【D&D】『赤い手は滅びのしるし』56・52日午前中 邪竜の神殿前
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「さ、これでいいですよ。《樹皮の肌》を『呪文持続時間延長の杖』で効果時間3時間半にしてサンダースに。『力の真珠』でもう一度《樹皮の肌》を用意して、同じ手順でバッシュにも。『呪文持続時間延長の杖』3回目の効果は《信念共有》に重ねて、全員の抵抗力を強化しました」
杖を『アローナの矢筒』に、真珠はベルトポーチにしまいながら、私はいま投射した3つの呪文について簡単に説明しました。
「レイダーから奪った『透明化』の霊薬が余ってっからじゃんじゃん行くか!」
「ほいさー」
「互いが見えなくては面倒だ。前衛は《透明化看破》を頼む」
……そうして、全員が姿を消しました。
「――えーっと、みんなどこですか?」
「つまめ!コンボイ!」
姿の見えないコンボイが、私をつまみあげて目には見えない鞍の上にと降ろしてくれました。
――5フィート下は何もありません。なんだか変な感じです。
「アルウェンも透明になっとけ!きっとあとで楽だ!」
「そうですね」
楽と言うより、生死を分けるといってもいいでしょう。私は素直に従いました。
「よし、では行こう!」
* * *
巨大な五色の竜の神殿の腹、そこにその扉はありました。見上げればかなりの高さに顎を開いた竜の首が見て取れます。一つ一つがちょっとした城の見晴台くらいありそうです。
扉にもまた、ティアマトの似姿が浮き彫りにされていました。その躍動感、その荒々しさたるや、ホブゴブリンの奉ずる神殿とも思えぬ技巧であり精緻さです。
「……すごく金かかってないか、この神殿」
「うむ、もしかするとアザール・クルというのはかなりの凝り性なのではなかろうか」
「いやもう『赤い手』、どんだけ資産が潤沢かと。または昔からここにあったものを改装したか……いやそれにしてもでけぇわ豪華だわ」
“止まれ、招かれざるものよ。崇高にして偉大なるティアマトの神前を煩わせし贖いを、貴様らの矮小な命の代価を支払うがよい。而して速やかに立ち去るのだ”
男性陣の無駄口を遮るように、扉が音声を発しました。
「うぉ、透明化も見破るか。優秀な魔法装置だなー。先が思いやられるぜ」
“汝らに先は無い。あるのは撤退か死か”
「バッシュ、頼む」
「おう」
ぜんぜん聞いてません。設計者は、恫喝のやりかたをバッシュに習うべきだったのでしょうね。
『ならば死ね!!』
今度の声は頭上からしました。竜の首、神殿の5つある見晴らしのひとつから、巨大な青い竜がこちらを睨んでいます。
「青竜!ブレスは雷撃!」
「りょうかい!《電撃抵抗共有》!!」
「くそ、ドラゴン知覚か!道理で透明化してても意味ないわけだぜ!」
「高い!そして遠い!」
あ。声はすれども姿は見えず、これじゃ味方を「見て」対象に取る援護呪文は使えないじゃないですか。……私も《透明化看破》を準備すればよかったですね。仕方ない、今回は周囲の味方全てを鼓舞する呪文に切り替えましょう。
「《正義の祝福》!我らにアローナの加護あり!」
竜は悠然と飛びたち、盆地の上空で大きく旋回すると、こちらへとその長大な首を、そして顎を開き、大きく長く咆哮しました。が、竜の雄叫び程度で肝を潰す我々ではありません。
「とりあえず《呪払》!!」
竜にかけられているであろう防護呪文を取り払うため、ジョンが姿を現しつつ指を鳴らしました。ガラスが砕けるような音が竜の全身から響きます。防護の呪文が砕かれた音でした。
「《魔術師の鎧》か《盾》か、とにかくひとつ仕事させてもらったぜ!!」
“そこか、お主ら”
姿の現れたジョン目掛け、青い竜は雷撃の吐息を吐き出しました!!
「ぎゃーっ!!」
「むむ、これはけっこう」
「かっ!はっ!ったっ!!……スー、無事か?!」
『ちょっといたい!でもへいき!』
「のやろー、成敗!《加速》!!」
ジョンが加速の巻物の封印を破りました。私は鞍の上で、『飛行』の霊薬を飲み干します。たぶんバッシュやサンダースも飛行の準備をしているはずです、見えないけど。
「おまえがタイアガランか青いのー!」
“ふん”
クロエの詰問に答えることもなく、青竜は左手に持った小杖を振り上げました。魔力がみなぎり、中空に火球が形成されます!
「ぬお、『火球の小杖』?!」
直後、高速で投げ込まれた火球はジョンを中心に炸裂し、巨大な火の玉となって周囲の我々をも巻き込みました。
「あじゃじゃじゃじゃじゃっ!!……スー!」
『なんとかもった!でもパクトはつどうしてる!』
「ありがとうパクト!ありがとうアローナ!そして避難してよしスー!!」
『わかった!しぬなジョン!』
「離れます、ご武運を!《意気軒昂》!!」
「おっけー!!マスターコンボイ、りふとおふ!!!」
《意気軒昂》は対象を見て取らなくていい、味方全部にかかる便利呪文です。未だにジョン以外見えないし、しかたないです、はい。
『透明だろうがなんだろうが』
「逃げも隠れもするかー!組み付け、コンボイ!!」
余裕を見せてその場で羽ばたく青い竜に、姿を表したコンボイが組みかかりました。すんでのところでこれをかわす竜。明らかにその目には驚愕の表情があります。
『!!!』
怒涛のごとく繰り出される竜の爪、爪、そして大木のような尾の一撃!しかし!
「当たるかよ!!」
その尽くはコンボイに届きません!……ああ、あれは見えないのをいいことに、クロエがライダーズ・シールドで弾いていたんじゃないでしょうか。
「アローナの御手よ、我らの剣を導きたまえ!」
《助力共有》は、やっぱり対象を取らなくていい、味方全部にかかる便利呪文です。《祝福》よりも、より強く神の祝福を得られる――得た気持になれる――んん、アローナと共にあることを理解できる呪文だと思います。主観ですけど。
「ちょーやる気出た!フルボッコー!!」
アローナの淡い緑の神気を纏った、コンボイの四本の腕が、容赦なく青い竜の目を喉を胸を、もの凄い速度で掻き毟ります。たちまち血に濡れる青の竜。
その背後から、無言で剣を突き立てるサンダース。魔剣は深々とその背中に突き立ち、《加速》の手業でさらに一撃。そして、
「怯えろ、ドラゴン。もはやお前は死ぬしかない」
バッシュが、ハーンから奪った『流血の戦嘴』を振り上げ、それを深々と竜の脳天に打ち込み、そしてその上から蹴り付けました。飛んでいる上《加速》の効果も受けているからやりたい放題です……ああ、あれはかなり痛手ですよ。脳まで届いているかも。
青い竜は、おそらく酷い頭痛と吐き気と目眩に苛まれながら、わずかに左へと身体を動かしました。その本能的な回避行動を、
「今だー!!」
戦の司、ジョン=ディーは見逃しませんでした。
バッシュが、サンダースが、コンボイとクロエが。それぞれが(どれもが致命的な)一撃ずつを食らわせると、竜は、凍りついたように羽ばたく事をやめ、ぐらりと横に倒れ、……そのまま谷底へと落ちていきました。
ややあって、谷底から響く酷い衝突音。
「きゃらの!勝手にバラバラになっちゃった!」
「じゃ、頭と魔法の杖を採ってくるか」
「頭はクロエの!クロエの!!」
――結局、あの竜の名を聞くことは出来ませんでした。たぶん、地図に名のあった『タイアガラン』だと思うんですが、今となってはもう確かめようもありません。
* * *
「いやーしかし、竜を倒したな!って気分になったのは初めてだな!」
青い竜の出てきた見晴台は、竜たちのねぐらだったようでした。そこで見つけた財宝の数々は、いままで倒したどの敵よりも豪勢豪華で、且つたいへんな量でした、とだけ書いておきます。なにせこの時点では、金貨をきちんと数える暇もありませんでしたので。
とにかく、ジョンがホクホクです。
「じゃ、帰りましょうか」
「よっし!でもあれだ、今のブリンドルじゃ高価な買い物とか出来ないぜー。せっかく大量収入あったのにさ」
「えーっと、よければデノヴァーまで買出しに行きますよ?《風乗り》の効果時間、半日以上ありますし」
「うむ。つまり、転移組と雲型飛行組がブリンドルで合流する。然る後、今回の収入を確認して、買い出しする品物を決め……《風乗り》《背に風受けて》のあるうちにデノヴァーに買い出しに行って、でブリンドルに戻ってくると」
「所要時間6時間!きゃらの!今晩の晩御飯はみんなで『呑み足りないゾンビ亭』だ!!」
で、そういうことになりました。
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2024追記
ライダーズ・シールドは3.5版サプリメント「石の種族」P159。《特殊武器習熟:ライダーズ・シールド》を持っていれば、自分と乗騎の両方にACボーナスが乗る。加えて、特技《騎乗戦闘》を使い、割り込みアクション〈騎乗〉に成功すれば、コンボイへの攻撃を無効化できる……という理屈である。クロエは初期からずっとこれを活用してきた。ひどい。
《シー・インヴィジビリティ》は”自身”対象の呪文なので、ほんとうは他人に投射はできない……が、このキャンペーンではぜんいんうっかりしていたので、最後までこのまま走った。ひどい。