FUSE 01 『 Maybe "peach" 』
「ま〜た古代人の研究してるんですか」
シノミヤは研究室で背中をまるめてエナジーデバイスをこねくりまわす巨体の男を見上げた。
「ソノダさん、ほんとに古代人の"食文化"が好きですね」
ソノダと呼びかけられた男は返事もそこそこに、ライブラリからいくつかの記録を引っ張り出してはにらめっこしている。
エナジーなんて摂取できればそれでいいのに。
そんな風に思いながら、辺りに転がっているエナジーデバイスをひょいと手にとり、デフォルト設定のまま摂取した。
シノミヤは驚くほどこだわりのない人間だった。
自身の基体もデフォルトのまま。
エナジーデバイスの設定をいじったこともなく、エフェクトオフのまま摂取し続けている。
シノミヤのようなヒューズは現代において珍しくはなかった。
むしろ、ソノダのように原型を留めないほど基体をカスタマイズし、エナジーデバイスの設定を始終こねくり回しているヒューズの方が、希有だ。
2人が出会った頃から、ソノダはあるエナジーについて研究をしていた。
・・・
元々ソノダは記録信号の研究家だった。
かつてこの星に生きた生命体がまだ電化すらしていなかったほど古の記録だ。
古代生命体。今と比べると原始的で非効率的な生命活動を行っていたと考えられている彼らだが、なぜか記録だけは電化する技術を持っていた。とはいえ多くの記録は長い時を経てメモリが失われたり破損しているものがほとんどだが、中にはあの極電期を乗り越えて、ごく一部ではあるものの解読可能な記録が残っているらしかった。
解読家たちはこの"記録"を読み解き、かつての生命体がどのように生きていたか、その生態系や文化を研究しているのだ。
シノミヤのように大抵のことに無頓着なタイプのヒューズにとってはかつての生命体がどうだったかを知ったところで"蓄積メモリが増えるだけ"だったが、ソノダのような一部のヒューズにとってはそうではないらしい。
"研究家"と呼ばれる彼らは実にさまざまなことを研究している。
だがそれでも、固有のエナジーを研究し続けているソノダのようなケースはかなり稀だった。
・・・
「ヨシ!!!!!」
普段寡黙な彼が突然大きな信号を発したため、シノミヤはプラズマを盛大に揺らめかせた。
「うっわびっくりした〜。ソノダさん、基体がデカイんですから出力気をつけてくださいよ」
微弱な反発信号でパチパチと非難すると、そこではじめて「いたのか」と言わんばかりの反応を示された。
(ソノダの基体は時折、こうして感知機能に不具合を起こす。)
「シノミヤか。いいところにきた。今日のはかなり自信作だ」
「また"モモ"ですか?」
「そうだ」
モモ。
それがソノダが研究している古代エナジーの名だった。
かつてこの星には"モモ"と呼ばれるエナジーがあったらしい。
ある時偶然その記録を見つけたソノダは、もう長い間モモに取り憑かれている。
ヒューズにとって古代人はユニークな生命体だ。
その生命活動はすべてが非効率的だったにも関わらず、この星の環境をごくわずかな期間で大きく変動させ、ヒューズを生み出したきっかけを作った。
と、いうことまでは分かっているが原始的な生活を送っていた彼らがどのようにしてそれを引き起こしたかはまだまだ分かっていないことが多い。
そんな彼らはその生命維持のためかなり不安定な方法でエナジー補給をしていたらしい。そしてそのエナジーはどれもが異なる信号を持っていた。古代人はエナジーの保有量や摂取効率でなく信号によってその優劣を決めていたというのだ。まったくつくづく理解し難い生き物だ。
その中でも"モモ"は最上位にあるエナジーで、その信号がいかに優れているかはいくつもの文献が示しているらしい。
すべてのエナジーをエフェクトオフで摂取しているシノミヤにとってはこの情報も単なる"蓄積メモリ"の一部でしかないのだが、ソノダにとっては重要事項なのだそうだ。知り合ってから"古代人時間"で記すならば869年7ヶ月6日と12時間46秒もの間、ソノダはかつての上位エナジー"モモ"の信号を再現するためエフェクト設定をこねくり回している。
「どうだシノミヤ。やってみるか」
「いや〜、自分は摂取してもよくわかんないんで……」
「そうか」
ソノダがこうしていつも試作品をすすめてくるたびにシノミヤは毎回丁重に断ることにしている。
以前一度だけソノダお手製の"モモ"エナジーを摂取したことがあるが、摂取時のノイズが激しすぎてしばらく信号がメモリに付着してしまい、除去に時間を要したことがトラウマになっているのだ。
そもそも、エナジー消費の度合いは個体によってそれぞれなのだから補給を他者に薦めること自体おかしな行為だが、2人の間では自然なやりとりになっている。
本来エナジー摂取は単調な作業だ。摂取しなければ個体を保てなくなるとはいえそんなことは稀だし、そもそも大気中の電粒からもエナジーは摂取できる。
デバイスについているエフェクト機能だって本来おまけ程度のもの。
だがシノミヤはソノダがエナジー摂取する瞬間を見るのが好きだった。普段寡黙でほとんど信号を発さないこの男が、モモエナジーを摂取するときだけは実に様々な反応を示す。
シノミヤにとってはモモエナジーの"ノイズ"よりも、ソノダの発するいくつもの信号の方がよほど"優れて"いるように感じられた。
ソノダが今できたばかりのエナジーを摂取する。
彼がその基体を大きくしているのはエナジー容量を増やしておくことでいつでも研究成果を確かめられるようにだ。
しばらく慎重に信号処理していたソノダだったが、その基体からわずかに#b338edと#ffec5のプラズマを見せたかと思えば、少し揺らめかせただけですぐにおさまった。
どうやら今回も、実験は失敗だったらしい。
ソノダが感想を漏らすことはなかったが、基体がわずかに#b0c4deを纏っている。
そもそもが無理な話なのだ。
なぜなら古代人は電化していなかったのだから。
いくら記録を読み解こうが電化していなかった生命体のメカニズムで感知した信号をヒューズのメカニズムで全く同じように受け取ることは到底不可能だ。
シノミヤにですらわかっているのだから、ソノダなどはとうの昔、それこそ研究を始めた当初からわかっているはずなのだ。
それでも研究するのは。
悠久の時を持つ彼らの、長い長い暇つぶしであり。
これこそが、"モモ"というエナジーの魅力なのかもしれないな。
そんなことを思いながら、シノミヤは今日も寡黙な信号を穏やかに感知するのであった。
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