【D&D】『赤い手は滅びのしるし』51・49日 神殿前

* * *
「よく戻った、アローナ急行。さあ、そこで武器を 捨 て る のだ!!!」

 神殿広場前に戻った私たちを出迎えたのは、仰天の光景でした。

「聞こえておらぬのか!早く武器を捨てよ!!それとも、ミハの言うとおり、貴様らは裏切り者なのか?!?!」

 ……ジャルマース卿は左腕に『あの』ミハ・セレイニをかき抱き、ミハはミハでジャルマース卿の胸元にべったりと頭を寄せて、左手で卿の顎鬚をくるくると玩んでいます。ちらりとこちらを見たかと思うと、なにやら小声でジャルマース卿に話しかけ、くつくつと笑っているのが……ああ。なんという悪女っぷり。

 数歩離れたところに、うつむいて表情の読めないトレドラがメイスを両手で持って、ぽつねんと立ち尽くしていました。うわぁ、肩が小刻みに震えています。

「あれは……」
「あれはないわぁ」
「うむ、ない。これはひどい」
「……戦士はしょうがないんだよ、戦士はさ……」

 一人バッシュは卿を庇うかのような発言をしていますが、まああれです、万事丸く収まったら、トレドラに同じことを言ってあげたらいいと思いますよ。ジャルマース卿にも弁護士は必要でしょうし。

「どうした!私の命令が聞こえないのか!!」

「しつもーん!コンボイも降りないとだめぇ?!」

「降りて頂戴、ドルイドクロエ。あなたの乗騎は危険すぎるもの」

「わかった、武器を置こう。ジャルマース卿を放せ!」
「いやん、だめよぅジャルマースぅ。そんなところ触っちゃ❤️ぁん」
「ひきょうだぞおっぱい!こっちは武器を手放すんだから殿様を解放しろっ!」
「だぁってぇ。ジャルマースがあたしのこと、離してくれないんで・す・も・の❤️」

 なんか頭痛がしてきました。状況は劣悪ですがあの女との会話はもっと酷い。……あれ、ミハは護衛の一人も連れていないんでしょうか。周囲にいる獅子騎士団と守備兵、この光景を遠巻きに見守る残存市民と民兵たちの他には、ミハが連れ込んでいてしかるべき赤い手の兵力が見当たりません。

「罠かな」
「罠だろう。だがここは剣を置いて進むしかない」

 バッシュも足元に剣を突き立て、右手を空けます。サンダースも剣を足元に投げ出し、手を大きく広げて見せました。

「殿様の魅了呪文チャームは俺が破壊する。バッシュにかけられる分はクロエが頼む」
「俺、呪文にかかる事前提?」
「きゃらの!かからなければよし!でもあのビッチ絶対魅了呪文チャーム飛ばすから待機してる!バッシュのあんちゃん、思い切ってどーんと行こう!」
「みんな準備はいいですか?」
「……よし」

「【トレドラ!突撃します!】突撃!」

 《念話結合レアリーズ・テレパシック・ボンド》で結ばれた御前会議の面々全員に聞こえてしまいますが、私はトレドラに精神感応で警告を発しました。

「気をつけて!!」

 即応して、トレドラが短く警告の叫びをあげます。な、なにに?

「バッシュー、あなたが必要なの!こっちに来❤️て❤️!!」
「《魔法解呪ディスペル・マジック》!その魅了、許可しない!!」

 走り出したバッシュに飛ばされた魅了呪文チャームは、クロエが手前で打ち消します。
 一瞬の躊躇もなく、バッシュがジャルマース卿の手前40フィートで地を蹴り――そのまま高く高くなにかを飛び越えて――ミハの正面に着地しました。

「きゃあ、バッシュ怖いー💕」

 余裕たっぷりに一歩下がるミハ。いつでも転移で逃げられるとでも思っているのでしょうが、

「させません!ことわりよ、敵の身を此の世に繋げ!!《次元間移動拘束ディメンジョナル・アンカー》!!」

 エメラルドに輝く魔力の鎖が、私の右手からまっすぐに飛び、ミハを絡めとりました。

「きゃあーっ!!」

 痛そうな悲鳴を上げていますが、苦痛を与える呪文ではないのです。どういう魔力干渉か、鎖は彼女の身体に絡みつきながら、その大きな胸の上と下を締め上げるように撒きつきました。

「うわエロっ」

 正直ですねジョン。私はなんだかむっとしましたよ。
 縛鎖が完全に彼女のエーテルを捕らえると、鎖は緑のオーラに姿を変えます。これで彼女は転移で逃げられません!

「いやあん、ジャルムたすけてぇ❤️」
「彼女に 触 れ る な!」

 こともあろうに、ジャルマース卿がミハとバッシュの間に立ちはだかります。ああもう、本当にあの殿様は困った人ですねっ。

「目ぇ覚ませ殿様!《魔法解呪ディスペル》!!」

 ジョンの呪払が投射され、ぐるぐるしていたジャルマース卿の目に正気の光が戻りました。

「……っはっ!!私は何を?!」
「ジャルマース!」
 トレドラが悲鳴に近い声で彼に呼びかけます。手には《焼けつく光シアリング・ライト》の輝き!

「ふぅっ!!!」

 ジャルマース卿が呼気とともに3歩退くのと、その辺りをトレドラの放った灼熱の光線が薙ぎ払うのがほぼ同時でした。

「ああ、惜しい」
「いまのはミハを狙ったんですよね?そうですよね?」
「いや、どうだろう。実際ジャルマース卿、トレドラさんとは反対方向に逃げてくし」

 深く突っ込まない方がよさそうです。その間にも、バッシュは、ミハに痛烈な打撃を喰らわせ続けていました。いつの間に抜いたのか、右の戦槌に左の棘盾。

「やれやれー!そいつを倒して過去と決別するんだバッシュー!!」

 そこへ、バッシュの背後から、見えざる何者かが一撃を食らわせ、

「!?」

 透明化の効果が失われて、その姿が明らかになりました。

「オーガ・メイジ!バッシュめ、あんなデカブツを飛び越えてやがった!」

 青灰色の肌の巨人は、こちらを振り向くと、口から吹雪を吐きました。

「《冷気放射コーン・オヴ・コールド》かよ!」

「そいつは俺が引き受けよう。ダスクの業は注入のみに在らず!
 秘術、《灼熱の光線スコーチング・レイ》!!」

 振り上げたサンダースの腕が、3本の炎の槍を生み、ことごとくオーガ・メイジを撃ちます!

「効いてるが、……だからって剣なしじゃ無茶だ!」
「うむ、心配無用。《即行版灼熱の光線サドン・スコーチング・レイ》!!」
「げぇっ、即行能力でもう3本?!」

 ジョンが目を剥きました。オーガがそのまま前に崩れ落ちます。……いったいどれだけの火力があるんですか、あの呪文?

「あー、ひのふの……6本全部で《引火コンバスト》2発分」

 ……。ダスクブレードって強いんですねえ。

「おねがい、バッシュ!私を助けてっ❤️!」
 ミハの必死の魅了呪文も、今回ばかりはバッシュに効力を表しません。まあいい気味で

――るるるるるるる

「転移!」

 ミハとバッシュ、そして先行するサンダースとコンボイにクロエ、後方に私とジョンがいたのですが、

 バッシュとサンダースのちょうど中間、オーガ・メイジの倒れた辺りに、牛ほどもある青いオオトカゲが2匹。そしてそれを転移させてきたホブゴブリン・ソーサラーが一人(鏡像を伴って)、だしぬけに現れました。

 途端に眦をつりあげたミハが叫びます。
「遅かったじゃないさ!さあ、やっちまいな!」

 青いオオトカゲたちは、全身に青白い電光を輝かせたかと思うと、その口から電撃をほとばしらせました!!

「な、なんだこりゃー!!」
「スポーン・リザード!緑のほかにも召喚していたのか!!」

「ゆるさーん!!この期に及んでそのふるまい、断じて許さん!『ゆるして!ゆるさん!ギャー』の刑!!レストの英霊よ!獅子よ!獅子よ!現れよ!!」

 クロエの呼び声に、大きな獅子が彼女を囲んで3体、風のように現れました。

「《自然の友招来サモン・ネイチャーズ・アライ》!手数で勝負か、クロエ!」
「まだまだー!《どうぶつきょだいかあにもー・ぐろーす》で全・員!おおきくなぁ~れっ!!!」

 召喚された獅子3体とコンボイとが、……一回り巨大化しました。赤い竜ほどもおおきな獅子と大猿、合計4棟、いや4頭。

「うわー……これは……」
「これはなんとも絶望的な……」
「うむ、連中にはいい気味だ……が……熊神ラーグ……なんとも無慈悲な」

 あっけにとられたミハをバッシュがついに殴り倒したとか、もう2体のオオトカゲと巨人とが転移で現れたものの、即、超巨大獅子の餌食になったとか、サンダースのスコーチングレイは108式まであるんじゃないのかとか、私は私でソーサラーの鏡像を破壊したり本体をエンタングルに捕らえたりやっつけたりしたとか、いろいろいろいろあったのですが、

 まあこの戦いのまとめはジョンのこの一言に尽きます。

「クロエー、おれの召喚術師としての立場はー?」
「きゃらのっ」

* * *

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