊ねて見ました。

物入れ袋バッグ・オヴ・ホールディングって、中のものはどのくらい保存可能なんですか?」
「きゃらの?考えたこともなかった」
「うーん、たぶん普通の鞄といっしょじゃないかな」

 ジョンが少し考えてから答えました。

「中に入れたものの時間が止まったりはしない……はず。そういうのは『物入れの手袋グラヴ・オヴ・ストアリング』の範疇だぁね」

「クロエ。……オジランディオンとリジャイアリクスの首、その中ですよね」
「……いちおう、別の小袋に入れた上で中に放り込んでいるっ」

 んーでもちょっと酸っぱい臭いとかしてきたかも!きゃらの!とか言い出したので、全員が塩を供出することになりました。

「きゃらの!竜の首の塩漬け!」

 たぶん、手持ちの塩だけでは足りないので……クロエの竜の生首はいずれ、肉を剥いでよく洗い、ヴラース砦で見つけた竜の頭蓋骨のようにしてしまう必要がありそうです。

* * *
 その夜。

「きゃらの!蟲だ!」

 襲ってきたのは、2匹の、

「うむ蟲ではないクロエ、アウルベアだ。梟と熊の邪悪な合成魔獣で性格は凶暴うわっ」
「解説の隙を突かれて組み敷かれたー!」

 距離が近すぎ、解説をし終える前に突進してサンダースにのしかかるアウルベア。

「慌てず騒がず《有害な位置交換ベイルフル・トランス・ポジション》!」

 ジョンがくい、と術式発動の印を組むと、もう一体のアウルベアとサンダースの位置が“交換”されてしまいます。
 獲物に組み付いてたはずのアウルベア、気が付くと組み敷いているのは自分の連れ合い。
 アウルベアは、があ、と噛み付こうとしてびっくり仰天、“交換”された側のアウルベアも何が起きたか判らずに必死でもがいています。

「うむジョン=ディー、なかなかいい呪文だ」
「ダスクブレードに褒められるのも悪くないね」

「そーれまとめてボッコボコにしてやんよー!
 必殺ーっ、“ミーーートホーーーープ”!!きゃらのっ★」

 もたもたと絡み合う2匹を、クロエのけしかけでおどりかかったコンボイが文字通りバラバラにしてしまいます。

 っていうか。

「こらーっ!」

 その名前はたしか北の街で合挽き肉を牛肉と偽って売っていたのがばれた、さもしい店の名前ではありませんか? 何の肉が入っているか判らない、という事実に動揺した市民は、告解師と薬草師のところへ殺到した、と聞いています。

「うん、たしかにもうどっちがどれだかさっぱり分からない肉片に」

鳥熊合挽とりくまあいびき!アルウェンには一番おいしいとこあげる!」
「口からでまかせで自分も食べないようなもの人に勧めるんじゃありません」
「さっきもアルウェン敵に止めブチ込んでた!さいきんのアルウェンは目ん玉ブチ抜くの上手!止め刺した上手の狩人は一番おいしいとこ食べていい、これ森の決まり!」
「さっき倒したのはエティンでしょっ」
「食べていいのにー」
「遠慮します」「うん、魔獣はよう食わんな」「ありえん」「クロエは食べるの?」「まっさかー☆こいつら蟲だよ?」「クロエにとっては知らない生物は全部蟲だからな」「もう、からかうのもいい加減になさいっ!」「きゃらのっ」

* * *

 そんな会話もありましたが、今日はわりと、静かな夜だった、と思います。

 ここまで書いて、ちょうど夜半の見張り交代の時間になりました。バッシュとサンダースが目を覚まし、マントを巻きつけて座りなおしたのを見て、私は羽ペンを拭い、日記には汚れ防止の布を挟んで閉じました。革のベルトで小口が開かないように綴じれば、余分なインクは布に吸われて、明日の夜には手を汚さずに続きが書けるはず、です。

 ふう。

 それでは、おやすみなさい。

* * *

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