【D&D】『赤い手は滅びのしるし』21・20日 いばらの荒れ野
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(良し月、7日。日記20日目)
辿りついた荒野は、私たちの想像を絶する場所でした。
「……」
「うむむ、これは……」
「岩砂漠の迷路、だな、うん」
丘をいくつか越えた先に見えてきたのは、不毛の大地。奇岩、磨岩がいくつもそびえ、はるか向こうまで広がっています。もう少し高い場所から見れば、きっと“いばらの荒れ野”は、酷く乾燥したパンの表面のように、茶色い大地が網目状にひび割れているのに違いありません。
なにより問題は、その無数のひび割れは差し渡し50フィートずつあり、仮想干からびパンの直径はどのくらいあるのか知れず、ひび割れの深さはそれぞれ日の光を受け付けないほど深くて、そしてその隙間には余すところなくイバラやアザミが生い茂っている、という仮借のない事実でした。
「……獅子窟はこの荒れ野の奥、と言われている」
「って言われてもなあ。流石に苦労しそうだぞ」
苦労どころじゃすまないと思います。
「うむ、イバラを掻き分けながら進むとなれば、今までのような快速は望めまい。といって空を飛ぶ手段があるでなし」
ですよねえ。旅装とはいえ、イバラでかぎ裂きをつくるのは嬉しい経験とは言えません。まして冒険の旅路、着替えも満足なほどには用意していないのですし……
「……?」
最初に気がついたのは、バッシュでした。腕を組み、胸を張り、鼻息は荒く、乗騎コンボイの上に仁王立ちになってもはや得意満面の、
「……クロエ、なにか手があるのか?」
“アローナ急行”の自然児、クロエ。思案顔の私たちに、笑顔の吹き零れそうな真面目顔で、可能な限り重々しく肯きました。
自分の力が役に立つことを、自慢したいのと慎みたいのとがない交ぜになったあの表情。んー、あれは声をかけられるのを待っていたのかもですね。
「べつにクロエはこまらない!だってドルイドだから!!」
ドルイドには『森渡り』の力があります。自然の守護者であるドルイドは、イバラやアザミといった行く足を阻む草々を傷つけぬよう、また無用に傷つけられぬよう、それらの棘ある草花に優しく首を垂れさせる神気を放つことができるのです。
したがってドルイドであるクロエだけは、たしかに、この“いばらの荒れ野”を無傷で歩くことができるでしょう。
……といって、それではどうしようもないのですが。
「……なにかうまい方法があるんだな?」
重ねて尋ねられたクロエは、バッシュの顔を見てにっかりと歯を見せました。もう、大声で笑い出したいのをこらえている、という様子で、耳や頬が赤らんでいます。困り顔の飼い犬を見ているいじめっこ気質の女の子、というのが一番近い表情じゃないかしら。
「もちろん!バッシュのあんちゃん、クロエにはほうほうがある!!さー、クロエのあたらしい《能力》と書いて力と読むを見よー!!コンボイ!!!」
応!!
「第三部はスタンドバトル編!!これがクロエのあたらしい《能力》、その名も!!」
コンボイが、その拳に霊気を矯めておおきく振りかぶると、ややオーバーに/しかし鋭く、その拳を地面に打ち付けました。
「《容易き小道》ッッッッ!!!!」
「うむ、呪文共有。クロエの唱えられる呪文をコンボイを作用点にして発動したのだな」
「サンダースっ、ネタバレ禁止!きんし!いまもの凄くふんいき出してたのにーっ」
クロエがむくれ、サンダースは得心いったとばかりに顎を擦っています。
「ところで、それはどういう呪文なんですか?」
「うむ、……アルウェン司祭、周りをごらんなさい」
ゆっくりと拳を戻し、『待て』の姿勢になるコンボイ。そして、私と同じように周囲を見渡すジョンとバッシュ。コンボイの上で得意げに胸を張り、もはや鞍から後ろに落ちんばかりのクロエ。
するとどうでしょう、私たちの周りから外に向かい、イバラが、アザミが、硬い藪と下生えが、櫛に撫で付けられたやわらかなヤクの毛のように、そっとその体を横たえていくではありませんか!!
「ドルイド呪文《容易き小道》。ドルイドの森渡りの力を、仲間にも及ぼせるという貴重な能力……だな?クロエ」
「くそー、知っているのかサンダース!」
「うむ、流石に俺も見るのは初めてだ」
「……クロエ、これどのくらい持つ?」
「まる一日!こうかはんいはコンボイのまわり、半径40フィート!だから道行きはいつもといっしょ!」
こりゃいい、よし、いこう! と、ジョンが拳を挙げました。コンボイが一歩踏み込めば、なるほど40フィート先のイバラがそっと道を譲り、後方のアザミたちが何事もなかったかのようにゆっくりと体を起こします。
すごい。これならば、この“荒れ野”も、平地となんら変わることはありません!!
「……じゃあ、いつもどおりに歩いて行くか」
「うむ」
応!
嗚呼ー。
「きゃらの!!」
そんな具合の気楽さで、私たちは、余人を寄せ付けぬと謳われた“荒れ野”への旅路を踏み出したのでした。が。
「……」
「……?」
「うむ」
「……えーと、クロエ?いまのはなんですか?」
「きゃらの!クロエはおっぱい女をみて考えた!いま“アローナ急行”に足りないのは萌えだと!第三部突入でキャライメージ一新!変な語尾あんど感嘆詞とちびっ子属性でファン層の拡大をねらうんだきゃらのっ!!」
おっぱい……ああ、テレルトンで見た美人ソーサレス、ミハ・セレイニ。クロエと彼女ではリンドウとバラほどに雰囲気も方向性も違うのですが、さて、何故張り合う気になったのでしょう。
それはそれとして。
「その『きゃらの』ってどこから生えたんですか?」
「ブリンドルで売ってた本のなまえ!ヘンだから気に入った!……きゃらの!!」
……本気で語尾に使い続けるつもりのようです。
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その日の午後、8本足の魔獣来襲。
腰高の岩地の陰から、のそりと這い出した茶色いトカゲ。お、大きいですよ。差し渡しは両腕を広げたくらいはありました。
なにより不思議なのは、その足。左右四対、都合8本の足を、器用に動かしてゆっくりとこちらを向き
「!! 即行!《必中》!秘術注入《電撃掌》!発っ!」
「……背面を取る!」
「よし、跳べバッシュ!」
「目はまかせて!!《目潰しの唾》!むぐむぐペッペッペッ!!」
向き直る前に、みんながものすごい勢いで茶色いオオトカゲを退治してしまいました。
「……とはー、やっつけたー」
??? 合点がいかない、という顔の私に、サンダースが剣をしまいながら説明してくれました。
「うむ、みんな無事でなによりだ。実はですなアルウェン司祭、あれはバジリスクと言って大変危険な」
話を聞くつもりでふと手を置いた石柱が、
じつは風化破損の著しい石像の頭で、
首がもげたのであわてて拾ったところ
持ち上げた石の頭は恐怖の表情を克明に
「!! ?! !!!!」
「うむ、その凝視で獲物を石化するのです。いやー犠牲者が出る前に倒せてよかった」
なななんにも出来ませんでしたよー。しかも切りかかる前に使った《神寵》がまったく無駄でした。《祝福》のほうがよかったのかも。
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2時間後。超大型モンストラス・スパイダー襲来。
「《命ずる》!疾く下がりなさい!」
「きゃらの!アルウェンのばかばかビキニ大全!蟲に精神呪文は効かないよーっ!」
「ビ、ビキニなんて着ません!ていうか効かないんですか?!」
「なぜ効くと思ったのか聞きたいが」
「昔、キャリオンクロウラーをコマンド呪文で退けた方がいたような」
「キャリオンクロウラーは異形!あれは蟲!」
「とりあえず撃退しようぜー」
……無事撃退したわけですが、クロエの視線がいつもより生暖かいです。あれは翻訳すると『もーしょーがないなーおねーちゃんはーでもつぎおんなじしっぱいしたらぷちこ○すぞー』とかですたぶん。
ところでビキニ大全ってなんのことでしょう。南方のノームが女性用の水着として、その、たいへんにきわどい水着を開発したというのはかなり有名な話です(扇情的な話題は伝わるのも早いものです)。うーん、『大全』としてまとめるほどに種類が増えたのかしら。いつか南の島に冒険に行ったときにでも調べてみましょう。
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