【D&D】『赤き手は滅びのしるし』42・35日目午後~41日目 ブリンドル(4)
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(良し月22日、星の日。日記35日目午後 ~良し月27日、地の日。日記40日目まで)
その日の午後、赤い手の軍勢はナイモン峠を過ぎたとの知らせが届きました。彼らの到着までもうしばらくの時間があるはずです。そんなわけで、それから数日、朝は会議、昼は防衛の準備、夜は只酒、という日が続きました。
「ジャルマースさまからも、よくもてなすように言われてまさぁ」
『呑み足りないゾンビ亭』の親父さん(貫禄のあるハーフオークです)が、めっきり出番の減った出来の良いクロスボウと揃いの慈悲深い太矢(行儀の悪い酔客をしつけるためのものだそうで)を壁に飾りながら言ってくれたものです。
「お宅らがいると、うちの客もちっとばかり行儀よくなっちまって、へっへ」
嵐の前の静けさとも言うべき、この一時の平穏とともに、そのまま決戦の日を迎えるものだと思っていたのは、私たちの油断でした。
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(良し月27日、地の日。日記40日目、夜)
その晩、男性陣の部屋から聞こえたくぐもった呻きと、バッシュの「敵襲!」の叫びで私たちは目を覚ましました。
「!?」
「コンボーイ!!」
クロエが間髪入れず大猿を呼ばわります。私は剣を握り、隣部屋へと駆けだしました。
室内に三つ並んだベッドの真ん中で、正面の窓から侵入したと思しき黒装束の男が、血まみれのバッシュともみ合っています!
手にしたショートソードは異様な拵えで、その直刃は何かを塗られてぬらりと黒光りしています。押し合うバッシュの目は激怒に燃えて、しかし受けた傷は深手と思われました。
「させぬよ!」
サンダースが即行発動で黒装束に繰り出した右手の接触呪文は、しかし男の呪文抵抗を打ち破れません!
黒装束の男が、その覆面の下でにたりと笑ったのが分かりました。
しかしサンダースも、そのときにやりと笑ったのです。
「……あ、あれはダスクブレードの双掌打!!」
ジョン=ディーがうっかり解説役に回りました。
「な、何ィ?!」
黒装束もうっかり負け台詞を吐きました。こと戦場での呪文について周到なサンダースは、左手にも呪文を準備していたのです!わずかな時間差を持って確実に接触した2つ目の呪文とは?!
「《衰弱光線・威力最大化》。もはや貴様の筋力は赤子同然」
サンダースが〆の台詞をつぶやき、
「……!」
スードゥドラゴンのスーがくるりとベットの影に隠れたとき、黒装束は己の不利を悟ったか、ふわりと窓の外に飛び出しました。
「……今宵はここまで。また会おう」
と言い残して。
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「《不屈の誓い》が発動してしまうなんて。危なかったですねバッシュ」
ますます苛烈になる戦闘と襲撃に、わたしは10日ほど前からチームみんなに《不屈の誓い》を順に立ててもらっていたのでした。1日に一度しか使えない呪文ですが、誓いを立てた者が生命の危機的状況に陥ったとき、立てられた誓いが戦士の力に変わるという、……解説するとなんだか照れくさいですが、まあそういう効力を持っています。
彼自身の激怒の炎と《不屈の誓い》が、彼の命を繋いだと言っていいでしょう。私はアローナに感謝しつつ、彼の傷を癒しました。
「……うん、もう大丈夫です」
毒の効果が抜けきらないバッシュが、頭を振りながら立ち上がるのを見て、全員肯きました。
「とにかく殿様のところに行こう!暗殺者が街の中にいるって伝えなきゃ!」
「うむ、これは予想外だった」
「もう今晩から街中でも野営シフトで歩哨アリってことか、とほほ」
ジャルマース卿にも不便を強いるでしょうが、こうなると止むを得ないでしょう。
なにせ、ブリンドルの攻防戦は、もうはじまっていたのですから。
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(良し月28日、解の日。日記41日目)
コンボイも入れる大きな会議室にベッドを運び込み、ジャルマース卿の居室までの数箇所に《警報》を仕掛け、街の要人たちには『暗殺者が侵入しているので注意せよ』と伝達すると、もう朝がやってきました。
「ああ、やれやれ」
「きゃらの!ジョン=ディー見てみて!これ似てる?似てる?」
「なんだこれ……ああ、昨日の黒装束」
クロエが振り回してるのは、暗殺者の似顔絵でした。
「うむ、ここをこうするともう少し似る」
「おー、いい感じ!ありがとうサンダースのあんちゃん!」
「どうするんですか?クロエ」
「《念視》する!似顔絵あるとちょっと楽になる!」
「えー、あれは1000gpもする銀の鏡が必要だろう」
《念視》は千里眼とも言うべき占術呪文です。たしかに念視で暗殺者の居場所が特定できれば、俄然状況は有利になります。しかし、たしかに資金面からいっても1000gpはちょっと……
「だいじょうぶ!ドルイドの《念視》は水溜まりでじゅうぶん!コンボイ!」
応、とコンボイが自分の水飲み皿を――たらいですが――持って来ました。
「きたないな!顔洗ったかコンボイ!まあいいや、えい!!」
ぼんやりと浮かび上がった男の像は、しかし焦点を結ばずに泡と消えました。
「うわあ、マジで只だ」
「むむ、惜しい。でも大丈夫、明日もやる!アルウェンも《神託》でお伺い立ててみろ!」
「神託は失せ物探しじゃないですよ」
「待ち人来るとかでも何でもいいから情報!情報!先手取らないと今度こそバッシュのあんちゃんがヤバいよ!!」
「え、オレなんだ」
「《不屈の誓い》を消費したからな」
「激怒もしちゃったな」
「ヤバイな」
「きゃらの!」
「あのあの、ほら今朝ちゃんと儀式の準備しましたから!いまお香焚きますから!もう一度神前で誓いましょう?ね?」
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