レアル・マドリードの5バック攻略を振り返る。
動機
アンチェロッティ率いるレアル・マドリードは現在21-22シーズンのラ・リーガで首位独走中で、CLのグループステージも首位突破。昨シーズンとは見違える素晴らしいシーズンを送っている。
ところが、今シーズンは5バックで引かれた相手に対しては二の足を踏んでいる。5バック相手にはオサスナとカディスにスコアレスドロー、2022年の初戦となるヘタフェ相手に0-1で敗北と、惨憺たる結果となっている。
もはやマドリーが5バックをどのように攻略したのかが遠い記憶になりかけていたので、今回は前監督のジダンがどのように5バックを攻略したのかを振り返り、今季の試合を見る上でのヒントを得たいと思う。ジダンの第2次政権を選択した理由は、現チームとほとんど選手が変わらないため、今季のチームへの応用が容易だと考えたからである。
覚醒したヴィニシウス対策として、5バックや「ベタ引き」をしてくるチームは今後増えてくるかもしれない。そういう意味においても、マドリーがどのように5バックを崩したのかを振り返ることには意味があると思う。
※ カディスは基本4バックだが、自陣深くで守る際は5バックになることが多かったため、5バックの相手に含めた。
取り上げる試合
今回取り上げる試合は2つ。20-21シーズンのホームでのアトレティコ・マドリード戦と19-20シーズンのアウェイでのグラナダ戦。両試合ともマドリーが相手の5バックを攻略した試合である。
なお、この2試合は現在WOWOWオンデマンドでアーカイブ配信されているので、映像でチェックされたい方はそちらから。
20-21シーズン ラ・リーガ第13節 アトレティコ・マドリード戦
試合結果
レアル・マドリード VS アトレティコ・マドリード 2 - 0
ラ・リーガで首位を走る絶好調アトレティコ・マドリードが、マドリーのホームであるアルフレッド・ディ・ステファノに乗り込んだゲーム。一方、当時いまいち波に乗り切れないマドリーも直近のCLでボルシアMGに2-0で勝利し、復調の兆しを見せていた。
スターティングラインナップ
ホームのマドリーはいつもの[4-3-3]。ベンチにはロドリゴ、アセンシオ、フェデ・バルベルデが控える。一方、アトレティコは4バック予想もあったが、[5-3-2]のフォーメーションでスタート([3-5-2]の表記もありうるが、ゲームではほとんど引いて5バックを形成していたため、[5-3-2]と表記)。シメオネはこの試合でかなり受ける形で入ったことを、自身の采配ミスであると試合後に潔く認めている。
マドリーが試合をする展開
マドリーがゲームを支配する前半。アトレティコはある程度前からプレッシングに行く恰好を見せるも、そこまでインテンシティは高くないため、マドリーは余裕を持ってボールを保持する。マドリーが中盤の3枚と降りてくるベンゼマを経由して逆サイドに展開すると、アトレティコはすぐにリトリートして、5枚のDFと3枚の中盤がそれぞれラインを作り、2ラインのブロックを形成。アトレティコは守備時、ジョアン・フェリックスが少し降りて[5-3-1-1]、もしくは[5-3-2]の形が基本となる。
マドリーは攻め急がずに、サイドチェンジを繰り返し、徐々にアトレティコを押し込み、ハーフコートでゲームを進める。
基本的な立ち位置
Figure 2はこの試合よく見られた両チームの配置である。注目はマドリーの両WGが大外で高い位置を取り、相手の両WBをピン留めしていること。これにより、相手の5枚のDFはラインを上げることができず、マドリーはボール保持において、幅と深さを確保できた。
ベンゼマは5と3のライン間を自由に動き回り、時に中盤の3のラインの前まで降りて、ゲームメイクに参加する。マドリーは両WGが相手DFをピン留めしているため、ベンゼマが降りてきてもディフェンスラインが上がることはないので、窮屈になることはない。
マンディやモドリッチはハーフレーンで5と3のライン間に入り、クロースとカルバハルは、自分の前の2人と三角形を作る。ただ、モドリッチとカルバハルの位置はしばしば入れ替わる。
この試合でアトレティコを苦しめたのは、中盤3枚の両脇のスペースである。先述したように、アトレティコの両WBはマドリーの両WGにピン留めされて前に出れないので、3枚の中盤のサイドの選手(コケとジョレンテ)がそのスペースをカバーすることになる。そのため、マドリーのラテラルやインテリオールがこのスペースでボールを保持するとき、ほとんどプレッシャーを受けない。
なぜならこのスペースでマドリーはラテラルとインテリオールで2vs1を作ることができるからである。例えば、コケはカルバハルとモドリッチの2人を相手にしなければならない。サイド近くでWGが参加すれば3vs2となり、ベンゼマがサポートに降りてくることもあるので、アトレティコは中々ボールを奪取できない。フェリックスがプレスバックしてきてそのサイドでの攻撃が詰まれば、クロースらがサイドチェンジするので、中盤の3枚は常に横のスライドを繰り返すことになる。
カゼミーロのゴール(前半15分)
カゼミーロのゴールはCKからのヘディングシュートによるものだが、このCKはアトレティコのディフェンスを崩して得られたものである。以下ではその崩しを見ていく。
Figure 3は左サイドでのパス交換から大外でボールを受けたヴィニシウスがドリブルで中央へ侵入しようとするシーンである。ヴィニシウスの周りには相手が集結していたが、フェリックスの背中を取ってフリーとなったカゼミーロがヴィニシウスからボールを受ける。ぽっかり空いたカゼミーロのところに、ミドルシュートやクロスを打たれないようにコケ(逆サイドのMF)が急いで蓋をしに行く。中央に人が集結したため、カゼミーロは逆サイドのモドリッチへのパスを選択する。
左サイドに相手を集め、カゼミーロのところで、左の中盤のコケまで引きずり出した格好になった。
Figure 4はカゼミーロのパスがモドリッチに渡ったところからのシーンである。相手DFを中央に寄せてから逆サイドに展開したことで、局所的に3vs2の数的優位が得られた。ボールホルダーのモドリッチに対して、22番の左CBエルモーソが前に出てプレッシングに行く。モドリッチは大外を駆け上がるカルバハルにパスし、カルバハルはワンタッチでニアゾーンへスルーボール。バスケスがニアゾーンでボールを受け、クロスを上げるが、戻って来たエルモーソがなんとかブロック、CKに逃れる。そして、このCKからカゼミーロがヘディングシュートを決める。
ニアゾーンへの侵入
ニアゾーン(ポケット)への侵入は相手DFを崩す上で重要である。先述したゴールへとつながるシーン以外にも、前半5分にもマドリーはニアゾーンへの侵入に成功している。
Figure 5は、ニアゾーンへの走りこんだベンゼマにクロースが浮き球のスルーボールを通したシーンである。
降りてきたベンゼマがラモスにパスして前に走り出し、ラモスはクロースへパスを出す。クロースにボールが渡ったとき、15番の右CBサヴィッチの前で、マンディは降りてボールをもらいに行き、ベンゼマはラインの裏へランニングする。サヴィッチはどちらに付いていくか迷い、その瞬間サヴィッチの頭を超えるボールがベンゼマへ渡る。
ニアゾーンで受けたベンゼマに対して、他のCBがスライドし、ペナルティアーク周りのスペースが空き、そこに走りこんだマンディにパスが出るが、惜しくも流れ、ボールはモドリッチに渡る。ニアゾーンを取られたことで、5バックはゴールラインまで、3枚の中盤もペナルティーエリアまで押し下げられ、モドリッチはフリーでミドルシュートを打つことができた。シュートは枠外だったものの、惜しいシーンだった。要するに、ニアゾーンへの侵入が成功すれば、相手はゴールラインまで最終ラインを下げざるを得ず、相手の中盤3枚もペナルティーエリア内まで下がれば、ミドルシュートを余裕を持って打てる広大なスペースを確保できる。
また、[5-3-2]の構造上、複数の選手を見て広いスペースを守る必要のあったマルコス・ジョレンテ(右の中盤)がクロースへのプレッシングに間に合わなかったことが、クロースがフリーで正確なスルーボールを蹴ることにもつながっている。
ただ、ニアゾーンへの侵入はこの2つのみ。決して再現性の高い攻撃ではない。
ほとんどパーフェクトな前半
シメオネは前半20分を超えたあたりから、カラスコを1列前に上げて、4バックに変更するも、マドリーがボールを保持してゲームを支配する様子は変わらず、前半終了。シメオネは後半開始から3枚替え。アンヘル・コレア、レナン・ロージ、ルマールを投入し、[4-4-2]をより明確にする。
前半のスタッツは、マドリーはボール支配率60%で、シュート数(枠内)が6(2)、一方アトレティコのシュート数(枠内)は0(0)。また、走行距離上位は、コケが6.7㎞、エクトル・エレーラが6.4㎞と、アトレティコはかなり走らされた。
シメオネが慌てて5バックから4バックへと修正したことは、ジダンが5バックを攻略したことの証左だろう。スコアとしてはセットプレーからの1点のみだが、マドリーが完全に試合を支配した前半だった。ゴールを決めてからは、省エネでボールを回し、相手がボールを取りに来ても、簡単にいなし、アトレティコの選手の体力を奪い続けた。
アトレティコ戦のまとめ
リトリートしたアトレティコの5バックに対して効果的だったのは、3枚の中盤の脇のスペースとニアゾーンの利用である。その2つをサイドチェンジを駆使することでマドリーは最大限活用した。
この試合で、サイドでの縦へのドリブル突破やサイドからのクロスはほとんど見られなかった。ちなみにこの試合でヴィニシウスがアトレティコ守備陣をドリブルで突破するシーンはほとんど見られなかった。このことは逆に、ヴィニシウス対策として5バックを敷くチームが出てきたときの参考にはなると思う。
19-20シーズン ラ・リーガ第36節 グラナダ戦
試合結果
グラナダ VS レアル・マドリード 1-2
ディエゴ・マルティネス監督の下で素晴らしいシーズンを送るグラナダのホームに、リーグ中断後は8連勝中のマドリーが乗り込んだゲーム。5バックと4バックの両方を用いるディエゴ・マルティネスはマドリーのサイド攻撃を警戒して5バックでスタートした。
スターティングラインナップ
ホームのグラナダは[5-4-1]のフォーメーション。相手が低い位置でボールを保持するときには、グラナダはハイラインで3バックのコンパクトなブロックを形成し、相手に前進されればリトリートして[5-4-1]のブロックを形成する。
一方、グラナダがサイド攻撃を警戒して5バックにすることを読んだかの如く、ジダンはWGの選手を起用せずに、クリスマスツリー型の[4-3-2-1]を選択。イスコとバルベルデはシャドーのようなポジションで、ハーフレーンでグラナダの[5-4]のライン間に立つ。モドリッチとバルベルデは頻繫にポジションを入れ替えていた。
ミドルゾーンの数的優位
これはやや極端な形だが、マドリーのボール保持のときには基本的にはFigure 7のような配置になっている。マドリーのCBに対してグラナダはFW1人。グラナダの両WBはマドリーの両SBを見ている。そして、グラナダはベンゼマ1人に対して3人のDFを要してしまっている。その結果、ミドルゾーンでマドリーは数的優位を得ることになる。Figure 7のオレンジ色のゾーンを見れば明らかなように、マドリーは「5vs4」の数的優位となっている。
カルバハルとマンディの両ラテラルが幅を取り、イスコやモドリッチ(もしくはバルベルデ)はハーフレーンで相手のライン間に立つことが多かった。ベンゼマはサイドに流れたり、ライン間を浮遊したりすることはあっても、中央にマドリーの選手が多いこともあり、頻繁に降りてくることはせず、基本は相手の3人のCBをピン留めし、チームに深さを確保させた。
マドリーはミドルゾーンでの数的優位を活かしてボールを安全に保持して前進させる。前半途中には、ハーフコートで巨大ロンドをしているかのような華麗なパスゲームを展開した。
この試合のマドリーのゴールシーンは2点ともミドルゾーンでの中央突破を起点としている。以下では2つの中央突破を見ていく。
ミドルゾーンの中央突破①
ゴールキックからスタートしたプレーである。ラモスからボールを受けたクロースは前を向き、縦関係になったカゼミーロにパスを出し、リターンをもらう。Figure 8はそこからのプレーを示している。バルベルデがクロースから斜めのボールを前向きに受け、相手のMF(21番)がバルベルデにプレスするが、左WB(17番)はカルバハルを気にして中に絞り込めない。ゆえに、モドリッチはライン間でフリーになっている。
バルベルデからの縦パスをライン間に立つモドリッチがボールを受ける。モドリッチに相手の左CB(22番)がアプローチすると、その空いたスペースにベンゼマが流れ、マークに付いた真ん中のCBもベンゼマについていき、中央にぽっかりスペースが空く。そのスペースにカゼミーロがグラナダの21番の背中を取って走りこみボールを受ける。
カゼミーロはイスコにボールを預け、イスコは上がってきたマンディへパスし、マンディが縦にドリブル突破し、ニアハイに強烈なシュートを決めてゴール。見事な中央突破から最後は質的優位でゴール。
このゴールの起点となったのは中央からの崩しである。整理すると次のようになる。相手の中盤の脇でボールを受け、ライン間の選手に縦パスを通し、CFがサイドに流れてスペースメイキングし、そのスペースに3人目が走り込みボールを受ける。美しい一連の流れである。
ミドルゾーンの中央突破②
Figure 10はグラナダがチャンスシーンから奪われたところである。マチスが中へドリブルしたところをカゼミーロがボールをつつき、そのボールがモドリッチへ渡ったシーンである。つまり、マドリーから見れば「守備→攻撃」のトランジションのシーンである。そのため、グラナダは攻撃で前掛かりの状態になっている。
モドリッチはカゼミーロが突いたボールをドリブルで前に運び、カウンターアタックを選択する。
Figure 11はモドリッチがボールを運び、「3vs5」となっているシーンである。このとき、ベンゼマはイスコのいるサイドに流れ、それを見たイスコはベンゼマが空けた中央のスペースに走りこみ、モドリッチからボールを受ける。ボールを受けたイスコは3人に囲まれながらも、モドリッチにヒールパスを通し、モドリッチが左で開くベンゼマへパス。ベンゼマはドリブルでエリア内に侵入し、カットインからシュートしてゴール。
またしても、中央から崩して最後は質的優位でゴール。
1点目が中央のスペースを同レーンの選手が走りこんでボールを受けたのに対し、2点目は横のレーンの選手が斜めに走りこんでボールを受けた。マドリーは早々に2点を決め、完全に試合を支配した。
前半30分のクーリングブレイクで、グラナダのマルティネス監督はたまらず5バックから4バックに変更。ジダンの5バック攻略が完璧に嵌まったのである。
グラナダ戦のまとめ
グラナダ戦でゴールとなったのは2つとも中央突破からである。これは[4-3-2-1]というフォーメーションがうまく機能したことによるものである。幅を取るWGではなく、ハーフレーンにポジションを取る選手を起用したことで、ベンゼマとの距離が近くなり、ベンゼマが空けたスペースに走りこむことが可能になる。
1点目はモドリッチがライン間で受け、ベンゼマがサイドに流れ、空いたスペースにカゼミーロが縦に走りこんでボールを受ける。2点目はベンゼマがサイドに流れ、そのスペースにイスコが斜めにランニングしてボールを受ける。
共通点は3つ。ボールホルダーが相手の中盤の脇で前向きにボールを持つこと、ベンゼマがサイドに流れて中央のスペースを空けること、そのスペースに走りこむ選手がいることである。
2試合の5バック攻略から見えてくること
マドリーの5バック攻略において重要なのは、大外ではなく内側のレーンを活用したことである。5バックでは相手の両WBは大外に待ち構えるので、5バックは4バックよりも中央の密度は低いが、両サイドのケアには優れる。ゆえにサイドを重点的に攻めるよりも、サイドは経由するだけで中央の3つのレーンから侵入する方が合理的である。なぜなら、マドリーの真ん中にはモドリッチ、クロース、ベンゼマという百戦錬磨の選手がいるのだから。彼らを経由するだけで違いを作ることができる。
それゆえ、マドリーの5バック攻略の要諦は、サイドは見せつつ中央突破することである。相手の中盤が3枚なら脇のスペースでボールを受けることが、相手の中盤が4枚ならベンゼマが空けた中央のスペースでボールを受けることが重要となる。もちろん、5バックを敷く相手にWGがドリブル突破できるのならそれに越したことはない。ただ、相手が5バックの場合はサイドよりも中央の方が優位性を確保しやすい。ゆえに、中央からの侵入は理にかなっていると思う。
結びの言葉
ここまで読み終えた人はほとんどいないと思う。私の拙い戦術分析に物申したい人は少なくないだろう。是非とも忌憚ない意見を。
マドリーの5バック攻略としてアトレティコ戦とグラナダ戦を取り上げたが、他により示唆的なゲームがあったかもしれない。また、この2試合の分析も他の方ならもっと明晰な説明を用意したかもしれない。
ただ、マドリーが5バックをどのように攻略してきたのかを記事にしたものを(ほとんど)見たことがなかったので、このnoteはそれなりに意義があると思う。今季のアンチェロッティ・マドリーの試合を観る上で読者諸氏に何かしらのヒントを与えられれば幸甚である。
今回は以上です。