モネとイギリス🇬🇧
私の好きなモネとイギリスの話を少し。
1870年の時、普仏戦争(プロイセン・フランス)の兵役から逃れるために、ロンドンに行っています。
当時は、30歳の時で、このすぐあとに印象派となる作品を描き始めます。
普仏戦争は、翌年、終結したので、この時は、1年でフランスに戻ります。
また、ロンドンに訪れたいと思っていたそうです。
それから、再び訪れるのは約30年後。
息子のミシェルが留学していたこともあり、今度は定期的にロンドンに訪れます。
テムズ川の辺りにあるサヴォイホテルに滞在して、チャリング・クロス橋とウォータールー橋を描いて、少し移動して、ウェストミンスター宮殿を描くという生活をしていたそうです。
いずれも連作で、60歳ですごいハードスケジュール!
それとも、のんびりと描いていたのでしょうか。
ロンドンでは、100点の作品を制作して、ジヴェルニーのアトリエで仕上げます。
サヴォイホテルは、老舗の高級ホテルなので、それなりに滞在費かかったのではないかなと想像してます。
ちなみに、このホテルは、映画「ノッティングヒルの恋人」にも出てきます。
写真は、5月に開催されていた「モネ 連作の情景」展から。
ウォータールー橋の連作です。
1900年ごろの作品で、煙突の煙と霧がかかるロンドンの景色が印象的です。
今は、同じ画角で、どのような景色が見えるのでしょうか。
その頃、日本は
1870年(明治3年) 都市に電気通信が開通。
1900年(明治33年)日清戦争と日露戦争の間くらい。