おおえのたかゆきの経歴【コンビでバトレボ実況→ニコ生→ゲームセンターで働き活動休止→復帰・上京、OPENRECで活動→実家に帰り配信専念】
こんにちは、ゲーム実況ウォッチャーチャンネルです。
今回は2009年から活動し、現在ではオープンレックを中心にゲーム配信で活動されているおおえのたかゆきさんについてご紹介させて頂きます。
プロフィール
まずはおおえのたかゆきさんのプロフィールをご紹介させていただきます。
おおえのたかゆきさんは本名で活動されています。
1987年4月13日生まれで今月誕生日を迎えたばかり、出身は三重県です。
一時期上京していたこともありましたが、現在では実家の三重に住んでおります。
事務所は多くの配信が所属しているライバーです。
おおえのたかゆきとして活動する前は、「おえかき」として活動しておりました。
本名のおおえのたかゆきから文字を取って「おえかき」と名乗っていたのかもしれませんね。
視聴者からは「おえちゃん」と呼ばれることが多いです。
顔出しをしており、ジャニーズ系のイケメンです。
子供の頃、周りの大人たちも「なんでジャニーズいれなかったん?」と言われながら育ちました。
ホストの勧誘を受けたこともあるそうですが、お酒が飲めないからという理由で断ったそうです。
幼少期〜
幼少期はよく行方不明になっていたそうで、小学校入る前には「何か呼ばれてる気がする」と靴下を手にはめ家を飛び出しそのまま行方不明に。
小学6年生の頃には、家族でいった喫茶店で頼んだアイスクリームに、嫌いな生クリームがのっていたため、そのまま店を飛び出し行方不明になりました。よく警察に保護され、お世話になっていたそうです。
中学時代は吹奏楽部に所属しておりました。
真面目に活動しておりましたが、あまりリズム感やセンスがなく、先輩から「今やらなきゃ死ぬ気持ちで集中してやれ」と言われ、ものすごく真剣に演奏したそうですが、演奏後先輩から「おまえしね」と言われてしまったそうです。それをきっかけに吹奏楽部をやめました。
大学時代は、雑貨屋やゲームセンターのバイトをしながら普通の大学生として生活しておりましたが、2009年にゲーム実況動画を投稿します。
おおえのたかゆきさんは、イケメンでありがなら、独特な声や、忖度せずにいいたいことをいうトークで現在人気を集めているゲーム実況者こそおおえのたかゆきさんなのです。
ゲーム実況デビュー
2009年9月ポケモンバトルレボリューションの対戦動画「@(あっと)おえかきのバトレボ実況 シングル 1枚目」を投稿しゲーム実況者としてデビューします。
この頃は「おおえのたかゆき」ではなく、「おえかき」として活動しており、相方のゴムさんと一緒にコンビ実況をしておりました。
ゴムさんと2人で実況をしておりましたが、次第にゴムさんは編集の方を担当するようになり、動画にはおえかきさん1人で登場するようになります。
ゲーム実況活動を始めて3ヶ月後には、ほぼ同じ時期に活動を始めていたもこうさんの大会「もこりんピック 殺合祭」に出場します。
おおえのたかゆきさんは、予選を勝ち抜き、見事優勝を果たします。
今でも仲がいいもこうさんとはこの頃からの付き合いのようです。
続いて大会「おおきなおっはい」にも出場します。
こちらも見事予選突破しますが、レーシック手術を受けたため、決勝戦トーナメントには出場せず、途中リタイアしました。
その後は実況動画はあまり投稿しなくなり、ニコニコ生放送で生主(なまぬし)としての活動に力を入れるようになります。
生放送では、ポケモンや、マリオ64のRTA 、雑談や凸待ち配信などを行っておりました。おおえのたかゆきさんの凸待ちは、「好き勝手凸待ち」という枠名で、マジック披露から下ネタまでどんな凸をしていいという企画でした。始めて、立ち見が出るほど人が集まった時の嬉しさが忘れられず、配信を続けるようになっていきました。
ところが、2011年9月には一度活動を休止しました。
その後すぐに復活しましたが、その1ヶ月の間はニートであったことを明かしています。
それ以降はフリーターをしながらゲーム実況者・配信者としての活動を続けておりましたが、2014年についに定職につくことになりました。
ゲームセンターの契約社員として働いていており、先輩から「スタッフなのに味がわからなかったらお客さんに出せないやろ」と言われ、一緒に景品のうまい棒を食べていたそうです。
定職についている間は配信をすることなく、このまま引退すると思われました。
しかし、2年後の2016年8月にゲームセンターの仕事をやめ、配信者として復帰しました。
やめる前に家族には、「もう二度と働かない。好きなことをしていきていく」と宣言。
義理のお姉さんからも「YOUTUBERになったら?」という後押しもあり、本格的に配信者として生きると決めて、ゲームセンターの仕事をやめたそうです、
その後本格的に活動を始めるようになります。
仕事やめた後は上京し、その時はもこうさんにお世話になります。
しばらくニコニコ生放送で配信しておりましたが、オープンレックをメインに配信するようになります。
ひとり暮らし時代は、隣人に「部屋でひとりでしゃべっている」とバレるのが嫌だったため、駐車場に車がないことを確認してから配信していたそうです。
ところが数ヶ月で実家の三重に帰ることになります。
その理由はひとり暮らしをしていると食事を取らなくなり、どんどんやつれていったそうです。
もこうさんからはもうちょっとこっちで頑張らないかと励ましがあったそうですが、実家暮らしを選びました。
オープンレックで配信を始めた2016年頃からは、シャドウバースをプレイ。
第1回シャドバミー賞を受賞しております。
ハマったゲームはかなりやり込む傾向があり、2017年からスプラトゥーン2をはじめ、現在でもプレイを続けております。そのかいあって、トップランクであるウデマエエックスまで到達しております。マリオメーカー2でも何百時間もかけて、ランクSプラスまでやりこんでおりました。
2018年から人狼ジャッジメントなどの人狼ゲームをプレイ。
この頃は女性視聴者の比率がかなり高かったそうです。しかし、YOUTUBEに人狼動画投稿していたところ、画面が動かない動画だったため、スパム扱いされてしまい、収益化を剥奪されてしまいました。現在でも収益化できておりません。
ここ2年近くは一切家から出ておらず、誰とも会わず、ずっと配信をしております。
同じ時期から活動を始めたゲーム実況者のもこうさんとは仲が良く、2009年からのポケモンバトレボ実況からの付き合いです。
2人の番組「いてまえちゃんねる」をやっていたり、ニコニコ超会議にも出演したことがあります。
プレイベートでも仲が良く、一緒に映画「君の名は」を観にいったり、度々もこうさんに家に遊びに行っているようです。また、もこうさんが病んだ時には、心配してもこうさんの家に駆けつけたというエピソードもあります。
今年もこうさんと2人でAPEXを配信したことをきっかけに、オープンレック以外にもYOUTUBEやツイッチで配信されるようになり、多くの視聴者を集めております。
おおえのたかゆきさんの魅力は、忖度せずに好きなことを話しているところではないでしょうか。
テレビのようにまずいものを食べてまずいと言えないような配信になるのは嫌だと語っております。
いつみても楽しそうに話しており、笑い声が耐えない配信です。
そして、視聴者のコメントをたくさん拾う配信スタイルも人気のひとつだと思います。
おおえのたかゆきさん自身、配信とはコメントを拾うものと考えているそうです。
コメント量は多いのですが、ゲームをしながらでもかなりコメントを拾って反応してくれます。
人気になることでコメントが増えて、コメントが読まれなくなってしまうのではないかと不安になっているファンもいるようです。
読んだコメントに対してしっかり反応してくれるため、視聴者もたくさんコメントをしたくなり、人気を集めているのだと思います。
これからもおおえのたかゆきさんの活動を応援していきたいと思います。
おおえのたかゆきさんのご紹介は以上となります。