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精神科医の先生の話「依存症治療のゴールは幸せになること」ほか。
今現在、二週間に一度のペースで通院とグループワークに参加し、月に一回程度のペースでGA(自助グループ)に参加している状況です。
僕にとってのギャンブル依存症の治療は、これらを継続していくことです。初心忘れるべからずです。自分が安心できるまでは、ずっと継続していく予定です。
そうして先月のグループワークの際、精神科医の先生(担当医ではない)が同席しておられ、質問する機会がありました。
色々と質問内容を考えてみたのですが、結局自分の中で整理がつかず、すこし変な質問を投げかけることになりました。
「自分はギャンブルでの失敗をとても後悔してきましたが、ここ最近はそうした感情が徐々に無くなってきて、自分の弱さがはっきり見えるようになり、そういうものと向き合えるようになりました。こうした人は、多いのでしょうか?」
僕がどういう意図で質問したのかはハッキリと思い出せませんが、おそらく自分が正しい道を進んでいるのかどうかの確認したかったのだと思います。
先生の答えはこうでした。
「ギャンブル依存症は心の病気なので、自分と向き合うことが必要な病気です。だから、あなたは今とても良い傾向なのだと思います。」
そして続けておっしゃった言葉は、
「依存症治療のゴールは、『幸せになること』だと私は考えています。ギャンブル行動を辞める、辞め続けるだけではなく、『幸せになっていくこと』がもっとも大事だと思います。そしてあなたは今、弱い部分を見ているとおっしゃいましたが、『良い部分』もたくさん見てあげて下さい。」
僕は、
「ありがとうございます。自信をもってやっていきたいと思います!」
と元気に返答しました。
僕はこれまで、ギャンブルでの失敗やそもそもの性根かもしれない人間的な弱さから、家族や他人に迷惑をかけてきました。なにも金銭的な迷惑だけではなく、それ以外のことについても沢山の迷惑をかけてきました。
そうした反省が常にある中にあって「自分の良いところ」を発見しようとする作業に入ることはありませんでした。
むしろ、自分の反省からは「弱い部分」にフォーカスすることが中心になり、それを正していく「生き直し」の気持ちが生まれてきました。
(前回、前々回の記事で細かく書いています。)
これは、自分にとってとても前向きなことだと認識していて、なんとか遂行していくことを重要視している日々を送っています。
しかし、先生のアドバイスを受けてからは、もしかしたらすこし視野が狭くなっていたのかもしれない、と考え直すことにしてみました。
すると確かに、先生がおっしゃった「良い部分」は自分にもあるはずだと気が付くことが出来ます。
仕事が終わればギャンブルをして、週末になればギャンブル三昧、約束もろくに守らずに一人でギャンブルにのめり込む日々。仕事などで嫌なことがあっても真正面から向き合わず、逃げるようにギャンブルをする。おまけに借金持ちです。
それでも、自分の良い部分はあると理解することが出来ます。
なぜならそれは、自分の「強み」とかではなく、単に自分の「良い部分」のことだからです。もっともっと性根に近い部分に存在しているものであって、正しい価値観や正しい人生観によって生み出されているものだからです。
すこし狭くなっていた視野を広げてみたら、そうしたことに気付くことが出来たような気がするのですね。
だからこれから、良い部分をこれから沢山探していこうと思っています。
もっとも、こうした事に気付けたのは自分の良い部分=自分の精神的な弱さの対極にあるモノだと認識することが出来ているからだと思います。
仮に自分の精神的な弱さに向き合っていなければ、おそらく先生のアドバイスが僕に突き刺さることは無かったと考えています。
「自分の良い部分かあ」
「・・・」
といった感じです。
だからやっぱり、少しくらいは心が成長しているんだと思います。
そしてもう一点、大事なことを先生はおっしゃいました。
「依存症治療のゴールが幸せになること」です。仮にギャンブルを辞めることが出来ても、自分が幸せになっていなければ意味がありません。そしてそれには、自分の心の成長が欠かせません。
僕はよく「ギャンブルさえしてなければ・・・」と思考することがありました。先ほども書いた通り、ギャンブルでの失敗をとても後悔してきました。
でも、仮にギャンブルを覚えていなければ、僕は幸せな人生を謳歌していたのだろうか?と仮説を立てた時に、自信をもって「絶対そうだったよな」と言い切ることは出来ないな、とある時点から考えるようになりました。
突き詰めると、ギャンブルに依存していた理由が僕にはあって、それに向き合い、解決していかない限りは幸せにはなれないな、と思えたのです。
つまり、仮にギャンブルを辞めることが出来たとしても、それがイコール幸せであるとは限らないはずだと。だから、先生のおっしゃった「依存症治療のゴールは幸せになること」は完全に正しいと僕は改めて思っています。
こうして、僕の質問に対する先生の回答は、とても重要なものを示唆してくれてたと思います。そしてもっと自分に自信を持って、これからも治療を続けていきたいと思っています。
先生からの良いお言葉をシェアするため、そして自分自身の整理のため、今日、このブログの記事を書けたことを幸せに思います。そして明日も今日と同じく、ギャンブルだけは絶対にしません。