【D&D】『赤き手は滅びのしるし』41・34~35日目 ブリンドル(3)

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良し月8月/陽花月21日、解の日日曜日。日記34日目)

 翌日。今日の会議はクレリックの戦時配置について、でした。曲折を経て、クレリックたちはペイロア寺院に集中配置、と相成り、午後は市街で防衛戦のためのバリケード設置場所を実地に選んで歩きました。

「橋1つ塞いできた!《植物巨大化プランツ・グロウス》で!」
「おー、ありがとうクロエー。やっぱドルイド便利だな!」
 ”Woh!"

 ハイタッチするジョンとクロエ(と吠えるコンボイ)を見るでもなく、心ここにあらずといった風情のバッシュ。

「心術効果の気配はない」

 サンダースがささやきます。心術って、魅了呪文とかですか?

「うむ、そういう分かりやすいのだと対処の仕様もあるのだが。とにかく裏がありそうな女ゆえに心配でならん」

 やつは女に免疫がないからな、とサンダース。ジョン=ディーがバッシュのモテる様子に納得がいかないのとは、別の方向からの心配です。
 溜息をつくバッシュの背中を見て、やれやれと言いたげなダスクブレードに、私は一応のフォローを試みました。

「ほらでも、昨日だって一応食事だけで帰ってきましたし」
「だけ?さてなあ、どうだかわからんぞ」

 目で示されたバッシュのほうを見ると、彼がもう一度ふかく溜息をつくところでした。

「な?」
 ……サンダース、もしかして面白がってるだけじゃないですか?と尋ねると、彼は顎に手をやったまま、まあな、と言ってにやりと笑いました。

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良し月8月/陽花月22日、星の日月曜日。日記35日目)

 明けて翌日。ついにバッシュは朝帰りです。

「よお皆、おはよう」
「おはようじゃねーよこのこのこのこの畜生!なんでお前がモテてデートで食事で朝帰りなんだ!頂いたのか!おいしく頂いてきたのかこの野郎!!」

 ジョンは顔は笑っていますがバッシュの背中を叩く手はかなり本気です。クロエは目に見えて不機嫌です。

「今日はどうするんですか?」
「ああ、今晩も彼女のところに泊まるよ。彼女にせがまれてね」
「彼女か!もう彼女呼ばわりか!」

 クロエがもの凄く不機嫌そうですが、あの子がこれだけ黙っているということは、きっともの凄く怒っています。バッシュ、もうちょっと表情を引き締めてください。

「泊まるのか」
「泊まるよ?」
「『是が非でも』『なにがあっても』泊まるのか」
「ああ、そうしなくちゃいけない。彼女のところに泊まる。そう頼まれたんだ」

 すばやく質問を重ねたサンダースが、きっぱりと宣言しました。

「心術効果だ。ジョン=ディー、《魔法解呪ディスペル・マジック》を頼む」
「なに?!や、やっぱりか!」

 ジョン、なにがやっぱりですか。

「魅了か暗示か魔法の示唆か、いずれにせよ心術の影響下だ。とりあえず呪払してくれ」

 ジョンがバッシュの目の前で指を鳴らすと、バッシュは夢から覚めたように二、三度瞬きしました。

「もう一度聞くぞ。『是が非でも』今晩も彼女のところに泊まるのか?」
「い、いや……その……別の理由があれば無理なこともある……よな」

「バッシュ。怒らないで聞け。あの女はお前に魅了か何かの呪文をかけて、今晩もお前と過ごそうとしていたようだ。ということは、絶対になにか裏がある。もう一度言うぞ、あの女は止めておけ」

「そーっだよなー!ぜったいにおかしいと思ってたんだ俺は!な、バッシュ仕様がねえよ、あのおっぱいのことは諦めようぜ!」
「きゃらの!バッシュのあんちゃんに呪文かけるなんてマジゆるせーん!『ゆるして!ゆるさん!ぎゃー』のコンボを食らわしちゃる!!」

 なんでふたりともそんな笑顔なんですか。

「とりあえず朝飯食いながら聞こうじゃないか」
 目に見えて肩を落とすバッシュを、サンダースが『飲み足りないゾンビ亭』での指定席へと誘いました。

* * *
 昨日と一昨日の二晩で、ミハは随分と私たち“アローナ急行”のことを尋ねたそうです。それに対して、バッシュはそれはもうペラペラと説明したとか。ああもう。

「おそらく、酒に《真実の霊薬エリクサー・オヴ・トゥルース》でも混ぜてあったんだろう。バッシュ、気にするな。俺たちの手の内をまるっきり明かしたわけでも、防衛戦に秘密の作戦があったわけでもないんだからな」

 サンダースの言葉に、バッシュはものすごくちいさくなっています。無理もありません、スパイかもしれない女と随分仲良くしてきたわけですし。

「ミハのことは、しばらく泳がせておくしかあるまい。怪しいといっても確証もないしな」
「きゃらの!確証あったら即始末!」

 もう彼女とは会わない、と約束したバッシュを、全員が慰めて、この件はいったんお仕舞いということになりました。

「まあ飲め!」
「バッシュのあんちゃん、元気出せ!」
「まあ、野良犬に咬まれたと思って」

 もう会うこともないでしょうしね、とはちょっと言えませんでした。

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