菅野麻衣子「SATURDAYS」
「SATURDAYS」とは、菅野麻衣子さんがアメリカの画家、ノーマン・ロックウェル(1894-1978)の作品へのオマージュとして制作した21点の絵画シリーズです。なぜ、このようなシリーズが成立したのか、ここで詳しくご紹介いたしましょう。
コロナ禍で見つめた人生の哀歓
本作は2020年の春頃、お互いにリモートワークばかりになった私(GALLERY SPEAK FOR)と菅野さんとの電話での会話が企画のきっかけとなりました。
人は誰しも、普段過ごし慣れた生活を急に激変させなければいけなくなった時、ストレスを抱え弱ってしまいます。何が確かか分からない様々な言説がSNS空間に流れ、依って立つ基盤が溶け消えるような、社会の「分断」という言葉がリアルになる、そんな苦しさを抱えたこの2年半だったと思います。
その間にふと思い出したのが、人気画家としてあまりにも有名なロックウェルの絵のことです。彼が活躍したのは第一次世界大戦からベトナム戦争までの、成長も戦禍も著しかった時代のアメリカでした。自由主義を謳歌するかわりに苦悩も深かったこの時期のこの大国にあって、人間生活の哀歓の愛おしさを大衆の眼に示し続けました。
今こそ輝きを増して見えるロックウェルの絵を、菅野さんらしい解釈で読み替えてみたら、「現代にふさわしい癒やしを創れるのでは」と私は言いました。本シリーズの構想はそうして始まったのです。
情感の深みを映す少女画
菅野麻衣子さんは個人的な内面世界をテーマとし、そこに生まれた自分自身のアバターかも知れない少女像を丁寧に絵筆で具現化しています。現代において様々な困難に向き合い生きている人間たちの深い井戸のような複雑な情感とその風刺の世界を絵とし、多くのファンに支持されてきました。
彼女は、困難な時代にあって人々の心を癒やし、大衆の心をひとつにできる瞬間の創造に真剣に取り組み続けたロックウェルの絵画作法への敬意を新たに持ちました。その名作の印象や構図の面白さのパーソナルな受けとめをコンセプトとして描き続けたのは、構図をあえて重ねることで二者の違いをより明確に示せるはず、という思いからです。
目に見えるドラマと見えないドラマの対比
ロックウェルの生きた時代には、リンドバーグの大西洋横断飛行や、ベトナム戦争、アポロ11号での人類月面着陸など、眼に見えるドラマが目まぐるしく展開されました。そして彼の描く絵では少年たちがいきいきと躍動しています。一方で菅野さんの生きる現代では、眼に見えにくい内面の動きに人々が拘泥しているところであり、彼女のほとんどの画中に登場するのは少女たちです。
果たして、菅野さんが描きあげたロックウェル・オマージュの作品群を原画と対比して見る時、その二者の違いは想像以上に、興味深い時代の変化を提示しているようです。
女の子たちの世界の「土曜日」
本シリーズタイトル「SATURDAYS」は、ロックウェルが表紙を長期連載していたことで有名な「サタデー・イブニング・ポスト」の名にもなぞらえつつ、「彼からの学びのおかげで、女の子たちの世界の「土曜日」のような瞬間を描くことができた」という彼女自身の感慨も示しています。
本シリーズ完成を祝して、菅野麻衣子さんの個展「SATURDAYS」が開催中です。本展を鑑賞いただきながら、「明日は日曜日」というささやかな高揚を感じていただければ幸いです。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?