【D&D】『赤い手は滅びのしるし』53・49日~51日目午後 ブリンドル~竜煙山脈
* * *
「容易ならぬ事態だ」
その晩のささやかな戦勝の宴で、私たちは恐ろしい事実を突きつけられました。
「斥候の報告。捕虜の自白。神託。そして敵将の死体が語ることには」
ああ、《死者との会話》。トレドラさんも手段を選びませんね。
「……いや、指令書なのだが……暗号が用いられており解読には苦労した」
「続きを」
サンダースが促します。
「……うむ。情報を総合すると、赤い手の支配者アザール・クルの目的は」
ジャルマース卿が声を潜めました。
「地獄の開放だ」
「なんですって?」
「アザール・クルは地獄と現世を繋ぐ邪法の儀式をこの数ヶ月続けているようだ。赤い手の軍勢が流した血はそのために用意された供犠の血だ。そして赤い手の進軍の真の目的は、儀式を余人に邪魔させぬこと」
「狩場と防波堤を兼ねていたと?」
「そうなる。そして、もはや一刻の猶予もない。儀式の完成は近いらしい。もし地獄の門が開けば、この世は悪魔の支配するもうひとつの地獄に転げ落ちるだろう」
「きゃらの!そりゃ大仕事!500ガメルじゃやれねえな!」
「恥ずかしながら、もはやブリンドルの国庫は空だ。君たちに支払えるものは……」
クロエがにやにやしています。ジョンが肩をすくめ、バッシュが頭を掻き、サンダースが顎を撫でました。これはあれですか、誰かが口を開くのを互いに牽制してますね?
「とりあえず、イマースタルさんにできる所まで送ってもらえないかな、《転移》でさ」
沈黙に耐えかねて、ジョンが言いました。あと残ってる《飛行 》や《透明化 》の霊薬も定価で買い取らせてもらう、とも。
「いひひ!乗りかかった船!あとタイアガランも見てないからね!」
クロエが、赤くなるジョンを見ながら笑いました。
「出発は明後日の朝、でよろしいかジャルマース卿。敵陣に乗り込むとなれば相応の準備は必要でな」
「……邪竜の神殿、だったっけ。卿、場所の特定は出来ていますか」
サンダースとバッシュが尋ねました。ジャルマース卿の顔が感激に紅潮し、口を開きかけたとき、ジョンがきっぱりと宣言しました。
「礼を言うのはまだ早いぜ殿様。俺たちゃ引き受けただけ。積もる話は全部片付いてからにしようや」
「きゃらの!せいぎのみかたっぽい含みを残しつつ只ではやらないと暗に言い切るその姿勢!そこに痺れる憧れるゥ!!」
「わかった、早速イマースタルを招聘しよう」
ジャルマース卿は頷いて立ち上がり、会議用の客間から供を連れて出てゆきました。
「……地獄かー。ってことは悪魔が相手だよなー」
「ああ、とりあえずどんな連中なのか召喚するからさ見ておけよ、予習は大事だぜバッシュ」
「きゃらの!悪魔の召喚は悪いこと!でもドルイド的にガン無視!コンボイの爪が悪魔に効くのかどうかはすっげぇ大事!召喚!召喚!」
悪とは力でも知識でもなく、意志。そう割り切っている戦争召喚術師の、なんとも頼もしい課外授業がこのあとこっそり開かれたことは、善とか秩序とかに喧しいトレドラさんにはナイショです。
* * *
(収穫月11日、神の日。日記51日目)
翌々日の朝。
「ここがあのドレリンじゃと言うのか……」
ドレリンの渡しに到着したイマースタルさんは、ほんとうにちいさく見えました。肩を落とし、周囲を見渡して、しかしその瞳には往時のドレリンを写しているのに違いありません。
「ここはわしの故郷でなぁ……夏にもなれば渡しの人足や渡しの客やらを
からかったりしたものよ。裾をからげて川を渡る尼僧に女戦士に美人楽師に魔女……あんな光景は二度と見られないんかのう」
「なんかおねえちゃんばっかりだったぞ、いま」
「きゃらの!むかしエロい女エルフウィザードが、ドレリンで水遊びシーンを入れたとか入れないとか聞いたことがある!!」
「街は人、歴史も人が作るもの。ご老人、いずれここも元のようになるでしょう」
「……のう、アローナの司祭殿。それは長命なる妖精の目から出る言葉じゃよ。わしが生きているうちにこの街が活気を取り戻すことはなかろうな……」
「……」
もとのドレリンに戻るまで、100年。この時間感覚の違い。この2ヶ月、考えもしなかったことですが――やはり、エルフと人とは生きる世界が違う、のでしょうか。
* * *
ドレリンの渡しから、ブラース砦まで2時間。小休止の後、私たちは敵地と思しき竜煙山脈に踏み入りました。
「……首の後ろがチクチクする。ここらへん、魔女の森の2倍はヤバイ気配がするぞ」
バッシュが呟きました。
「うええ、2倍かよ。じゃああれだ、一日に6回くらい戦闘する計算だぜ」
「うむ召喚術師殿。ところであれは、まさに昨日見せられた悪魔ではないかな?」
鋸刃のグレイヴ、のたうつ顎鬚、そして曲がった背中と薄汚い緑色の鱗に覆われた皮膚、さらに殺気に満ちた赤い眼。それが3匹、こちらを見て突進してきます。
「……ビアデット・デヴィルだな」
「正体が割れてるとけっこう冷静に行けるもんだな」
「きゃらの!」
えー、数えてみましたが、心臓が30回打つよりも早く片付けてしまいました。
* * *
さらに3時間後。陽は中天を過ぎ、夏の名残の熱さが標高高いこのあたりにもかすかに感じられるころ、
「げ」
うねうねと曲がる谷あいの踏み分け道の先から、見覚えのある黒い人影が都合6体。
「ブラックスポーン・レイダー……!」
ティアマトの落とし子たる異形は、人の体躯を持ちながらその頭は黒竜。透明化した彼らや巨大化した彼ら、黒装束の彼らには散々苦労させられた、あのいやな記憶がまざまざと蘇ります。
「きゃらの!あそこにもなんかいる!!蟲だっ」
クロエが指差した先、両脇にそそり立つ崖の右手に、
「ううむ、ブラックスポーン・ストーカーまで」
巨大な蜘蛛の体躯に黒い竜の頭。なんという無節操ぶり。この合成魔獣は自然に対する挑戦ですね。
「あっちは引き受けたー!!」
コンボイが駆け出します。正面の竜頭戦士たちは、6人そろって小瓶を取り出し、飲み干し、……透明化しました。
「よっ」
ジョンが右手を突き出し、指を音高く鳴らします。《呪払 》の効果が、6人の竜頭戦士の透明化を打ち払いました。小瓶を握ったままうろたえる竜頭戦士。
「《灼熱の光線》!!」
炎の槍が竜頭の蜘蛛を撃ちます。苦悶の悲鳴を上げ、しかし突進を止めることなくコンボイに突き進むストーカー。
「うむ、まずまずの手ごたえ。開戦の烽火、鏑矢の代わりにはちょうどよかろう?」
バッシュの脇に立ち、剣を油断なく構え、レイダーの突進を待ち受ける片手間に火炎槍。相変わらずサンダースの火力には目を剥く思いです。私の弓矢では到底追い付かない攻撃力ですよ。
半瞬の後、6対2の戦いは混戦になりました。いかに秀でた剣士(バッシュとサンダース)でも、数の暴力には少々苦労させられるはずです。私は、治癒呪文が即投射できる距離に近づきながら、手前に見えるレイダーへ矢弾を撃ちこみ続けました。
ジョンがその混戦を火力で押し切るべく、ファイアエレメンタルを召喚します。
と。
混戦をするりと抜け出して、レイダーの一体が私に打ちかかりました。
「……!」
悲鳴を上げるほどの乙女でもありませんので、斬撃の苦痛に無言で耐え、私は竜頭戦士を睨み返しました。瞳孔のない赤い瞳に、私の無力を嘲るような暗い光が浮かびます。
「司祭!」
サンダースが半歩下がり、逆手にした剣で私の前のレイダーに切りつけました。しかし、混戦の外側を回ってきた奴は、サンダースの一撃にも怯む様子はありません。
私は、
抜刀し、
「即行!《血液の闘法》!!」
己の血を供犠として邪悪への呪いとする信仰呪文、《血液の闘法》を剣に注ぎ込みました。
「アルウェン!下段だ!」
後方からジョンの指示が飛びます。敵の背後からサンダースが牽制を入れ、竜頭戦士の防御を乱します。剣は、深々と敵の脇腹を抉りました。呪いは敵の身体に激痛を走らせているはずです。ジョンの指示通りの下段。敵の構えた曲刀をかいくぐり、重要な血管の二三本は断ち切った感触がありました。
先陣では、バッシュが2体目を撃破し、崖の上の蜘蛛もどきもコンボイとクロエがバラバラにしたので、
「きゃらの!アルウェンのリストカット魔法はいつ見ても痛々しいな!今度魔法少女りすかたんには手首のためらい傷を隠すアクセサリーをプレゼントー!!」
「クロエっ!!人を自傷癖もちみたいに言わないでくださいっ」
こんな阿呆な会話をしながらでも、サンダースはもう1体を屠り、私の矢は彼の後方のレイダーを始末することができたのでした。(ええ、バッシュが追い詰めていた敵でしたので、止めを刺しただけに過ぎません。弓の殺傷能力はほんとうに微々たるものなんです)
しかし。この遭遇で何より驚いたのは、彼らレイダーが、
「きゃらの!!」
「すげえ、リジャイアリクスとかオジランディオンよりお宝持ってんぞ」
「奴らのこの潤沢な資産はどこから出てくるのか……」
「とりあえずこれで資金不足は解消だ」
「戻って買い物とか、いまは無理だが、嬉しさは隠せねぇ~」
千の単位で金貨を隠し持っていた、ことですね。
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2024追記
「水浴びシーン」については
当時そういうPLさんやプレイグループさんがあったんじゃ
と書いておく
トルカン算もおなじく地元ネタですのう