【D&D】『赤い手は滅びのしるし』66・54日目 邪竜の神殿(9)
* * *
内陣は、様変わりしていました。照明はなく、硫黄の匂いは消え、あたりは高地特有の冷たい風が轟々と渦巻いています。
天井が吹き飛ばされ、ちょうど、卵の上半分が内側から砕かれたかのよう。天井どころか、厚い雲を破ったらしいあの魔力のほとばしりは、はるか高み、天までも貫いたようでした。
(あとで聞いたところでは、ブリンドルからも禍々しい光の柱が天へと駆け上るのが見えたとか)
丸く打ち抜かれた雲の間からは、昼なのに暗い夜空と星とが見えています。厚い雲は、嵐のように渦巻き、赤い稲光を輝かせ、まるで地獄の有様です。
そして。
祭壇の上に隆々と立つ、黒い巨大な影。五色の五つ首。破壊の女王。万色竜。――地獄の悪竜、ティアマト神がそこに顕現していたのです!!
『『『『『――死ね』』』』』
五つの首が、声をそろえて言いました。圧倒的な殺意、暴力的なまでの怒りの視線!
「真の正義は、邪悪に挑戦する肉体にこそ宿れり!《正義の祝福》!!」
「《加速》!!つっこめ、バッシュ!!」
正義の祝福と加速効果を得て、バッシュが一瞬でティアマトの背後へと回ります。コンボイとクロエは、逆方向、左から。そして、サンダースが正面に!
「バッシュ、行け!!」
長大な尾の付け根、骨盤を狙って振り下ろされるバッシュの戦鶴嘴。駆け込んだ勢いも乗せたかのように、鋭い戦鶴嘴は深々とめり込みます!!たたらを踏む悪竜ティアマト!!頭のひとつが、自分の身に何事が起きたのかを確認しようと、長い首をめぐらせて後ろを向きます。
『『『『『?!』』』』』
そこに立っているのは、たったひとり。“四つ腕の”バッシュ、アローナ急行の竜殺し!
「きゃらの!!神様よろめかせた!!バッシュすげぇー!!」
「それ、こっちもだ!!」
サンダースが斬りつけ、素早く姿を隠します。ブリンドル戦の巨人殺しで見せた、即行透明化ですね!
『『『『『死ね、死ね!!』』』』』
ますます怒りを募らせたティアマトが、くあ、と赤い竜の顎を開きました。喉の奥には、爛々と燃える真竜の炎の息!!!
いけない、近すぎてかわしようがない?!
「《神速》」
* * *
「やれやれ、やはりこっちに竜の吐息を向けたな。だがそれがいい……それでいい。そしてお前に次の手番は回らない。出でよ《力場の壁》」
* * *
「?!」
目の前に、淡く輝く魔力の壁が!!い、いつのまに?!壁の向こうでは、力場に遮られ上下左右に散らされる強烈な竜の吐息。隣では、頭を押さえふらふらしているジョン=ディーが。
「ジョ、ジョン!大丈夫ですか?!」
「ああ、うん平気。《神速》は時間の前借りをする呪文なんだが、反動がキツくてさ……」
『『『『『?!?!』』』』』
炎の吐息が晴れ、黒焦げの死体の二つ三つを期待していたティアマトの視界に飛び込んできたのは、輝く魔力の壁と、
「うむ、ジョン=ディー。《力場》を私の前に出すという選択肢もあったのではないかな?」
少々火傷を負ったと見える(しかし、まだまだ余裕のありそうな)サンダース。
「あー、ほら?壁呪文は足場も大事だし、前衛の前に張ったら仕事の邪魔だろ?」
「そうですね!もう一仕事、お願いします!!《アローナの信徒よ!聞け!!アレネストラは約したり、汝戦いに傷つきし時は癒し手を遣わさん!汝戦に倦みし時は妾の森が汝の家とならん!而して汝戦わねば為らぬ時、妾は汝とともに戦おうと!!聞け、アローナの信徒よ!アローナの剣と弓は汝の魂と共にあり!!》」
《朗唱》!効果は高い呪文ですが、そろそろイイ感じの祈祷文はなくなっちゃいますよ!?戦闘中に聞かされて盛り上がれる祈祷文なんて、アローナの聖典には殆どないんですからっ。
「……ぉぉぉぉおおおおおっっ!!!!!」
バッシュの雄叫びが、邪竜の神殿を震わせます。
一撃!またしても尾の付け根に戦鶴嘴が!
二撃!!かわそうと身を捩ったティアマトの、その下腹部にもう一度戦鶴嘴が!
三連撃!!!いままでに覚えたことの無い激痛にのたうつ長大な邪竜の、後肢の付け根に深々と追撃の戦鶴嘴が!!
四連撃!!!!研ぎ澄まされた大偃月刀が、下腹部の傷と後肢の付け根の傷とを繋ぐかのような縦の深傷を!!
五連撃!!!!!スパイクと鋭利な刃とがついているために盾だか斧だか分からない、
愛用のドワーフ式斧付丸盾を、大きく開いた傷口に腕ごと押し込んで、内臓を!!!うわわわ、痛い痛い!!
六連撃!!!!!!その腕を支点に、戦鶴嘴と偃月刀と斧盾で、三方向に傷口をかきむしっ……たっ!!!!
ばきん。と、硬いものが折れる音。べきん。と、なにかが内側に砕ける音。何かにひびが入る音。……ティアマトの全身に、ひびが?!
見れば、バッシュに飛んだ大量の返り血さえも、鈍い色の砂に変わってどさどさと床に落ち、そして消えて行くではありませんか。
「“影”は所詮影。肉体が生命を維持できなくなれば、神格といえどもそれ以上顕現し続けてはいられないのだ」
サンダースが教えてくれました。我々の目の前で、ティアマト神の体が、みるみる色を失い、ひび割れ、砕け、どこかへ……たぶん地獄へ……バラバラになりながら……落ち込んでゆきます。翼を動かせば、翼が。腕を伸ばせば、腕が。尾を引きずれば、尾が。そして、その顎を開けば、顎が砕け、そうして、ついに、
『『『『『おおおおお、おのれ!貴様ら!!その顔、その姿、その魂!!覚えたぞ、覚えたぞ!!!!!!』』』』』
「……ぶっころ☆」
コンボイの上で、クロエが親指を下に。サンダースも、同じく親指を下に。ジョン=ディーが、得意げに。バッシュが、
「……死ね」
とどめの一撃を、余裕たっぷりに、言い放ちました。
『『『『『ギャアアアアアアア!!!!』』』』』
……そうして、ついに、ティアマトの影は、現世から消えてなくなったのです。
「……」
「………終わった?」
「…………勝ちましたね」
「……………………勝った。勝ったぞ!!」
「きゃらの!じゃああとはエピローグだ!!」
気づけば、星は消え、雲は散り、空には蒼さが戻っておりました。
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