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世界に、やわらかな線を引く。
【連載】あれこれと、あーと Vol.8
5月の夜。荻窪にあるカフェ、arkku(アルック)にてMihoko Onodera氏の個展「Miho - Abstract」- Abstract」を鑑賞する。
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みほこさんは私の古くからの友人で、久しくSNS上の繋がりに留まっていたが、最近また制作活動を再開されたと知り、かげながら応援していた。個展のお知らせを頂いたときはとても嬉しかったし、これは必ず行かねばと思った。
Mihoko Onodera
1989年 東京生まれ
1995年 私立吉祥女子高校芸術コース美術科卒業
1999年 武蔵野美術大学造形学部油絵学科卒業
2018年 ギャラリー219 表参道 東京/個展
2018年 高架画廊 神田 東京/個展
2019年 ギャラリー219 表参道 東京/個展
2023年 ARTOXIC(デジタル) M.A.D.S. Gallery in milan/グループ展
アートと触れ合う時間は貴重だ。けど、うかうかしていると鑑賞のチャンスを逃してしまう。私など、ご丁寧に手帳にまで書き込んでいるくせに、気つけば「会期終了」なんてことがしょっちゅうで、毎度自分のズボラさに落ち込む。
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東京に住んでいると、いつもどこかで、何かの展覧会が開催されていて、簡単にアートの世界に繋がれる。だけど、気になっていた展示も好きな作家の個展も、自ら向かっていかないと「作品」と出逢うことはない。
とくにアートは、映画や音楽のように場所を選ばず鑑賞できる画期的なツールがまだないから、とにもかくにも、その場所に赴くことが一番なのだ。
織りなすガーゼの向こう側をじっと見つめる。
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カフェに入ると、ぱっと鮮やかな作品たちが飛び込んでくる。壁にはいくつかの平面作品が飾られていて、壁付けの木のテーブルには石にペインティングされた可愛らしい作品がぽん、ぽん、と展示されていた。
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線や色彩たちが織り重なっているような構成で、おもしろい。互いに共鳴しながらも、微妙に距離を置いているようだ。同じ場所にいても、交わり合うことはなく、それぞれが個別の存在感を放っている。不思議な距離感があり、それが心地良かった。
みほこさんの作品は、格子のように線が引かれているものが多い。多彩な色を用いながら、線が縦に横にと自在に重なりあっている。線は、こちらとあちらを、やわらかく隔ている。それはまるで、編み目の甘い、ガーゼ生地から、向こう側をこっそりとのぞいているような感覚だった。
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絵を拝見しながら、みほこさんとたくさんお話しした。作品についてや、アートへの思い。みほこさんご自身のこと。
彼女に私の感覚を伝えると、「深く被った麦わら帽子の編み目みたいな感じ。そこから見る世界は、粗くて、つぶさにはわからないけど、でも完璧に遮断されているわけじゃない。それくらいの距離感が、いいのよね」とユニークで優しい言葉が返ってきた。本当にそのとおりだと思った。
重なる、けど混じらない。ただそのままで、在り続けたい。
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みほこさんが描く、鮮やか色彩と闊達な線を連続を見ていると、生き物の鼓動のようなもの感じる。それは決して強靭なものではないけれど、たおやかでひたむきな命のリズムだ。
彼女自身の、描きたい、表現したい、という強い気持ちそのものがぶつけられていて、あれやこれやを濾した後に残る、純度100%のきもちを感じた。
迫りくる世界から、やわらかなこころを守る。
生きていると、しんどい時はたくさんある。そりゃもう、めちゃくちゃある。他者に打ちのめされることもあるし、自分で自分のこころをナイフで傷つけてしまう時もある。閉塞感と孤独感に蝕まれたとき、ふと気がつくと世界が自分に迫ってきて、追い詰められているような気持ちになってしまう。
人のこころは、すごく弱くて、やわらかで、繊細だ。私は「強く、ポジティブであれ」という元気一杯のマインドを押し付けられるのが苦手だし、どちらかというと傷つきやすいし、打たれ弱いタイプだと思う。かといって、社会と断絶して一人きりで籠ってしまうのも、寂しい。わがままだと思う。でも、しょうがないとも思う。
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みほこさんの作品を観て、そんなやるせない自分と世界の関わり方のヒントをもらったような気がする。彼女の色と線は、迫りくる世界から、やわらかなこころを守ってくれる。それでいて、拒絶はしない。世界への解像度を少しぼやかすだけで、平穏さを手に入れることができるのだ、と思った。
筆者が運営しているWEBギャラリーです。
「アートをもっと、そばに」がコンセプト。
よければ遊びに来てください。
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