【D&D】『赤い手は滅びのしるし』33・24日目 再びブリンドル
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(良し月11日、神の日。日記24日目)
ブリンドル領主ジャルマースの居城、ブリンドル砦。衛兵さんに案内され、通されたのは先週とおなじ会議室。中からは先客の声が聞こえてきます。
「……故に契約は必ずやアローナ急行の方々が」
おや、獅子騎士殿の声。
ノックの後、扉は開かれ、衛兵さんが私たちの帰還を室内の皆さんに宣告します。大机の手前には、昨日の戦いの痕跡をサーコートの上にそのままに、二人の獅子騎士が状況報告中です。
「ご無事でしたか」
帰り道で何かに襲われなくてよかったですね、と声をかけると、獅子騎士殿二人の目がまん丸です。
「おー、アニタおひさー」
目ざとくソラナ隊長に声をかけるジョン、
「卿、獅子窟探索よりただいま帰還しました」
報告するべき事実を端的に述べるサンダース。
あっけに取られる会議室。一番最初に我に返ったのは、さすがと言うか、ジャルマース卿でした。
「ま、待て、待て待て!足に自信のあるものでも、イバラの荒れ野に到着するまで1週間はかかるはず、行って戻って普通は半月!……先週出発したばかりではないか!お主ら、いったいどうやって?!」
一息です。
「え?……バッシュの先導でまっすぐ歩いてきただけです」
よ。と言うと、どよめきが室内に、驚異を見やるまなざしがバッシュに。一瞬、どう振舞うべきか悩んだものの、意を決してぐっと胸を張ったバッシュを見て、会議室のどよめきはさらに長く伸び、その目と声とは徐に賞賛の視線と溜息へと変わります。
《送信》の連絡が途切れたときはどうなったかと気を揉んだが、という呟きが聞こえてきたので、私はちょっと曖昧に微笑んで誤魔化すことにしました。
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「いやはや。荒れ野まではざっと160マイル、並みの旅人なら10日はかかる距離だというに」
そうですね、とジャルマース卿の説明を受け、
「テレルトンまで3日、荒れ野まで2日、帰りは少し急いで1日でテレルトンへ。昨日の午後にハンマーフィスト館への手紙を引き継いで、その夕方に到着。一晩ゆっくりしてから1日歩いてブリンドルまで戻った……という路程ですね」
指を折りながら、行き帰りに要した日を数えてみます。合ってるかしら。
「1週間か、まあまあだな」
うむ、と腕組みで肯くサンダース。
「きゃらのっ!ドワーフのお姫様見そびれた!きっとちっちゃい・かるい・ぺったんこに需要がありすぎて公にできないんだと思う!」
「いやー……それはない、それはないから」
きわめて普通な女性観のジョンがドワーフを擁護します。えーとですね、お二方。会議室はそんな与太話は聞いてないと思いますよ?
「うーむ……では、此度の成果を聞かせてもらおう」
事実か否か。兎にも角にも、この冒険者共の報告を聞いて……判断はそれからとする。――と、ジャルマース卿の顔に書いてあります。人の長とはなかなかに難儀な立場のようですね。
ええと。
「行きのテレルトンで避難のお手伝いを少々。獅子窟の死霊王には、此度の戦いには関与せぬとの言質をとりました。帰りのテレルトンで包囲戦が行われていたので、防衛のために立てこもった勇敢な戦士たち30人の脱出を手伝いました。……残念ながらテレルトンは陥落しております。敵はゴブリンを主力に4000以上」
言うべき中身はこの程度で十分でしょう。会議はもう毎日行われているのであり、そこに必要なのは、現在の情勢がどのように変化したかを伝える事実の報告だけ、のはずですから。
「むう……」
ジャルマース卿が唸り、そのまま黙り込んでしまいます。あ、あれれ?
「……君たちはその、パーティを分けたり単独行動を取ったりで別々にそれらの目的地を訪れたのかね?」
と、これはアルヴァース隊長。
「いいえ?単独行動だなんて、私たちそんなに自信家ではありませんよ」
「正直、分散行動したらこの速度保てないからなー」
私が答える後ろで、ジョンがサンダースに耳打ちしています。しかし、会議は私たちの向こう側で更なる紛糾に突入していました。――聞いたか?4000だぞ!今すぐ撤退すべきだ!!――敵にこれ以上の増援はない!断固!戦うべし!!――いったい、どこから兵隊を都合する気だ、貴様!――腰抜けめ!何のためにブリンドルが城壁を築いてきたと思っている!!
所謂、蜂の巣をつついたような騒ぎ。ええーと。……ああ、もうひとつ、報告することがありました。
ぺち、と手を打ち、会議室の視線をこちらに寄せて。
「で、“輝く斧の団”は快くブリンドル防衛の依頼を引き受けてくださいましたよ。合流まで5日……と昨日言ってましたから」
ジャルマース卿が胡乱な目で私を睨みます。
「……私は先ほど、君たちが手紙を届けてくれることになったという報告を兵から聞いたばかりなのだが」
ホラ吹くのも大概にせぇよ、と言う目ですね、うん。私たちも自分たちの速さにはびっくりしているところですから、ちょっと確認するのはいいことです。
「えーっと、騎士さんたちは普通3日かかるところを真ん中で合流しましたので一日半。そこから折り返し街まで戻って一日半、都合3日」
「うむ。我々が手紙を引き受けたのが昨日の昼過ぎ、氏族長に謁見したのが夕方。昨日昼に発って今日の夕方……今しがたついたのだから一日半、と」
「と、いうことは。獅子騎士のお二人が引き返すのに要したのと、我々が館まで行って休んでブリンドルに戻るのとが、だいたい同じくらいっ……てことですね」
すっきりした結論です。朝の身支度や礼拝がきっちり半時間で完了した時のようなすっきり気分です。シンプルな回答に、私は気分をよくして微笑みました。
「はやい、なんという速さだ!」
部屋のあちこちから感嘆の声が上がります。――わあ、これはかなりいい気分ですよ?
「途中からでしたからね。最初からお引き受けしていればあと1日早くお届けできたと思いますよ」
この台詞、全く誇張はありません。ジョンもサンダースも、うんうんと肯いています。そこへ、
「よろしいですか」
する、と立ち上がって発言を求めたのは、セリリアさま。
「わが部族のオウルライダーたちを偵察のために谷じゅうのあちこちに飛ばしているのですが」
「ありがたい!ただ、奴らの軍にはまだ竜が幾らかいるはずなので気をつけてください」
珍しく敬語のジョン。
「わかりました。それで……その、どのオウルライダーたちも必ず“アローナ急行がどこそこへ向かって歩いているのを見た”と言う報告を携えて戻ってくるのはなぜですの?」
ぷ、とジョンが噴出しました。バッシュが、クロエが、笑いをこらえて顔を赤くします。精神集中か、そ知らぬ顔でコアロンの聖句を呟くサンダース。
――セリリアさまは、私たちが騙りではない、とおっしゃっているのです。あくまで疑わしいやつら、と私たちを睨んでいた、ジャルマース卿ほか数名に、星歌う丘のドルイドが真っ向反論をしてくれた格好なわけで。
ここで笑ったら、会議室慎重派のメンツ丸つぶれですよー。
で、どうなったかと言うと。
「きゃらのっ!味方ですらこれなら赤い手の連中は今頃目を白黒させてるよっ!きっと『谷に“アローナ急行”というギルドの一団が出没してるらしい、ざっと100人くらい』とか言ってるね!」
クロエが屈託ない笑顔で宣言して、
「うむ、だが会う敵会う敵全滅させてるから噂になってるかどうかは怪しいところだな」
「あそっか!やっぱサンダースのあんちゃんは頭いいな!」
――くすくすくす、と、本当に可笑しそうな笑い声。ペイロアの高位司祭、トレドラさまが、目じりを拭いながら笑っています。
「ジャルマース卿、彼らは本当に――やり遂げたのですわ――谷に出没する噂の100人ではなく――我々の味方として――疑いようもなく」
頑ななジャルマース卿の態度か、クロエとサンダースのかけあいか、それともなにか私にはわからない笑いのツボでもあったのか。トレドラさまはジャルマース卿の手を取り、卿の緊張を取り去ろうとするかのように微笑みかけて。
「久しぶりの吉報ではありませんか。さ、彼らに労いのお言葉を」
「う、うん。――あー、うむ」
恋仲だと噂される、ジャルマース卿とトレドラさま。普段二人でいるときは、たぶんそのくらいざっくばらんな態度でいるのでしょうけれど。城主と高位司祭、という取り合わせのときに、その口調はちょっと不味かったですね。うん、って。うん、ですって。ヒゲの叔父様なのに。
――笑っちゃダメな空間って、どうしてこう、どうでもいいことが一々ツボに嵌るんでしょうね。
その後は、堪え切れず。
アローナ急行、全員うっかり大笑い、です。戦前の緊張と長の会議の疲れとで飽和状態になっていた、ジャルマース卿以下お歴々のツボにもはまったらしく。
ブリンドル砦の会議室は、その日、久しぶりの笑い声であふれたのでした。
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